またね。
「……ただいま」
返事はない。
やっぱり。
部屋は暗かった。
すごく静かだった。
スーツケースを玄関に運び入れて、ドアを閉める。
電気を点けると、リビングの真ん中に、とりとねこがころんと転がっていた。
まるでついさっきまで元気に走り回っていたみたいに。
とり電車は冷蔵庫前で停車していた。
旅行に行っているときから、何となく予感はあった。
バンジージャンプは、いざとなったらサワダさんのほうが足がすくんで、私が先に跳んだ。
浮遊感が気持ちよかった。
サワダさんはそれを見て、覚悟を決めたみたいに跳んだ。
それから、緊張がほぐれたみたいにたくさん冗談を言った。私もたくさん笑った。
旅行は楽しかった。
非日常の空間ではお互いに普段とは違う面が出て、相手に幻滅したりすることもあるらしい。
でも私はサワダさんのことがもっと好きになったし、サワダさんも同じ気持ちだったと思う。
そして、泊まったホテルで私たちは結ばれた。
この人と、ずっと一緒にいようと思った。
だけど、帰り道、何だか不安になった。
もしかして。
もしかして、恐れていた日が来てしまったんじゃないかって。
それでもサワダさんと一緒にいたいという私の気持ちは揺るがなくて、私は自分をひどい女だと思った。
「……ごめんね」
とりとねこを拾い上げる。
ふこふことした手触り。
それは変わらないのに、なんでこんなに何かが抜けてしまったような感覚があるんだろう。
いつもねこがやっていたみたいに、腕をぴこぴこと動かしてみる。
とりの手羽をふこりと上げてみる。
でも、それはふたりが自分でやっていたのとは違う。
とりとねこはもう動かない。
きっと、もう二度と動かない。
お気に入りのお笑い番組も観られないし、ルールの分かっていないスポーツ番組の観戦もできない。いつか行きたいと楽しみにしていた旅行雑誌に載っていた旅館にも行けない。
それが、私の選択だった。
動かないとりとねこを抱きしめていたら、涙があふれてきた。
「ごめんね、とり。ごめんね、ねこ」
そう呟いたとき。
ちーん。
突然、棚の上のベルが鳴った。
やさしさベル。
とりとねこがそう名付けた、ふたりが誰かを優しいと感じたときに鳴らすベル。
誰も押していないのに、それが急に鳴った。
そこに、付箋が貼られているのが見えた。
「……あ」
それは、ふたりの子供みたいな筆跡だった。
『がんばれマキ』
『またねー』
そう書かれていた。
またね。
「……うん」
私はベルの隣にふたりをそっと並べる。
またね。
きっと、また私たちはいつか出会える。
そう信じよう。
「またね」
声を掛けると、ふたりが一瞬だけふこりと動いた気がした。
***
二人の娘のレイが、
「あのねー、今日とりとねこがねー」
と言い始めるのは、もう少し先の話。