今日は付いていきたい。
旅行に持っていくバッグは、一番小さいスーツケースにすることにした。
たかが一泊の旅行でスーツケースは大げさかな、とも思ったけど、やっぱり心配だからあれもこれも、なんて詰め込んでるうちにバッグはパンパンになってしまったので、それならもういっそのことスーツケースにしようということに決めた。
「……さて、と」
一通り詰めたところで、部屋がやけに静かなことに気付く。
さては、またやってるな。
「もう」
スーツケースを開けると、とりとねこがみちみちに詰まっていた。
「連れて行かないよ。出てください」
「ちっ、ばれたか」
「ちっ」
とりとねこは舌打ち(なのかな? 口で「ちっ」って言ってるだけっぽい)しながらスーツケースの外に出てきた。
「歩きづらいぞ、マキ」
「ぼくもー」
「それは自分たちが無理やりぎゅうぎゅうに入ったからでしょ」
すっかりひしゃげて変な形になったとりとねこの身体をもふもふと成形し直してあげる。
「はい。直ったよ」
「おお」
とりはふこふこと手羽を動かす。
「やっぱり手羽はここにないとな」
「やっぱりひげはここにないとね!」
「ねこくんのひげは書いてあるだけだから、形は関係ないよ」
「えー」
不満そうなねこは置いておいて、もう一度荷物の確認。
明日は、かなり朝早くに家を出る。駅までサワダさんがレンタカーで迎えに来てくれるからだ。
心配でもう一度荷物を確認。まあ、足りないものがあればコンビニで買えばいいんだけど。それでも、何となく。
「忘れ物はないか、マキ」
「ないか、マキー」
後ろでふこふこ族がうるさい。
「明日は朝早いんだから、明日入れればいいやって思ってる物も今ちゃんと入れとかないとだめだぞ」
「そうそう。ばたばたあわてて出るときに、また忘れるよー」
うぐ。
うるさいくせに、割としっかり芯を食った指摘をしてくるところが小賢しい。
「前も、出張?だったか。それに行く前の夜に、明日これを持っていくんだって机に山積みしたファイルを」
「そうそう。次の日、そのまんまおいてったよねー。マキ、あのとき仕事になったのー?」
「そ、その話は今はいいでしょ」
あれは大変だった。新幹線の中で心臓が止まりそうになった。
出張先の支社に着いてから、資料を全部プリントアウトさせてもらったけど。支社じゃなかったらアウトだった。
「別に仕事に行くわけじゃないんだから。そんなに忘れて困る物はありません」
「ほほう」
「そうかなぁ」
とりとねこが含み笑いをしている。
「なによぅ」
振り返ると、ふたりは自分たちの胸に「わすれもの」と書いた付箋を貼って私を見上げていた。
……いや。
「だから、あなたたちはお留守番だってば」
「えー」
「ずるいぞ、連れてけー」
「そうだそうだー」
最近はあまりやっていなかったデモ行進を始めるふたり。
「ぼくらも連れてけー」
「そうだー」
シュプレヒコールを上げながら、たまにベルを鳴らす。
でもベルには「まなーもーど」と書かれた紙が貼ってあるので、かちかちと乾いた音しか鳴らない。夜中にちんちんちんちん鳴らされたらご近所迷惑だからね。
「もう。これ見ても、まだ行きたいと思う?」
仕方ないので、スマホでバンジージャンプの映像を見せてあげることにした。それも思いっきり高いところのやつを。
「ほら、サワダさんがやりたいのってこれだよ」
「うひゃあああ」
「きゃああああ」
とりとねこは文字通り縮みあがった。
「だめだよ、こんなところから飛び降りちゃ!」
「危ないよ、サワダさん! ばかじゃないの!?」
「むりむりむり! とりでもむり!」
いや。鳥は余裕でしょう。飛べばいいんだから。
「ほら、見て! 鳥肌!」
「ほんとだー!」
だから、とりなんだから鳥肌は当たり前なんだってば。
「どうする? 行く?」
「いかなーい!」
ふたりの声がきれいに揃った。
「とりさん、ここにいたら危ないね。このスーツケースから離れよう」
「さすがねこくん。いいところに気が付いたな。間違えて詰め込まれたら大変だ。さっさと離れよう」
ふたりは私のスーツケースに「わすれもの」の付箋をぺたぺたと貼って、ふこふこと離れていく。
「ちょっとー。この付箋、ごみ箱に捨ててよー」
とりとねこは、お気に入りのビーズクッションにぽこりと収まってテレビを見始めた。
ベッドに腰かけて、楽しそうなふたりを見ていたら、なんだか私の方がちょっと寂しくなってきた。
「一泊だけだから。明後日には帰ってくるからね」
「ほーい」
「はーい」
テレビを見ながら適当な返事をするふたり。
「家でいい子にしててよ」
「ほーい」
「はーい」
「誰か訪ねて来ても、出ちゃだめだよ」
「ほいほい」
「はいさー」
「あと冷蔵庫には入らないこと」
「ほーい。あ、これ見たことあるぞ。あはははは」
「ぼくも知ってる。うふふふふ」
ふたりとも、もうテレビに夢中だ。
旅行は楽しみなんだけど、ちょっと不安が勝ちそうになった。
「……ねえ。やっぱり二人とも行く?」
「もう遅いから早く寝たまえ、マキ」
とりがふこりと振り返った。
「明日だけは特別にぼくらが起こしてあげるから」
「そうそう。寝坊したら大変だからね」
ねこも腕をぴこりと上げた。
「楽しんでおいでー」
「……うん」
「おやすみ、マキ」
「おやすみー」
とりとねこがふこふこと手を振る。
「……おやすみ」
私は歯磨きをするために立ち上がった。