今日はハッピー。
週末にサワダさんとの初めてのお泊りデートを控えて、私はとにかく絶対に休日出勤なんて羽目にならないように必死に仕事をがんばっていた。
週末はてっきり温泉にでも行くのかと思っていた。
サワダさんも毎日仕事が忙しそうで、二回に一回は休日出勤している気がするので、疲れているんだろうから、温泉旅館にでも行ってゆっくりしないかって言われるんじゃないかと。
でもサワダさんからは、まさかの提案があった。
サワダさんは、バンジージャンプがしたいんだそうだ。
意外。
サワダさん、アクティブ。
マキちゃんはやらなくていいから。僕が跳びたいだけだから、だそうです。
いや、それはいいんですけど。別に、何なら一緒に跳びますけども。
でも、仕事でよっぽど鬱屈してるものがあるんだろうか。
なんだかすごく心配になってきたけど、とにかく週末はレンタカーを借りて、北関東のバンジージャンプのできる山深い渓谷にドライブに行くことに決まった。
泊まるのは温泉の付いてるところだったけど、旅館とかじゃなくて大きなホテルだった。ファミリーで来る感じの。
ほんとにバンジーがしたいんだなあ。
そのことを友達に話したら、「初めてのお泊りがバンジー? は? 何それ。そんなもん一人で行けって言いなよ」なんてまるで自分のことみたいに怒ってくれたけど。
でもサワダさんに怒ってるというよりも、自分の周りにいる誰かへの怒りを私とサワダさんに仮託してるというか、そんな感じだった。
きっといつもSNSとかでものすごく怒ってる人たちも、そうなんだろうな。
その人に怒ってるようで、ほんとはそれぞれの勝手にイメージした誰かに怒ってる。
そんなことを考えながら、終電近い電車を降りる。
疲れた身体を引きずってやっとたどり着いた家のドアを開けると、紙の箱にすぽりと収まったとりとねこが出迎えてくれた。
「お、マキ。今日も遅かったな」
「おつかれさまー」
ふたりが一つの紙箱の中でふこふこと手を振っている。
狭そう。
紙箱にはマジックで「はっぴーせっと」と書いてある。
この前ニュースで、某ファストフードのオマケつきセットが大人気で、朝から長蛇の列になってすぐに完売した、というようなニュースをやっていた。
ふたりとも、そのオマケになっていた人気キャラクターが羨ましかったのだろう。
私が何となく手慰みにチラシを折って作った紙箱にいそいそと入り込むと、下手な字で「はっぴーせっと」「転売不可」とか書き始めた。
「え。ハッピーセットなの?」
「そうとも」
とりが胸を張った。
「今回のハッピーセットはとりねこキャンペーンです。ポーズの違うぼくとねこくんが三種類ずつ入っています」
「はあ」
「シークレットはビー玉さんです」
ねこも胸を張る。
「そうですか」
よく分からない。
それ以来、ふたりはよくそこに入ってはセットの景品になっているのである。
しかし今日はもう疲れているのであんまりお相手はできません。
「いつまでハッピーセットやってるの」
「知らないのか、マキ」
とりがふこりと手羽を上げる。
「ハッピーセットの期間は決まってるんだ。次のキャラクターが来るまではずっと入ってるんだぞ」
また中途半端な知識を披露している。完売はしないらしい。
「へえ。期間はいつまでなの」
こっちも疲れてるので、服を脱ぎながら適当にそんなことを聞くと、思ったよりもクリティカルヒットした質問だったらしく、とりとねこは箱の中でひそひそと話し合いを始めた。
「そういえばいつまでなんだろう」
「やっぱりあんまり長いと次の人に迷惑が」
「みんながハッピーにならないとね」
「ここはひとつぼくらが」
「うんうん」
何の話し合いなんだか。
ふたりとも意外とデティールにこだわるけものだからな。
話し合いが長引きそうだったので、私はシャワーを浴びに行った。
出てくると、とりとねこはもう箱の外でころころと転がって遊んでいた。
「あれ? もうハッピーセット終わったの?」
「ああ。明日からは彼のハッピーセットが始まる」
とりがふこりと指差したのは、どこかに行っちゃったなあと思っていた私の靴下のかたっぽ。あなたたちが保護してくれてたんですね。
「名付けて、シンデレラキャンペーン!」
とりがふこりと手羽を上げる。
「運命の出会い。この靴下を履ける女性がきっとこの世のどこかにいる」
「どこかにいる!」
ねこも唱和する。いや、目の前にいますけど。
「店員さんが店のポスターを張り替えたりしなきゃならないからな。ぼくらがいつまでもこの箱に入ってると迷惑が掛かるだろう」
「そうそう。いつまでもハッピーなセットでいるわけにはいかないからねー。みんなでハッピーにならないと」
「いいこと言うな、ねこくん」
「えへへへへ」
ちーん。
「やめて」
夜中にベルは鳴らさないで。
よく分からないけど、別にわざわざセットのオマケにならなくてもこのふたりはいつもハッピーだと思う。
さあ、週末まであと少し。
すぐに明日が来てしまう。今日はもう寝よう。