今日は一年に一度のあの日。
「ただいまー」
ドアを開けると、いきなりねこがふここここ、と突っ込んできた。
「お帰りマキ!」
「わあ」
ふこりとした身体を受け止めて持ち上げる。
「ど、どうしたの」
「だって今日は!」
「え?」
「今日は! だって!」
ねこは腕をぴこぴこと振ってすごいテンションだ。
あれ? 朝からこんなだったっけな……。
「だって今日は、何?」
うひゃー、とか言ってるよく分からないねこに尋ねていると。
「ふふふ、マキよ」
部屋の奥からとりがもったいぶって出てきた。
「この前バレンタインでサワダさんに外国製のお高いチョコを奮発して贈りし者よ」
「おくりしものよ」
ねこも真似する。
「な、何よ。それは関係ないでしょ」
「うむ。関係ない」
とりが重々しく頷く。ムカつく。
「今日は一年に一度のねこくんの日なのだよ」
「あー」
そうか。
今日は、二月二十二日だ。最近急にみんな言うようになったやつ。
「そう、にゃんにゃんにゃんの日!」
ねこが目をきらきらさせて(いるように私には見えた)言った。
「ぼくの日!」
「あ、うん」
でも君、にゃんにゃんとか普段言わないじゃん。まあいいけど。
「ふふふ。ねこくんの日はぼくと違って一年に一度しかないからな」
とりがふこふこと身体を揺らして笑う。
「ぼくのように毎月二十八日がとりの日だったりはしない。不憫だ」
だからそのにわとりの日って、某チェーン店のフライドチキンが安くなる日でしょ。それを自分の日と誇るのはちょっと違うと思うけど。
「でも朝はそんなこと言ってなかったじゃない」
「さっき夕方のニュースで思い出したのさ」
「たのさ!」
なんだそれは。
「そういうわけで、今日はねこくんの望みをかなえてあげようと思う。マキも協力したまえ」
「あ、ええ、まあ」
私は腕をぴこぴこ振っているねこを床に下ろして、靴を脱ぐ。
「私にできることなら」
「ほら、マキの許しも出たぞ」
とりはふこりと手羽を上げる。
「ねこくん。何でも望みを言いたまえ」
「えー」
ねこは嬉しそうにふこふこと揺れる。
「どうしようかなー」
「あの、できることね」
私は釘を刺した。
「できる範囲。常識の範囲。ね」
ちゃんと言っておかないと、突拍子もないことを言いそうで怖い。
「じゃあねー」
ねこが身体をぐにゃぐにゃさせる。
「えっとねー」
「うん」
早く言ってほしい。疲れて帰ってきたばかりだから、さっさと着替えとかしたい。
「今日はみんな、語尾に“にゃん”って付けること!」
「は?」
「ふふふ。なるほど」
とりが頷く。
「つまり、ねこくんが二月のにゃん、ぼくが二十のにゃん、マキが二のにゃんで、三人そろって二月二十二日、にゃんにゃんにゃん、とみんなで言おうということだな」
「いや、何がなるほどなの」
霞の飲み過ぎで酔っ払ってるのか。
「全然意味分かんない」
「さすがとりさん!」
正解なのか。
意味が分からない。
「まあぼくくらいになると、ねこくんの考えていることなんて何でもお見通しだにゃん」
あ。もう始まってる。
「とりさん、ありがとにゃん!」
ねこが言うのはまあ違和感がないけど。
「どういたしましてだにゃん」
いや、とり。とりとしてのプライドはないのか。
「マキも分かったかにゃん?」
ねこがそう言って私を見た。
とりも私の方を見る。ふたりともすごく期待した目をしている。
うっ……
「わ、分かった……」
くっ。
「にゃん」
「やったにゃん!」
「これでにゃんにゃんにゃんの三人が揃ったにゃん!」
明日がお休みでよかった。
私は心底思った。
これは疲れる。
今日は極力無言を貫こう。
「サワダさんから電話かかってきたら面白いにゃん」
「わー。聞きたいにゃん!」
「やめて!」
自分が語尾に“にゃん”を付けてサワダさんと話している恐ろしい光景が頭に浮かんで、思わず叫んだ。
とりとねこはじっと私を見ている。
うっ。
「や、やめてにゃん」
仕方なくそう言うと、とりとねこは嬉しそうに、うひゃー、とはしゃぎだした。
ああ、これは長くなるやつ……。
ごめんなさい、サワダさん。私、今日は電話出られません。
あ、二十二日もう終わってた……