今日は暑い。
「あつっ」
仕事から帰ってきてドアを開けた瞬間、熱気に襲われてそう漏らしてしまった。
それからちょっと心配になった。
今年の夏は、本当に暑い。
テレビのニュースを見るとここ最近の夏は毎年、記録的な猛暑と言ってる気がしたけど、今年もやっぱり記録的な猛暑だそうだ。もう記録的の概念がよく分からない。
そんな中でも、今日は特に暑かった。
40度に手が届くかも、とか言われてたので、ちょっと本当にシャレにならない。熱を出した時の自分の体温よりも高いって何。
だから、仕事に行く前にエアコンを止めるかどうするか、少し悩んだ。
「ねえ、エアコンどうする?」
私がそう訊くと、卵の入ってたパックを切ったやつでVRゴーグルごっこをしていたとりとねこは「は?」という顔でこちらを振り向く。
「エアコンをどうする、とは」
とりがふこりと手羽をくちばしに添える。
「新しいやつを買うということかな」
「汚かったもんねえ、このエアコン」
卵パックあらため近未来VRゴーグルを外したねこがエアコンを見上げる。
「黒い水がどばーって出てさ」
ねこが言っているのは、夏になる前に業者さんにエアコンクリーニングを頼んだ時のことだ。
ビニールをかぶせられたエアコンを業者さんが洗い流すと、足元のバケツに真っ黒い水がどばっと流れ込んで、こんなに汚れてたんだ、とびっくり。したのもあるけど、それよりもとりとねこが後ろでごそごそ動きながら小さい声で「すげー」「すげー」って言い合ってるのが気になって、業者さんに見付かるんじゃないかと気が気でなかった。
「あれ、面白かったな。もう一度見たいな」
とりもそんなことを言い出す。
「マキ、あの業者さんをもう一回呼んでくれ」
「こないだ掃除してもらったばっかりでしょ。結構お金もかかるんだから」
「ちっ」
「ちっ」
ねこがとりの真似をする。
「そうじゃなくて。今日すっごく暑いらしいんだけど、エアコン付けたままで行く? ないと暑いでしょ」
「ふはは。何を言うかと思えば」
とりが自分のお腹をふこふこと叩いて笑う。
「マキよ。僕らを何だと思っているのかね」
「思っているのかね」
ねこもぴこぴことお腹を叩く。
「化繊のぬいぐるみ」
「正解」
とりは手羽でびしりと私の顔を指す。
「人間みたいに、うわーん、暑くていっぱい汗かいちゃうよー、だから水分をちゃんと補給しないと倒れてしまいますぅー、なんてことにはならないんだ、ぼくらは」
「なんか言い方がムカつくんですけど」
「だからエアコンなぞ止めていくがいい。電気代の節約になるしな」
「そうそう。ぼくらを冷やすより、もっと電気の必要な人のところで使ってもらうといいよー」
ねこも何だか殊勝なことを言っていたので、
「そう? じゃあ止めていくね」
と言ってエアコンの電源を切ってから出てきた。
とりもねこもすでにVRゴーグルごっこに夢中で聞いてなかったけど。
で、仕事から帰ってみれば。
「これは暑いわ」
むわっとした熱気がこもっている。サウナみたいだ。
私、今からこの部屋に入るの? やだな。
外からエアコンのスイッチ入れられるやつ、私も検討しようかなー、なんて考えながら仕方なく靴を脱ぐ。
「ただいまー」
ああ、暑い。蒸し風呂みたいな部屋で、どっと汗が噴き出してくる。
「大丈夫ー?」
返事はない。私は電気を付けて、エアコンの電源を入れた。早く涼しくなれ。
「あれー? とりさん? ねこくん?」
とりとねこがいない。
卵パックの切れ端、じゃなかったVRゴーグルだけが床に転がってる。
「おーい」
どこに行ったんだろう。とりあえず買ってきたビールを冷やすか。
冷蔵庫を開けると、そこに化繊のけものがふたつ詰まっていた。
「わあ」
「お、マキおかえり」
「おかえりー」
そう言いながらふたりはぼとぼとと床に落ちてきた。
「いてっ」
「いてっ」
「何してるの、そんなところで」
「いやー、暑すぎて棒棒鶏になりそうだったので緊急避難を」
「VRゴーグルがねー。太陽の光を集めてじりじりとぼくらの顔を」
ふたりは床を転がりながらそんなことを言う。
透明の卵パックが日光を集めて虫メガネみたいな役割をしたんだろうか。それは危ない。っていうか気温関係ない。火事になる。
「大丈夫? 焦げてない?」
「焦げる前に、ぼくの身体の中の小さな生き物たちが悲鳴を上げたので異変に気付いた」
「あぶなかったねー」
小さな生き物たちって、目に見えないダニとかだよね。そろそろ洗濯だな。
「あー、エアコンは涼しいなー」
テーブルの上に登ったとりがエアコンの風を受けてふこりと身体を揺らす。
「すずしいねー」
ねこもその隣に座り込む。
「あの黒い滝、もう一度見たいなー」
「見たいねー」
「火事になるから、もうVRゴーグルごっこ禁止ね」
私は卵パックを拾い上げてゴミ箱に放り込んだ。