今日は願いまくっている。
「ただいまー」
ドアを開けると、また短冊が増えていた。
「あ、また書いたのね……」
「マキおかえりー」
「おかえりー」
とりとねこは私の方も見ずに、言うだけ言ってせっせとペンを動かしている。
「もう。また書いてるのー?」
私はそこに落ちている短冊……といっても長方形の付箋なんだけど……を拾い上げた。
「なになに……おなかのわたがもうすこしほしい……?」
これはとりの字だ。
「綿を入れるとなると、大手術になるものね」
「そのリスクを避けるために、短冊に願っているのさ」
とりは得意げにふふふと笑った。
「このへんがちょっとへこんできてるからな」
とりはお腹のあたりをふこふこと叩く。
「シルエットがくずれてきてるんだよな」
そう言って、手羽をふこりと伸ばす。何がシルエットだ。
「何回も洗ったりしてるから、中の綿が偏っちゃったのかもね」
「見て見て、ぼくはこんなの書いたよ」
ねこが短冊(付箋)を私の目の前に突き出してくる。
「はいはい。えーと……えとになりたい……ああ、干支ね。うーん、猫年はちょっと無理かなー……」
「えー」
ねこが不満そうに腕をぴこぴこと揺らす。
「そんなのおねがいしてみなきゃ分かんないでしょー」
「そうだね、うーん……」
困った。こんなにハマるとは。
家から駅までの通勤でいつも通る道の脇に、竹藪がある。
あまり管理されてないみたいで、結構伸び放題になってる印象があったんだけど、この間通ったら、ずいぶんきれいになっていた。
そして、そこに「ご自由にお持ちください」と書かれた紙と、小ぶりの笹が一抱え置かれていたのだ。
そういえばもうすぐ七夕か、なんて思って、本当に単なる気まぐれで一番小さな笹を持ち帰ったところ、うちにいるふたつのけものが喜ぶこと喜ぶこと。
「うおー! これ、笹じゃん! 短冊付けて願い事叶えるやつじゃん!!」
「かなえるやつじゃん!!」
テレビのワイドショーで七夕のことを知って(とりとねこの知識の元ネタはだいたいそのへんだ)、興味を持っていたらしい。
水を入れた小壜に笹を挿して出窓のところに置いてあげたら、ふたりともさっそく長方形の付箋を短冊に見立てて願い事を書き始めた。
最初は「せかいへいわ」とか「じんるいみなきょうだい」とかいう主語の大きな願い事(?)だったのに、書いているうちにどんどんミクロになってきて、今ではもう完全にふたりの願望垂れ流し紙片と化している。
笹は、無造作にぺたぺたと貼られた付箋のせいで、すごいことになっている。付箋の大半はもう床に落ちちゃってるけど、捨てるわけにもいかない。
ようやく明日が七夕だ。
「さてさて、どの願いが叶うのかなー」
「ぼくねー、このお願いがいい」
「ぼくはやっぱりこれだな」
ふたりできゃっきゃうふふしてるのを見ていたら、ちょっと心配になってきた。
こんな付箋に書き散らした願い事が叶うなんてことはまずないんだけど、無邪気に信じているふたりは、何も叶わなかったとがっかりしないだろうか。
せっかく頑張って書いたのに、と。
どうしよう。
いっそのこと、七夕の日の夜が晴れてなかったら願い事は叶わないよ、とか予防線を張っておこうか。
毎年、七夕の日の晴れなさ加減ときたらびっくりするほどで、彦星さまと織姫さまの苦労が偲ばれるのだけど、明日の天気予報もご多分に漏れず、曇りだった。
ちゃんと晴れて、彦星様と織姫さまが再会できなきゃ願い事は叶わないよ、と。
「あ、この短冊はここに貼り直しておこう」
「ぼくも、これをここに」
でもなあ。
楽しそうに付箋をぺたぺたと貼っているとりとねこを見ていると、あんまり夢の無いことを言うのもなあ、なんて思ってしまう。
と、ふと笹の下の方、というかもはや壜に直接貼ってある付箋に目が留まった。
なんだ、これ。
……まあ、いいか。
私はそのままふたりを見守ることにした。
いざというときは、これが叶ったことにすればいいか。
その付箋には、マキとサワダさんがずっとなかよしでいますように、と書かれていた。