明日あれが来る。
「明日、カンパさんが来るんだそうだ」
突然、とりがそんなことを言い出した。
「カンパさん?」
こたつのうえで踊っていたねこがさっそく反応する。
「誰それ。サワダさんじゃなくて?」
「そう。サワダさんじゃなくて」
とりは重々しくふっこりと頷く。
「来るのはカンパさんだ」
とりあえず、サワダさんは来ません。今度のデートは日曜日に遊園地に行くことになってるし。
もしサワダさんが来るならこんなに汚いままの部屋で、私が部屋着のまま寝転がってるわけないでしょ。
そんなことを考えながらスマホをいじっていると、とりがもったいぶって付け加えた。
「しかも、ただのカンパさんじゃない。最強のカンパさんだ」
「ええっ、さいきょうの!?」
ねこがぴこりと両腕を上げてびっくりしている。
「さいきょうって一番強い方? それとも埼玉と東京の方?」
「埼京線の方じゃない。最も強い方だよ」
とりが答える。
「ええっ、一番強いカンパさんが!」
ねこがまたぴこりと腕を上げる。
「それでカンパさんって誰?」
「カンパさんはカンパさんだ。他に名前はない」
「ほかに名前ないの!?」
何だ、この会話。
でもそこで私にもようやく分かった。
さっきからとりが言ってるのって、寒波のことだな。
「ああ、今季最強寒波ってやつね。天気予報で言ってたもんね」
私が言うと、とりはふこりと頷く。
「うむ、それだ」
「なにそれこわい」
ねこがすっかり怯えている。
「カンパさん、来たら何するの。家具とかぼっこぼっこにしてくの」
「家具とかはぼっこぼっこにしない」
とりは言った。
「水とかをばっきばっきにする」
「なにそれこわい」
うん。間違ってないけど、いろいろと言葉が足りない。
「カンパさんは意外とかわいそうなやつなんだ」
とりはこたつの隅によっこいしょ、と座ってそんなことを言う。
「台風には名前も番号もあるのに、カンパさんはただのカンパさんなんだ。今季最強なのにだぞ」
「こんきさいきょうなのに、名前がないの!?」
ねこは、ひゃー、と声を上げて驚いている。
「それって巨人の四番打者の名前が“チーム最強打者”みたいな感じ?」
「そうだ。国際マラソンの優勝候補の名前が“今回一番速く走るであろう男”みたいな感じだ」
なんだそれ。
スポーツ中継で得た知識がへんなところに生かされている。
「じゃあぼくたちで名前を付けてあげよう」
ねこの提案に、とりはふこりと頷く。
「そうだな。何がいいだろう」
ふたりは腕組みをしてしばらくうーん、と唸っていたが、やがて静かになったので私がスマホから顔を上げると、揃ってこっちを見ていた。
うっ、期待されている。
「えっと……さむお」
「それだ!」
「さむお! かっこいい!」
適当に言った名前が即決されてしまった。妙に恥ずかしい。
「楽しみになってきた! さむおが来るの!」
「そうだな。ばっきばきにしてもらう用の水も用意しよう」
寒波か。水道とか凍っちゃうのかな。ちょろちょろ出しとか、しといたほうがいいのかな。
はしゃぐふたりを横目に、私はスマホで「凍結予防」と検索する。