今日は吸い込んでいる。
「おーい、マキー」
部屋の隅でとりがぶんぶんと手羽を振っている。
「なによぅ」
私は料理の手を止めて振り返る。
「こっちは今手が離せないんだけど」
「いやいや。ここ、ここ」
とりは手羽で部屋の隅をびしりと指す。
「髪の毛いっぱい落ちてるぞ」
「ああ、もう」
さっき掃除はちゃんとしたと思ったのに。
「ねこくん、ハンディクリーナー」
「はいさ」
ねこがふここここ、とテーブルの上を走って、小型のハンディクリーナーをばしっと掴む。
「ごめん、それで吸い込んどいてくれるー?」
「あいあいさー」
ねこがとりのところにハンディクリーナーを持っていく。
掃除してくれるかと思ったら、すみっこで騒いでいる。
「さあ覚悟したまえ、髪の毛星人」
「うおー、やめてくれー」
髪の毛の声をアテレコしているのはねこだ。
「はっはっは、くらうがいい。ハンディスプラーッシュ」
ぎゅいーん。
「ぐわー」
「あっという間になくなったー」
「すごーい。次、ぼくがやるー」
ふたりで楽しそうにきゃっきゃと髪の毛を吸い込んでいる。
「あー、とりさん、一本そっちに逃げたー」
「おのれ、マキの髪の毛め。生きがいいな、逃がすかー」
私の髪の毛は這いずり回ったりしない。勝手なことを言うのはやめてほしい。
ぎゅいーん。
「あはははは」
「うふふふふ」
ふたりはそれですっかり楽しくなってしまったようで、ハンディクリーナーをかついで髪の毛退治の旅に出かけた。
部屋のあちこちから、ギュイーン、という稼働音と楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
楽しそうで何より。部屋もきれいになるし、助かるな。
そんなことを考えながら材料を切っているうちに、鍋がぶくぶくと煮立ってしまった。
「ああっ」
私の悲鳴に、お風呂場に遠征していたとりとねこがにょきりと顔を出す。
「どうした、マキー」
「髪の毛がそっちにも行ったー?」
「来てない来てない、大丈夫」
急いで火を止めて、鍋の中を見る。
ふう、まだ大丈夫。
落ち着け落ち着け。
「まあそんなに気負い過ぎるな、マキ」
お風呂場から顔を出したままのとりが、私に言った。
「マキがそんなに料理得意じゃないことくらい、サワダさんはもう気付いてると思うぞ」
「そ、そうかもしれないけど」
「まだサワダさんが来るまで時間もあるし、焦らなくていい。それからもしもマキの付き合ってるサワダさんが、女性は料理が上手くなきゃ絶対だめなタイプのサワダさんだったら、そんなサワダさんはこっちから振ってやればいい」
「とりさーん、髪の毛はっけーん!」
「なにー!」
ねこの声に、とりがふこりと振り向く。
「はやくー!」
「待ってろー!」
とりの顔がひゅっと引っ込んだ。
ぎゅいーん。
「やったー」
「あははは」
「うふふふ」
ふう。
包丁を置いて、息を吐く。
とりの言うことは確かにその通りなのかもしれないけど。
私にも多少のプライドってものがある。ありのまんまを受け入れてください、だけじゃだめだと思うのだ。
よし。頑張ろう。
私はまた包丁を手に取った。