今日は祝福している。
誕生日が近付いてきた。
誰のって、私のである。
一年に一回は必ずやって来るのである。
昔は嬉しかったけど、じわりじわりと三十歳に近付いている今では、もうそんなに嬉しくはない。
誕生日は祝ってほしい。でも別に年齢は増えなくていいんだけどな。
「そうか、明日はマキの誕生日かー」
とりがふこふこと頷く。
「盛大にお祝いしないとな」
「誕生日かー。わくわくするねー」
ねこもふよふよと揺れている。
「明日は早く帰っておいでー」
「あ、うん。えーと」
ふたりともあんまり楽しそうにしているので、ちょっと言いづらいんだけど。
「実は、サワダさんに夕食を誘われてて」
「おお」
とりが銃でも突き付けられたみたいにぴこりと両手を挙げる。
「誕生日デートか。それならサワダさんも気合い入ってるぞ、きっと」
「ひゃー。マキ、プロポーズされちゃうかも!」
ねこも興奮してぴょんぴょん跳ねる。
「いやいや」
それはない。
「まだ正式に付き合ってもいないから」
「じゃあ、誕生日が付き合い始めの記念日にもなるんだな」
とりは訳知り顔でふむふむと頷く。
「記念日はまとめておいた方が、忘れなくて便利だぞ」
「それじゃサワダさんの誕生日も同じ日だったらよかったのにねー」
「サワダさんの来年の誕生日にプロポーズしてもらえばいい。まとめてお得だ」
光熱費みたいなことを言う。
「いや、別に何もないと思うけど」
ただ、サワダさんがお祝いしてくれるって言うから会うだけで、とか口の中でごにょごにょ言っていると、とりとねこはもうこの話題に飽きたみたいで部屋の隅から電車を引っ張り出してきた。
とり電鉄の運行を再開する気のようだ。
こっちの話を聞かなくなる前に言っておかないと。
「明日はそういうわけだから、早くは帰ってこられないのよ。ごめんね」
「気にするでない。一年に一度しか来ない誕生日を思う存分楽しむがよい」
「たのしむがよいー」
とりとねこはそう言って手を振ると、とり電鉄の運転手とお客さんに戻った。
「ただいまー……」
そう言って部屋のドアを開けたのは、いつもよりもずいぶんと遅い時間。
食事は楽しかった。
いつもよりもずっと気合の入ったお店だった。
そこで、サワダさんに正式に交際を申し込まれてしまった。
私もその場でそれをお受けしてしまった。
だって、嬉しかったから。
断る理由なんて何もない。
サワダさんのことは、好きだ。
焦らずに私のタイミングを待ってくれて、そしてこの日を選んできちんと言葉にしてくれた彼の誠実さがとても嬉しい。
私たちは、このまま結婚するのかもしれない。
でも。
心に引っかかるものがある。
それがどうしても拭えない。
無邪気にはしゃぐことができない。
「おかえりー!」
とりとねこの出迎えの声に顔を上げると、部屋の壁に付箋がいっぱい貼り付けられているのが見えた。
『マ』『キ』『た』『ん』『じ』『よ』『う』『び』『お』『め』『で』『た』『う』
付箋一枚ずつにカラフルに縁取りされた文字で、そう書かれていた。
一文字間違えているのはご愛敬だけど、ふたりは得意げに胸を張っていた。
「驚かせようと思って準備しておいたぞ」
「マキ驚いてるね、とりさん」
「作戦成功だな、ねこくん」
言葉のない私を見てふたりは、うふふふふ、と笑う。
「それでどうだった、マキ。今日は記念日になったのか」
「なったんでしょう、こんなに遅かったんだもの」
「ひゅー!」
「ひゅーひゅー!」
ふたりがくちばしと口に手羽と手を持っていって、吹けもしない指笛を吹こうとしている。
「うん、サワダさんとお付き合いすることになったよ」
そう言うと、ふたりは万歳してハイタッチした。
「やったー!」
「すごいー!」
自分のことのように喜んでくれるふたりを見ていたら、不意に目の前が涙で滲んだ。
自分の心が晴れなかった理由がはっきりと分かった。
だって、私とサワダさんがもし結婚して一緒に暮らすようになったら。
そうしたらもう、とりもねこも動かなくなるの?
だって君たち、私の前でしか動かないじゃん。また、ただのぬいぐるみに戻っちゃうの?
「おお、マキ嬢がうれし涙を」
「最高の誕生日ですな」
「ひゅー!」
「ひゅーひゅー!」
とりとねこの屈託ない祝福。
私は、どうすればいいんだろう。
バッグの中のプレゼントが、急に重くなった気がした。