今日はお願いがある。
「マキー」
「マキマキー」
「おーいマキー」
「マッキマキー」
いつものようにクッションに埋もれるようにして寝転がっていると、とりとねこからしつこく名前を呼ばれていることに気付いた。
「うーん、なにー?」
「おお、反応したぞ」
「まだ生きてたね」
せっかく返事したのに、ふたりで勝手にふこふこと話し合っている。
「用がないなら呼ばないでー」
またクッションに顔をうずめようとしたら、とりが慌てて手羽をふこりと振った。
「まてマキ。頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
珍しい。
「たのもー」
「ねこくん、それは道場破りだから」
腕をぴこぴこと振っているねこにそう突っ込んでから、とりを見る。
「何? 頼みたいことって」
「これ、これ」
とりは長方形のプラスチックケースをずるずると引きずってきた。
「これがもう一個ほしいぞ」
「それ?」
手を伸ばして、持ち上げる。
100円ショップで買った、何の変哲もないプラスチックケースだ。
前にいくつかまとめ買いしたうちの一つで、他のケースは小物とか文房具とかを入れるのに使っている。これは一個だけ余ってたやつだ。
「別にいいけど。何に使うの?」
「えー。何にって」
とりは身体をふよふよと揺らす。
「それを聞いてしまいますか」
「何、その反応」
「マキはデリカシーがないなー」
ねこもとりの真似をしてふよふよと揺れながら言う。
「デ、デリカシー?」
失礼な。これでも人の嫌がることとかには人一倍気を遣う方で、だからいつも職場でむだに疲れたりしてるんだぞ。
「これが二つ揃ったら。ほら、わかるでしょ?」
とりはくちばしに手羽を持っていって、うふふふ、と笑う。
うん。全然分からない。
「よく分かんないけど。買ってくればいいのね?」
私が言うと、とりとねこはふこふこと頷く。
「買ってくれー」
「買って買ってー」
「じゃあ、明日仕事帰りにね」
「やったー!」
ふたりは手羽と腕を伸ばしてハイタッチをしている。
まあ、100円で買えるものにケチケチすることもないけど。
ほんとに、何に使うんだろ。
翌日帰ってくると、ドアを開けた瞬間からなんだか家の中がほかほかしている。
「おかえりー」
「マキおかえりー」
とりとねこがふここここ、と走り寄ってきた。
「買ってきたー?」
「ケース、ケース」
「あ、うん。買ってきたけど」
100円ショップのビニール袋ごとふたりに渡すと、ふたりは、うひゃー、とか歓声を上げながらまた走っていく。
がちゃり、とねこがユニットバスのドアを開ける。中から湯気が漏れてきた。
「あ、お風呂入れたの?」
どうりでほかほかしてると思った。
覗いてみると、とりとねこが、うふふふふ、と嬉しそうに笑いながら浴槽のへりによじ登っていた。
「じゃあ僕が一号ね」
とりが言う。
「じゃあ僕、二号!」
ねこがぴこりと腕を上げる。
ああ……。これは、あれか。
私はふたりがやろうとしていることをやっと理解した。
とりが前から家にあったほうのケースをお風呂に浮かべると、そこにふこりと飛び乗った。
「おおー!」
とりのはしゃいだ声。
「浮いてる!」
いや、あなたの身体も浮きますってば。
次にねこが、私が買ってきたばかりのケースをお風呂に浮かべてそこに乗る。
「ほんとだ!」
ねこも両腕をぴょいっと上げる。
「浮いてる!」
いや、ぬいぐるみなんだから、ふたりともそんなケースを船にしなくても浮きますってば。
まあ楽しそうだからいいか。
「とりさん、ぶつかるー」
「ねこくん、もうちょっとそっちに行ってー」
「あはははは」
「うふふふふ」
とりとねこが、プラスチックケースの船の上で楽しそうに笑っている声を聞きながら、私は荷物を床に下ろす。
あとで私もお風呂に入れてもらおう。
そんなことを考えながらもう一度お風呂をちらりと覗くと、とりの船がバランスを崩して傾いて、転覆するところだった。
「ああー!」
「とりさーん!」
これは脱水してハンガー干しだな。
私はため息をついた。