今日は伝言を残している。
「ただいまー」
帰ってくると、家がやけに静かだ。
電気がついてたりついてなかったりするのはいつものことだけど、今日はあかあかと電気がついている。
だけど、ふたりの姿がない。
「あれ? ただいまー」
もう一度玄関から部屋の中に呼びかけてみるけど、やっぱり返事がない。
おかしいな。
とりあえず靴を脱ごうとして、そこにぺらりと置かれたメモ紙に気付いた。
『まっすぐ前』と、とりの字で書かれていた。
「……まっすぐ前?」
なんだ、これ。
うさんくささを感じながら、靴を脱ぐ。
まっすぐ前。……まっすぐ前って、壁ですけど。
壁を見ると、すぐにそこに貼られた付箋に気付いた。
『こっちのドア』という文字と、矢印。これはねこの字だ。
矢印は、トイレのドアを差している。
「もう。なんなのよー」
めんどくさいなあ。
トイレのドアを開けると、洋式便器の蓋の上にまたぺたりと付箋が貼られていた。
『じゅうなんざい』と書かれている。これはとりの字だ。
もう。
トイレを出て、洗濯機の横の籠から白い容器を取り出す。
何も貼られていない。
もしかして、と思って赤い容器を持ち上げると、そっちに付箋が貼られていた。
こっちは柔軟剤じゃなくて洗剤だって、この前教えたじゃん。それで、とりのレベルが上がってたじゃん。
口の中でぶつぶつ言いながら付箋を見ると、『りっきー』と書かれている。
はいはい。
棚のラックからリッキーのパーフェクトトレーニングのDVDを取り出す。
ケースには何も貼られていなかったけれど、開けるとメモ紙が入っていた。肝心のDVDの姿はない。多分、プレイヤーの中に入りっぱなしだろう。
今度は『くっきー』と書かれたメモ紙を手に、とり電鉄のとり電車を持ち上げる。
クッキー箱でできた客車に一昨日くらいから乗りっぱなしのスーパーボールさんに、細い付箋が貼られていた。
『やさいしつ』。
そう書かれていた。
「えー……」
冷蔵庫の野菜室を開けると、キャベツの隣にとりとねこが詰まっていた。
「あ、マキが帰ってきた」
とりが私を見上げてふこりと手をあげる。
「助かったぞ、ねこくん」
「とりさん、もう眠いよ……」
ねこが凍死しそうになっている。いや、多分しないけど。なんだかそんな気分になっているようだ。
「何してるの」
そう聞くと、とりがふこふこと頷く。
「ねこくんとふたりで野菜室を探検しようという話になったんだけど、間違って閉まったりしたら危ないから、マキにメッセージを残しておこうと思ってね」
「さすがとりさん。冷静な判断」
ねこがふよふよと頷く。
「ほんとにマキが助けに来たね」
いや、別に助けに来たわけでは。
「……メッセージ、まわりくどくない?」
「そこはほら、ぼくらのエンターテイナーとしての本能が」
「そうそう。エンターテイナーとしての」
ぴしゃり。
野菜室を閉めると、「あー! マキー!」というちょっと慌てた声が中から聞こえた。
仕方なく開けて、二人を取り出してあげる。
結構冷えている。
「あー、寒かった」
「あー、暗かった」
「もう入っちゃだめだよ」
人間の子どもとかなら、大事故である。
このふたりなら、中に入っていても全然大丈夫だけど、味を占めて冷凍室を開けっぱなしとかにされるとすごく困る。
「はーい」
「はいはーい」
適当な返事をして、テレビのリモコンに近付いていくふたりを見て、きっとまたやるだろうな、と思いながら私はやっとショルダーバッグを下ろした。