今日は虫さんに会う。
ぶうううん。
上のほうから不意に聞こえてきた重低音。
「ぎゃああっ」
思わず悲鳴を上げてしまう。
虫だ。
しかも、でっかい。
飛んでる。すごい音を立てて。
怖くてそっちがまともに見られない。
窓を開けていたせいだ。そこから入ってきたんだ。
ここ、三階だから安心してたのに。
三階くらいじゃだめか。堂々と窓を開けるには、タワマンとか住まないとだめか。
でも、タワマンって窓は開けられないんだっけ。
そんなどうでもいいことを考えているうちにも、虫は低い音を立てながら壁や棚に乱暴にぶつかる。
いやー。
「うおー」
とりが興奮した声を上げた。
「虫さんじゃん!」
「虫さん!」
ねこも飛び回る虫をきらきらした目で見上げる。
「とんでる!」
何で嬉しそうなの。
跳ねるのも嫌だけど、飛ぶのも嫌だ。
昔、実家のおじいちゃんは虫が入ってくるたびにハエたたきで一撃で仕留めていた。
でも、私には無理だ。
無益な殺生、良くない。
鶏も豚も牛も食べるけど、あとお魚も食べるけど、自分で手を下すのは無理です。偽善者でごめんなさい。
私は腰を曲げたままでずりずりと窓際まで行くと、窓を全開にした。
「さあお帰りください、大自然に」
いや、別に外は大自然でも何でもないけど。ただの市街地だけど。
でも、そんな気分。こんな狭い部屋に収まる器じゃないのです、あなたは。
これだけ窓を開けておけば、しばらくすれば出ていってくれるはずだ。
でも、なぜかやたらと興奮したけものが二ついる。
「虫さーん!」
「虫さーん!」
とりとねこがふこふこと身体を揺らして一生懸命に追いかけるものだから、窓際に飛んできそうだった虫は、また向きを変えて電灯の傘にとまってしまう。
ああ、もう。
「ちょっと、刺激しちゃだめだよ」
「えー、だって」
とりが手羽をふこふこと揺らす。
「あかるいときの虫さんって久しぶりに見るから」
「ねー」
ねこも頷く。
「暗いところでなら見たことあるけど」
「ちょっと待って。何、その話」
嫌な予感がする。
「え、だから、マキがいないときには、けっこうな頻度で真っ暗な部屋の中をかさかさという音が」
「いやー!」
私は両耳を塞いだ。
「やっぱり聞きたくない!」
「えー」
とりが不満そうに身体を揺する。
「自分で聞いてきたくせにー」
うう。あれやこれや、いろいろと買ってこないと。
部屋からお引き取り願わないと。
「あ、虫さんが」
ねこが上を見上げて、腕をふこりと上げた。
ぶうううん、という重低音を残して、虫が窓から飛び去っていった。
よかった。
とりあえず、目の前の危機は去った。
「またねー」
「さよならー」
とりとねこは窓の外に向かってふこふこと手を振っている。
その眼前で、私はぴしゃりと窓を閉めた。