今日はトレーニングに精を出している。
「おーい、マキ。今日も始めるぞー」
とりがテレビの前で手羽をふこふこと振っている。
「早くこいー」
「んー……」
私はもぞもぞと身体を動かす。
めんどくさい。動きたくない。
「今、めんどくさいと思っただろー」
とりがビーズの目をきらりと光らせた(ように見えた)。
「めんどくさいは、人生を楽しむうえで一番の敵だからな」
「僕、めんどくさくないよ」
ねこがとりの隣で胸を張る。
あー、はいはい。
「わかりましたよ」
仕方なく立ち上がって、テレビの前に移動。クッションを足でどかしてスペースを空ける。
「それでは」
とりが恭しくDVDプレイヤーのリモコンの再生ボタンを押した。
筋骨隆々の黒人さんが画面にじゃーんと現れる。
「やあ、みんな。パーフェクトトレーナーのリッキーだ。気分はどうだい」
黒人さんが言うと、とりがふこりと手を挙げる。
「最高です!」
ねこもふこりと腕を挙げる。
「最高です!」
何かの宗教か。
「さあ今日も楽しくトレーニングしていこう。今日のプログラムはちょっときついけど、頑張ってついてきてくれよな」
リッキーのその台詞で私は気付いてしまった。
「あ、ちょっと! とりさんこれプログラムCにしたでしょ。Cはきついから嫌だって言ったじゃん」
だけどとりは聞こえないふりをして手羽を楽しそうにぴこぴこ動かしている。
「もう」
「さあ、始めるぞ! まずは楽しくヒンズースクワットから!」
ああ、始まってしまった。
とりとねこが、この古いダイエット用トレーニングDVDを引っ張り出してきたのは、つい先日のことだ。
十年くらい前に一世を風靡していた黒人トレーナーのトレーニングプログラムを露骨にパクった格安DVDで、当時買ってすぐに挫折した母が、なぜか一年くらい前に仕送りの段ボールの中に同封してきたのだ。
邪魔だからしまっておいたのを、とり電鉄の常連客のビー玉さんを探しているときに、ねこが見つけたらしい。
なぜ私がこんなことをしているかというと、実は、最近ちょっと気になることがあって。
飲み会で知り合ったサワダさんは、しゅっとした体型でいつもスリムなスーツを着ている。
まだ仕事帰りにしか会ったことがないから、休みの日の私服は分からないけど、とにかく身体は細い。
初めての二人の食事は、私は緊張するからさっさとお酒を飲めるところに行きたかったのだけど、サワダさんはフルーツがぎゅうぎゅうにつまった大きなケーキの出るカフェに連れていってくれた。
そのケーキがおいしくて、また食べたいです、なんて私が言ったものだから、それ以来サワダさんは、会うたびごとに熱心においしいケーキの出る店に連れていってくれる。
それはすごくすごく嬉しいのだけど。
おいおい、これってカロリーすごいよね。ということに最近気づいた。
サワダさんとはまだ何がどうなってもいないのだけど、いいものを食べるようになった分少し運動しなきゃなあ、などと思ったり。
そうしたら偶然に、とりとねこがこのDVDを見ながら熱心に運動ごっこをやっていたので、私もつい言ってしまったのだ。
それ、私もやる、と。
今は、失敗だったと思っている。
母があっさりと投げ出したのもよく分かる。
すごくきついのだ。
なんだろう、このプログラムの対象ってアスリートとか、そうでなくても元気のあり余った若者の体力を基準にしてないだろうか。
すごく地味な筋トレを強いてくる。
若者は代謝がいいから、こんなのなくても痩せるんだよ。
いや、私だってまだ若いですけどね。
プログラムAから始まって、B、C、Dとどんどんきついメニューになっていく。
私はAがいいって言ってるのに、とりとねこはCがお気に入りだ。
その理由は分かっている。
「さあ、ここからきついぞ、がんばって!」
トレーナーのリッキーが笑顔で言う。
いえ、ここまでも十分きつかったです。
「頑張る時は、これだ! いいかい、声を合わせて!」
トレーナーが指を立てる。
「一に?」
「げんき!」
とりとねこが答える。
「二に?」
「やる気!」
とりとねこが声を合わせる。
「三に?」
「リッキー!」
「オッケェーイ!!」
「やったー!!」
リッキーに親指を立ててもらえて、とりとねこは大喜びだ。
そう、この人たちはこれがやりたいだけなのだ。プログラムCにだけこの掛け合いがあるから気に入っているのだ。
トレーニング自体は、ぬいぐるみとしての可動域の限界で、どんなメニューをしていても大して変わらないように見える。というかぬいぐるみにトレーニングは必要ないし、あんまり頑張ると身体がほつれてくるから無理しなくていい。
「ほら、マキがんばって」
ご機嫌で、とりが言う。
まあ、うん。
「次は、Aにしてよね」
そう言ってみるけど、とりもねこもリッキーに夢中で聞いてない。
はあ。
これで少しでも痩せられたらいいなあ。