今日は電車を動かしている。
今日も疲れた。
身体を引きずるようにして家に帰って来て、部屋着に着替えてごろりと横になったら、もう何もしたくなくなってしまった。
この体勢から、動きたくない。
家に着いたらあれもこれもやらないとな、と思っていたことが一応頭の片隅にまだ残っているのだけど、横になったら全部いっぺんにめんどくさくなってしまった。
スマホで何かを検索することすら、めんどくさい。
動かない私の横を、「ごとんごとんー」と言いながらとり電車が通過していく。
あ、今日も営業してるんだ。
昨日全線開通したとり電車は、とり社長の経営するとり電鉄の運行している、とりが運転する電車で、停車駅は「こたつ前」「こたつ横」「冷蔵庫前」「ほこり前」「ベッド横」「棚の下」の六つだ。
残念ながら「ほこり前」は目印になるほこりがどこかに飛んでいってしまったので廃駅になったけれど、ほかの五つの駅を結んで今日も元気に運行中だ。
動力は人力……とり力? 先頭のとりの後ろに、ビニールひもでくくられたお菓子の空き箱の客車が二つつながっている。元の住人の名にちなんでそれぞれの客車には「クッキー」「ビスケット」という名前が付いている。
目だけ動かして確認すると、常連客のねこが今日は冷蔵庫前駅で待っている。
ほかには、たまにビー玉さんとかレシートさんが乗っていたりする。
「冷蔵庫前ー、冷蔵庫前ー」
とり電車が「ぷしゅー」と言って冷蔵庫の前に止まると、ねこが嬉しそうにいそいそと「クッキー」に乗り込む。
「お客さん、どこまで?」
「こたつ前までお願いします!」
客にいちいち目的地を尋ねるところが、若干タクシーっぽいとり電車の特徴だ。
「こたつ前ですねー。分かりました。あ、今日は臨時の駅が一つ開いてるんですよ」
「えー、楽しみー。そこで下ります!」
いやいや、どこなのかも聞かないで下りない方がいいよ。
「しゅっぱつしんこうー」
とり電車がねこを乗せて出発した。
「ベッド横ー、ベッド横ー」
ベッドの脇まで来ると、とりはふこりとした手羽で客車からビー玉を下ろした。
あ、今日もビー玉さんが乗ってたんだ。
下ろされたビー玉は、ごろごろとベッドの下に入り込んでいってしまう。
ああ、もう。また私の手の届かないところに転がして。
「おきをつけてー」
ビー玉に手羽をふこふこと振った後で、またとり電車は走り出した。
「棚の下」駅を通過した後で、とり電車は横たわっている私の鼻先で停車した。
「マキの鼻ー、マキの鼻ー」
「ちょ」
「うわー、臨時駅だー」
抗議しようとしたけど、大はしゃぎで下りてきたねこが鼻にぶつかってきた。
ふこりとしているので別に痛くはないけど、ちょっとうっとうしい。
「もう」
仕方ない、動くか。
私が上半身を起こすと、ねこが慌てて、出発していくとり電車に手を振った。
「とりさん、駅がなくなっちゃった!」
「大丈夫」
とりはふこりと手羽を振った。
「マキの鼻跡駅として今日は一日運行しますのでご安心を」
「よかったー」
胸を撫で下ろすねこを尻目に、私は伸びをして立ち上がった。