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ABC詩集シリーズ

受け継がれる命

作者: 仲仁へび




 死んだなって不思議と、その瞬間に分かった。


 どうやら僕は、交通事故で死んだみたいだ。


 僕の体の一部である心臓は、その後誰かの体に移植されたらしい。

 死んだのに何でそんな事が分かるのかって?


 それは、僕が幽霊になってしまったからだ。


 おかしいよね。

 死んでもまだ、生きてるみたいに、色々考えらえるなんて。


 死んだあとってこうなってるんだ。


 勉強になるな。

 って、もう頭がよくなっても意味がないのか。

 お医者さんになるって夢、果たせなくなったな。


 こうなったら、さっさと成仏するのがいいのかな。

 案内人みたいな存在はいないんだ。

 どうしようか。


 でも、せっかくだから。もう少しだけここに、この現世にとどまっていたい。


 空からは光があふれてきて、どんどん強くなってきている。

 それは、きっと天からのお迎え。


 あの光が強くなったら、僕は成仏してしまうらしい。


 タイムリミットがあるみたいだ。


 けど僕は、その光から逃れるようにとある人物の所へ向かう。


 彼女の様子が気になるんだ。


 僕には付き合っている人がいる。

 いや、もう付き合っていた、になるのかな。


 お医者さんになる夢を応援してくれて、自分も看護師になるという夢に一生懸命な、頑張り屋さんの彼女。


 とにかく。

 その彼女が心配なんだ。

 傷ついていないかな。泣いていたりしないかな。

 平気な顔されてたらちょっと僕の方が傷ついちゃうけれど、それでもあまり悲しまないでほしい。

 すごく勝手だな。







 見にいった彼女は、ないていた。


 僕の魂がなくなった体を前にして、ずっと泣き続けていた。


 瞼をはらして、そんな風にしないでほしい。


 君は笑っていたほうがずっと魅力的なのだから。


 君はいまにも死んでしまいそうで、僕の後をおいかけてしまいそう。


 ずっと君と一緒にいたい、そう誓って告白したのは覚えてるよ。


 だけど、それで一つしかない命を放り捨てるのはやめてほしい。


 君はまだ、生きているんだから。


 僕が生きられなかった分まで生き続けてほしいんだ。


 生きて、大事な夢を叶えてほしい。


 それで、たくさんの人を救ってほしいんだ。








 僕にできることはなんだろう。


 考えた末、彼に言葉を託すことにした。


 僕の心臓を移植した人物。


 彼の夢にお邪魔させてもらったよ。


 そういう事、幽霊ってできるんだね。

 少しびっくりしたよ。

 まるで魔法みたい。


 ちょっと憧れだったんだよね。

 不思議な力を使うのって。


 彼は、真面目な人間みたいだ。

 救われた命を大切にして、一日一日を生きている。


 あった事もない人物の事をお願いしたい、なんてすごく図々しけれど。


 君にしか頼める人がいなかったんだ。


 どうか、彼女が絶望で死んでしまわないようにしてほしい。







 天から降り注ぐ光は強くなる一方で。

 僕から時間を削り取っていく。


 最後に見た彼女は、疲れ切って眠っている夢。

 僕の写真の前で、僕があげたぬいぐるみを抱いて眠っている。


 その肩に手を置きたい、その耳に声をかけたい。


 でも、どうやってもできない。


 もう時間だ。


 未練ばかりで、悔いも残しっぱなし。


 だけど、僕には自由にできる時間がない。


 託すしか方法がない。


 せめて、彼女の笑った顔をもう一度だけ見たかったな。


 そうか、彼女が絶望で死んでしまわないようにしてほしい。


 叶うなら、彼女に笑顔を取り戻してあげてほしい。


 お願いが増えちゃったね。


 ごめん。









 一つの交通事故が大切な人を奪った。


 この世界ではありふれた事。


 彼の死も、ありふれた事の一つだったのだろう。


 けれど、私にとってはそうじゃない。


 もうこの世界から、いなくなりたい。


 彼が死んだ。

 そんな世界で生きているのが辛い。


 二人で励まし合って生きてきたのに。

 もう彼の声を聞けない、温もりを感じる事ができない。


 大切な人だったのに。

 代わりなんてないのに。


 胸が張り裂けそうだった。


 もし、死神が近くにいるなら。


 一緒に、この体を彼のいる場所に連れて行ってくれたらいいのに。


 だから、いつも死を考えていた。


 けれど、ぼんやりとした意識の中で、どこか高い所に上っていく私に声をかけた人がいた。


 生きて欲しいと願った人がいた。


 知らない人なのに、どうしてかその言葉は不思議と胸に響いた。


 初めて会った気がしない。


 ぎこちなく笑いかけて、励ましてくれる人。


 不器用だけど、でもとっても優しい人だった。


 真面目な人でもあるのかな。


 私の事を、誰かに頼まれたらしい。


 それで、面倒を見てくれるようになった。


 どうしてだろう。


 顔も声も、ふれあった手の温度も全然違うのに。


 どこか彼と重なってしまう。


 分からない。


 どうしてそんな事を思ってしまうのだろう。







 私の日常はたんたんと過ぎていって。


 かつてあった、悲しみが薄れてしまっていく。


 それがとてつもなく怖い事のように思えて、発作的にこの世界から消えたくなることがある。


 でも、それでもあの人が駆け付けてきてくれた。


 私はほっとしてしまう。


 これはいけない事。


 私は大切な彼を、新しい人物で上書きしようとしている。


 それはとても悲しい事。


 忘れたくないと、願っていた過去の私の想いを蔑ろにしてしまう。


 だから、もう会わないでほしいと、そう言ったのに。


 どんなにつっぱねても、彼は私の前に現れる。


 頼まれたからじゃない、今は「君の事が好きだから」だって。


 そんな事を言って。


「君がいないと生きていけない」なんて、ずるい事を言わないで。


「自分を死なせないために生きてほしい」なんて、卑怯な事言わないで、


 私は、私だって貴方の事を少しだけ好きになりかけてるのに。


 そんな想いに身をゆだねたくないから、必死に答えているのに。

 

 そんな言い方、ひどい。


 私の心はぐちゃぐちゃになった。








 けれど、その日の夜。

 夢の中に久々に彼に出会った。


 ずっと見ていた、死んだあとの彼の姿じゃない。


 生気に溢れた彼の姿がそこにあった。


 忘れて、なんて言って。


 幸せになって、って続けてきた。


 夢を叶えて、多くの人を助けてってそう言って。


 最後に生きてって言ってた。


 私は生きなくちゃいけないのかな。


 一つしかない命を大切にしなくちゃいけないのかな。


 彼の分まで、苦しくても生き続けなくちゃならないのかな。


 答えは出ないよ。


 でも、逃げる事は、してはならないと思った。


 見つからないなら、見つけるまで生きていなくてはならない。


 私は、看護師になるという夢を持った人間だから。


 彼が失った命のの重さを知っている。


 彼が助けてくれた命の尊さを知っている。


 だから、歩き続けようと思った。


 私が私の命をどう使っていくのか、きちんと決められるその日まで。



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