blood Siblings
グロテスクなので注意してください!!
ぴちゃぴちゃ。水音を立てて私は歩く。これは雨ではない。お母さん達の血。自宅の中のフローリングは木の香りなど感じず、とても鉄くさい。そこには跡形もないような母と父、祖母と祖父が寝ていた。あと、もう一人。知らない人。たぶん私の家族を殺した人。不思議と怖くも、悲しくもなかった。ふと思う。昨年から弟になったあの子は何処にいるだろう。赤い足跡は風呂場の方へ続いていた。
ぴちゃぴちゃ。足音が聞こえる。お姉ちゃんが帰ってきたのだろう。あのリビングを見てどう思うのだろう。それとも自分も殺されてしまうと思って怖くて震えるだろうか。きっと温室育ちの彼女は逃げ出すんだろう。僕のことなんて眼中にもないはずだ。しばらく耳を澄ませてみても何も聞こえない。逃げてもいないし、動いていない。真っ先に逃げると思ってたのに。姉の様子を確認しながら、風呂場で息を殺す。すると再び、ぴちゃぴちゃと音が聞こえた。どうやらこちらに向かってきているみたいだ。ゆっくり、ゆっくり近付いてきた足音は風呂場の前で止まった。
「開けても、いい?」
その声はまるで感情が見えなかった。興味が掻き立てられる。
『うん。』
僕の返事を受けてゆっくりとドアが開く。「大丈夫だった?拓斗くん。」
僕は思わず目を見開いた。姉の目は見たことないくらい、どこまでも真っ黒だった。吸い込まれそうなほどの暗闇。怖いというわけではない。ただ、目が離せないのに、とても気持ち悪く感じた。姉が「拓斗くん?」と様子を確認するように呼びかける。心配そうな表情で姉が瞬きをすると一気に身体の力が抜けてその場に崩れ落ちた。気持ち悪さが限界を越え、僕はその場で嘔吐した。まるで毒を吐き出すように沢山出し、目尻に涙を浮かべる。喉がとても痛い。でも、本当に体の毒が全部抜けたかのように身体が軽かった。
「大丈夫?」
姉が再び問いかけた。その目はキラキラ輝くビー玉のように澄んでいた。そこで初めて恐怖を感じた。自分の家族が全員死んだのに、何でこんな表情が出来るんだ。
「拓斗くんが生きてて良かった。さ、逃げよう?」
姉はすごく愛されていた。父母から愛されて期待されるのはどんなに幸せなのだろう。僕は姉が羨ましかった。それと同時に妬ましかった。本当の家族に当たり前のように愛される姉。姉はいつも笑顔だった。うざったいくらいに。それに姉はとても良い子だった。父母の言う事は当たり前のように聞くし、学校での成績は常に学年トップ。絵に書いたような良い子。僕もあんな風になったら愛されるのかな。そう思って何度も努力した。でも僕は要領が悪いみたい。それに不器用で馬鹿だった。どうしたって姉のようにはなれないみたいだ。それなら愛されることを諦めろとでも言うのだろうか。何故僕は愛されないのだろうか。
弟が出来た。とても小さくてかわいい子。彼はどこか闇を抱えているようだった。彼は時々、私を睨むような目付きをする。それと同時に羨ましがるような表情をする。愛に飢えた子オオカミ。彼はとても不器用だった。けれど、私が何かを施すと悔しそうな顔をするのだ。何もしてあげられない。ならば、彼が嫌がることは私からは絶対にしないと誓おう。せめてものお姉ちゃんの役割だ。頼ってきたのなら振り払わずに支えてあげよう。
父母は私を愛していたつもりなのかもしれない。けれど、私は愛など微塵も感じなかった。期待に押し潰されそうで辛かった。逆らったら何をされるのか怖かった。努力しなければならない。呆れられぬように。怒られぬように。たとえ限界を迎えたとしても、死なない限りは大丈夫。努力して努力して私は穴のない人間になりたい。そうすればきっと何一つ欠けることなく幸せを感じられるはずだから。
父母が死んで二年くらいは施設にいた。姉が大学に入って数ヶ月経つと施設を出た。姉は特待生制度のある大学に行った。お金が免除されるから、らしい。勿論姉は特待生で優等生だった。バイトを掛け持ちしたりして、僕を養ってくれた。前までは嫉妬心で姉をよく見れていなかったけど、姉はすごく優しくて僕はすぐに絆されてしまった。お昼にはお弁当をわざわざ早起きして作ってくれるし、僕を一番に優先してくれる。僕の求めていた愛を、お姉ちゃんがくれたんだ。
あの日のお姉ちゃんは怖かった。感情のない暗闇に吸い込まれそうになった。悲しみのない瞳に恐れを感じた。人間みのないような姉の言動はちょくちょく見える。怖い。けれど僕はそんな姉に惹かれていた。僕からしたら他の人間より何百倍も接しやすいのだ。お姉ちゃんは時々僕の勉強をみてくれる。そこらの先生より何億倍も分かりやすく丁寧に教えてくれるので、僕の成績はぐんぐん伸びたくらいだ。前は僕のことを出来損ないの不良と言っていた先生が手のひらを返したのもなかなか面白かったな。何かずるをしたに違いないとか言う先生もいる。そんな奴には"お姉ちゃんに教えてもらった"という魔法の言葉があるのだ。お姉ちゃんの母校でお姉ちゃんの優秀さを知らない人はいない。いざという時は私の名前を使えばいい、とお姉ちゃん自身も僕に言った。ズルじゃない、生き抜く術をお姉ちゃんは僕に教えてくれた。お姉ちゃんと生きるのが僕の幸せ。お姉ちゃんだけは僕を受け入れてくれるから。ありがとう、お姉ちゃん。___だよ。
弟、拓斗くんはとても良い子だ。悪いことはちゃんと分かるししっかり教えればなんでもこなせる器用な子だった。今まで出来ていなかったのはきっと周りの大人の出来の悪さのせいだな、そう思った。抱くべきではない感情が生まれる。可哀想。哀れむのは好まれないことが多い。惨めだと思うのだろう。実際のところ、私もそうだった気もする。だけど、やっぱり可哀想なのだ。周りの大人なんかのせいで、子供の未知の可能性を潰しかけていただなんて。それに、拓斗くんは愛に飢えているのだ。私が愛を注げばきっと今より真っ直ぐに育ってくれる。努力することには慣れている。これまで結果だって出てきた。私は拓斗くんを支えたい。私達は一旦施設に預けられた。バイトを掛け持ちして、少しお金を借りてやっと拓斗くん一人を養えるくらいのお金が貯まった。拓斗くんの学費は元よりうちでは払っていない。元親の彼氏さんが払っているらしかった。学費の心配は無いだろう。あとは私の学費だ。学費が浮いた方が贅沢させてあげられるだろう。試験が難しいが、私は特待生制度のある大学を受験することを決めた。特待生になりさえすればタダで勉強が出来るのだ。受験の必要経費はおばさんが払ってくれることになった。口座にいくらか送ってくれる。お金が貯まるまでは母の口座でやり繰りした。元から母に管理を任されていたので慣れていた。拓斗くんはあまり我儘を言わないので、生活は予想より潤っていた。拓斗くんが高校に上がる頃に私は大学を受験した。結果、特待生に選ばれた。今まで通り上手くいった。拓斗くんは純粋に私をお祝いしてくれた。それがなんだかすっごく嬉しいことのように感じて慣れない手つきで頭を撫でたりもした。きっと私は拓斗くんがいなかったら、あの日に死んでいただろう。皆と一緒に。あの腐れ外道と一緒に。心底拓斗くんがいてくれて良かったと思う。拓斗くんにあの頃の棘はなく、私を本当のお姉ちゃんのように慕ってくれるようになった。こんなのも悪くないな、と思ってしまう辺り私は本当に拓斗くんを愛しているようだ。誤算だったな。弟という存在がこんなに可愛くて、拓斗くんが自分の中でとても大きな存在になってしまうなんて。それに、拓斗くんは本当の私を知っても不思議と態度を変えることはなかった。拓斗くんは私の心の支えだ。ありがとう、拓斗くん。___だよ。