ホーチミン、逃走中
2035年ーー6月
ベトナム南部の港都市“ホーチミン”
ベトナム最大の経済都市であり、北部の首都である政治都市と並んで国の発展を支えている。
古くから港での貿易、また近年のグローバル企業の誘致および都市開発により経済を発展させてきた。
高層ビル群とバイク渋滞が目につき、最近開通した地下鉄に伴い街はにぎわいを見せていた。
そんなベトナムの街を二人の男が駆けていた。
一人は神宮司亮介
ツンツンヘアーで色眼鏡をしている20代の青年男性。ヒゲをあえて生やしている。
もう一人はローゼン・フォン。
英国生まれのエメラルド色の目が特徴的な15歳の少年。
彼らはなぜか何者かに追われていてそして逃げていた。
僕と亮介は市場でにぎわう路地を走っていた。
これが早朝のランニングとかだったら気持ちいいんだろうけど生憎そんな心地よいものではなかった。
早朝とランニングというのはもしかしたらあってるのかもしれないけど、どちらかといえばランニングではなく鬼ごっこ。
それも捕まれば文字通りジ・エンドという難易度マックスな鬼ごっこだった。
僕たちの後ろからは強面の男二人が追いかけてくる。怒声を浴びせながら。
ベトナム語だからよくわかんないけどおそらく「待ちやがれ」とか言ってんだろうな。
「まあ、待てっていわれて本当に待つやつはいねーよな」
亮介は後ろの男たちにベーと舌を出す。
「挑発してんじゃねーよ。早く逃げろ」
僕は亮介に挑発をやめさせる。本当こんな時にふざけてんじゃないよ全く。
「おっし、じゃあフォン、じゃんけんするか」
「こんな時に何言ってんのさ?」
「じゃんけんして負けた方が囮になる作戦発動だ」
それはまた亮介が思いつきそうなことだ。
「やだよ。なんで悪くもない僕が囮にならないといけないのさ。亮介がなりなよ」
「よし、いくぞ。じゃんけんホイ」
僕の批判を亮介は無視してじゃんけんをする。
僕がパー、亮介がグーだった。
「イエーイ。僕の勝ち。ささっ、早く亮介、囮になれよ」
亮介は信じられないという目で右手のグーを眺めている。
「おい、フォン。三回勝負だ!」
「あっ、ずるいぞ。この野郎〜。大人気ない!」
言い出しっぺは亮介だ。ここは食い下がらずにはいられない。
「あーはいはい、どうせ俺は子どもですよー。じゃあ、大人のフォンくんが囮をしてくださーい」
口を尖らせて言う亮介に湧くのは殺意。いっそ殺してもいいだろうか。
「だいたい誰のせいでこんなことになったと思ってんだ!?」
「んー……シズエ?」
「誰だよそれ!」
本当に誰だかわからなかった。
「シズエは俺の四人目のセフレさ。乳首はわりと陥没気味。あれ? 五人目だったけ?」
「知るかよ。どうでもいいよ!」
今ほんとそれどころじゃないんだから。マルシェを通り抜け、バイクが駆ける路地をぶつからないように避け通り、海岸沿いの道を走る。ベトナムは通行量が多く運転も荒い人が多いため気をつけながら逃げなければ一瞬でお陀仏になってしまう。
裏を返せばそれは相手も同じで車道に出れば立ち往生して僕たちを追いかけるのに手こずっていた。
そうこうしているうちに街中で見かけた倉庫の中に隠れて男たちを巻くことができた。
「で、なんであんなに追われていたわけ?」
僕は呼吸を整えながら亮介を睨んだ。
「いやぁ、昨日行ったおっパブでやらかしちまってな。本番やってたらあいつらに見つかっちまって追加料金請求させられそうになって逃げてきたの。いやぁ、まさかあいつらがあんなにしつこいとは思わなかったわ」
僕は呆れて言葉も見つからなかった。
なんで亮介の情事に僕が巻き込まれなければならないんだ。
しかも未成年の僕には無縁の世界なはずなのに。
理不尽にもほどがあった。
「でも、まぁ、あいつらもさすがにもう諦めただろ。走ったら喉乾いたし腹も減ったな。飯でも食いに行こうぜ」
切り替えの早い亮介に僕はため息をついた。




