3話 猿の手。
ある時、自然豊かな村は激しい炎に包まれ、多くの村人が命を奪われた。
その炎は人命だけに飽き足りず、豊かな自然をも人々から奪い生き残った者達に絶望を与えた。
何も残らない土地で朽ち果てていく人達。
そこに突如として現れたのは1人の青年であり、青年は1人の村人に村を復活させる為の方法を授けた。
“猿の手”と呼ばれる気味が悪いミイラの片腕に自身の血を与えることで契約を交わし、どんな願いも叶えてくれるという。
1人の村人は青年に頭を下げて“猿の手”を譲り受けると血の契約を交わして村を再生させた。
そこから、恩を忘れぬようにと猿の手を家宝にし、村人は村を守り続けた。
淡々と、猿草村の歴史を語る徐米は自身の胸で拳を握りながら時折、一から目をそらした。
「“猿の手”ねぇ……それが、あなた達の家宝って訳ですか」
「えぇ、そうです。猿の手を譲り受けたのは私の祖父に当たります」
「この村の成り立ちはわかったけど、これと夜猿との関係がよくわからないんですが……」
一が首を傾げると徐米はグッと下唇を噛み締めた。
あえて、猿草村の成り立ちを話したのはここから始まる本題へのウォーミングアップだったのだろう。
心の準備をする為の時間稼ぎとも捉えることができる。
観念したかのように徐米がふと、息を吐くと視線を鋭くさせて一を見つめた。
「猿の手を使ってから、猿草家の人間は不審な死に見回れました。私の祖父もそうです。健康だったのに原因不明の病にかかり他界しました……」
猿の手は間違いなく多くの命を救ったし、豊かな自然をも守った。
だが、それだけの大きな願いを叶えることに対して何かしらの代償がないのは不可解。
むしろ、大きな代償があって当たり前の力なのだから。
その為、一は徐米の口から出た原因不明の病、という言葉をすんなりと飲み込むことができた。
「それから、私の父も母も原因不明の病で命を落としました。これは……家宝として大切にしていた猿の手が原因だということはすぐにわかりました」
「それで、猿の手はどうしたんですか?」
「捨てればどこかで災いが起きるかも知れないと考え、猿草家が責任を持って管理していましたが……私の姉の夫が不幸な事故で命を落とした時……家宝は外に出てしまった……」
人はどん底に落とされた時、なにかに救われたいし依存したいと考える。
それが、どんなに悪だろうか危険だろうが関係なく。
皆、弱いし強がっているだけで本当は皆、なにかにすがり付きたいものなのだ。
そこに、どんな願いも叶えてくれる品物があったなら人はそれに手を伸ばさないはずはない。
一は顔色を変えずに徐米に話の続きを促した。
「…使ったんですね」
「……はい。姉は猿の手と血の契約を交わし、見事に亡き夫を……いや、あれは人間ではありませんでした」
「人間ではない?」
「えぇ……全身、厚い毛で覆われた獣でした。姉は夫と言っていましたが……その獣は多くの村人を食い殺した後、ドロドロに溶けて命を落としました…」
猿草家は本来ならば、この村で優遇されるべき家だろうが、徐米を見る村人の視線や住む家を見れば愛する夫を蘇らせた猿草家の長女が残したものが悲惨だったことがわかる。
強力な力で自身の望みを叶えようとしたあげく、沢山の村人を殺したとなれば猿草家は村の中でも居心地は悪くなる。
だが、猿草家が村を再生させたことは事実である為、村人達は徐米に対して罵声を浴びせることはないのだろう。
だから、極力、関わらないという形でバランスを取っている。
「当然、村人達は姉を許すはずもなく、村から追放するという形で山に閉じ込めました。それから10年後……姉を閉じ込めた山から夜猿が降りてきたのです」
「なるほど。話してくれてありがとうございます。聞いた感じだと猿の手が関わっているのは明らかだと思います。夜猿が現れはじめたのは1年、2年ほど前からでしたよね?」
「はい……突然と……」
徐米は怯えを隠すかのように自身の腕を擦り、一から視線をそらした。
いや、怯えているというよりは自身の中に生まれる複雑ななにかを誤魔化そうとしているのかもしれない。
徐米からすれば姉は心に深い傷を負い、やむ終えず猿の手に手を出しただけである。
それが、結果的に村人の命を奪い、山へ追放された。
姉を想う気持ちを村人達が良く思っていなくてもおかしくはない。
それでも、そんな感情を口にしてはいけない、抱いてはいけないと思うことが徐米を苦しめているのかも知れない。
「わかりました。早速、その山に調査に行きたいところだけど……今夜、夜猿が村へ来るかも知れませんから明日の朝に出るとします」
「なら、うちで一夜をお過ごしになって下さい。ただし……妙な男気は見せないで下さいね」
笑みを溢す徐米に対して、一は頬を赤くして照れ笑いを見せた…。