2話 猿草村。
猿草 徐米は綺麗な着物をユラユラと揺らしながら、一を自宅まで案内した。
不意にチラチラと見えるうなじが一の目に止まると、何とも言えない胸の高まりを感じていた。
よく見れば、徐米の顔立ちは整っており、着物がさらに徐米の魅力を引き出している。
まさに、妖艶の魅力と言っても良いだろう。
「もし、なにか?」
「え!!」
一の前を歩く徐米は不意に振り返ると一は姿勢を正して、固まった。
そんな一とは違い、徐米は笑みを溢して優しい表情を浮かべた。
「いえ、私の気のせいだったら申し訳ないのですが…先ほどからなにやら熱い視線を感じてしまって……」
「すみません!その~あまりにも徐米さんがお綺麗でして…へへへ」
一は頬を赤くして、照れながら頭を掻いて見せると徐米は笑みを溢して見せた。
「あらあら、嬉しいことを言ってくださいますね。聖者様とお聞きして、緊張しておりましたがなんだか人間味があり、安心致しました」
徐米は頬を赤くする一とは違い、余裕ある表情と態度を取っている。
まさしく、これは美女の余裕であり、一は自身の子供らしさに恥ずかしくなった。
それから、一は徐米に連れられて田んぼ道を歩き、一件の古い民家へとたどり着いた。
「ここが私の家です。どうぞ、御上がり下さい」
古く小さな建物から、徐米が独り身であることが理解できた。
同時に、夜猿に対して、恐怖と不安を抱えていることが一には理解できた。
徐米に連れられて一は和室に連れられた。
和を感じさせられるような畳の匂いは心地よく、一の肩の力は向けた。
そんな一を一瞥した徐米は笑みを溢すと一にその部屋で待つように言い、姿を消した。
「しかし…“猿草”っていうぐらいだから、この村の村長の家系だと思ったんだけど……」
決して、徐米の自宅は悪い訳ではない。
ただ、村長の家系にしては徐米が住む家はあまりにも小さく古いような気がしていた。
それに、こんな小さな家では夜猿の驚異から身を守れないだろう。
徐米は一から姿を消して、数分後にお茶を手にして和室に現れた。
「どうか、楽にして下さい」
腰を低くして、そう言った徐米は一にお茶を出すとふと小さなため息を溢した。
一はもらったお茶に手を掛けるとすすって見せた。
この畳の匂いが香る部屋で茶をすするのは実に、茶の旨味を引き出し茶の僅かな苦味が甘味へと変わるのを一は感じた。
完全に油断したかのように、ふぬけた表情を見せる一に対して、徐米は鋭い視線を向けた。
徐米の視線の中に眠る瞳には不安や恐怖はない。
あるのは強い想いであり、誰かを想う心。
「この度、聖者様をお呼びしたのは他でもございません。“夜猿”の討伐をして頂きたくお呼び致しました」
和の中にあった和やかな雰囲気は徐米の言葉によって吹き飛ばされ、緊張感が一の身を包んだ。
さっきの、村人達とは違う雰囲気は一の背筋を伸ばさせて、一の表情を引き締めた。
「えぇ、手紙で夜猿のことはお聞きしています。詳しいお話しを聞かせて頂けませんか?」
一が徐米に説明を求めると徐米は一から一瞬、視線を反らした。
この徐米の行動にはどのような意味があるのだろうか。
そこにはどんな過去が隠されているのだろうか。
徐米の心情を一は察するように徐米が眉を曲げ、徐米が口を開くのを待った。
「この猿草村には1、2年前から“夜猿”と呼ばれる怪異が姿を見せるようになりました。夜猿の身の丈は3mほどあり、猿のお面と黒いコートに身を包んでおります。2週間に数回という頻度で夜、村にやって来ます」
「なるほど。被害は?」
「……夜猿は村人の米や作物を大量に持ち去ります。それらを守ろうとした村人が何人も殺されています」
徐米は夜猿について、語るたびに表情は険しくなり、胸に置いた手はいつの間にか拳が作られていた。
悔しさなのか、痛みを堪えるためなのか。
どちらにしろ、一は夜猿の情報を集める必要がある為、徐米の心を抉るように口を開いた。
「お察しします。なにか原因をご存じですか?…あまり、こう言ったことは言いたくはないですが、依頼してくるということは何か心当たりがあるからでは?そう、それこそ、夜猿の正体を知っているとか」
一の言葉は徐米の心に響くと、徐米は強く下唇を噛み締めた。
その行動は一にとっては確信的であり、徐米から夜猿に関する重要な情報を得れることを確信した。
額を濡らす汗や強く握られた拳、噛み締める下唇。
徐米のその行動全てが、痛々しい。
夜猿について、知っているから殺された村人や怖がる村人を想い心を痛めているのだろう。
「聖者様…猿草家の全てをお話しします。どうか…夜猿を……滅して下さい……」
「もちろんです。その為に来ましたから」
徐米は深々と一に頭を下がると、その瞳に涙を貯めて猿草家の“家宝”について語り始めた…。