12話 思い出の味。
調理場へ到着した徐米は自慢気に釜戸を見せる米羅に驚いて見せた。
「釜戸!?こんなのあるなんて、すごいわね」
「へへへへ、これでとっても美味しくご飯が炊けるんだよ」
米羅は頬を赤くして微笑んで見せると、隠すように釜戸の端に置かれていた米俵を徐米に見せた。
大きな米俵を運ぼうとする米羅の姿が徐米には姉の影と重なった。
ずいぶん前に、徐米も姉にあんなふうに抱き抱えられていた。
そんな昔のことを徐米は思い出し、米俵に苦戦する米羅に手を貸した。
お互いに目を合わせると、米羅はかごの中からさっき収穫したばかりの野菜を台所へ並べた。
艶やかに光る野菜を目にした徐米は、気合いを入れるように腕捲りをした。
「よし!後は私に任せてくれるかしら?」
「え、オイラも手伝うよ。それにお姉さんはお客さんだし」
「ありがとう。その気持ちだけでとっても嬉しい。だけど、ご飯の前に汗を流してくるといいわ」
徐米はそう言うと米羅の頬についた泥を指で払った。
胸の奥から溢れる愛しさは直接的に幸せと変わる。
その温かさをずっと感じていたい、と徐米の心は素直に叫んでいる。
「……わかりました。じゃ、ご飯の後はオイラが作った果実酒をご馳走しますから!」
「えぇ、楽しみにしてるわね」
嬉しそうな笑みを浮かべる徐米に 照れて見せた米羅は頬を指でかくと調理場を後にした。
米羅が向かったのは風呂場であり、風呂場で設置されている五右衛門風呂に湯を沸かせる為に薪に火を着けた。
薪はメラメラと燃え上がり、あっという間にモクモクと煙をあげた。
「よし!一さんを呼んでこなくちゃ!」
米羅は満足げな表情を浮かべると駆け足で縁側を目指した。
さっき、一は疲れた顔をしていた為、縁側で一が休んでいると確信していた。
米羅が縁側に向かうたびにぐるりと家の周りを回り、縁側で一を瞳に映した時、米羅は一瞬、呼吸を忘れてしまった。
縁側で気だるそうに腰を下ろしている一のその表情があまりにも悲しげだったから。
なにかに迷っているようで、なにかに迫られているようで。
さっきまで、明るい笑顔をしていた人物と同一人物とは米羅には思えなかった。
次第に米羅の歩みも力をなくし、米羅はその場で動きを止めた。
「……うん?米羅?」
「あ!……えーと……かなり、疲れてるみたいだね」
「そうだな、腰にきた」
米羅は一に気づかれると一を気遣った。
すると、一はさっきと同じような優しい顔に戻り、腰をおさえて見せた。
「徐米さんと料理しなかったのか?」
「うん、先に汗を流して来なさいって」
「そうか。それなら、汗を流してくるといいよ」
「うん、そのつもり。さっき、お風呂を沸かしたから一さんが先に入っていいよ」
米羅は一や徐米のことをお客様というように呼ぶが、米羅の心には2人はまるで親のようだった。
一も徐米も優しく、それに包まれることに安心感を覚える。
そう、母親からもらっていた安心感を。
だから、きっとこんなにも笑みを溢している。
「米羅が沸かしてくれたのに…それは悪いな」
一が眉を曲げてそう言うと、米羅はジッと一を睨み付けた。
この米羅のプレッシャーから、なんと言っても一番風呂を一に譲る気なのだろう。
どう足掻いても、米羅が納得しないことを理解した一はひらめいたかのように手を叩いた。
「そうだ!一緒に入ろうか」
「え!?」
その言葉に目を丸くした米羅の肩を押して、一は風呂場へと向かった。
はじめて見る五右衛門風呂に一を目を輝かせると乱雑に服を脱ぎ捨てて、勢いよく飛び込んだ。
五右衛門風呂は大人が1人入っても余裕がある。
「気持ちいぃぃぃ!最高だ!米羅ありがとう!」
「いや、それほどでも……」
「そんなとこにいなで、お前も飛び込め」
「……うん!」
脱衣場で棒立ちだった米羅を急かすように一はお湯を叩くと、米羅は一と同じように乱雑に服を脱ぎ捨てて五右衛門風呂へと飛び込んだ。
飛び込んだ拍子に舞い上がるしぶきに一は少年のような笑みを溢した。
まるで、2人は親子のようであり、米羅も言葉には出さないがそれを望んだのかも知れない。
そう、それは一にとっても悪くはない。
米羅は素直で礼儀が正しく、よくできた子供だ。
「そうだ、さっきお姉さんにも言ったんだけど、後でオイラが作った果実酒をご馳走するよ」
「果実酒!?それは楽しみだ。でも、ずいぶんと洒落たものを作ってるんだな」
「うん……母さんが好きだったから……だから、母さんの為に作ってたんだ」
「母さん!?……今はどこに?」
「1年前ほどに突然の病で……もういないよ」
「そうか。それは悪かったね」
「ううん。大丈夫。今日、すごく楽しいから」
米羅の眩しい笑みは一の決心を鈍らせていく。
もう、夜猿へのピースは揃いつつあるが、それでも一は今は目を瞑った。
米羅の左胸にある切り傷が映ってしまうから…。