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~One More~  作者: 七福 船
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11話 刹那の幸せ。

畑は小さいが、畑の土を踏み締めるたびに徐米は幸せだったあの頃のことを思い出していた。


まだ父と母がいて、姉も元気があったあの頃。


朝早くに起きて姉と山の山菜を採り、昼間は家族で畑仕事手伝う。


時折、村の人と談笑し夜は家族団らんで心と体を休める。


毎日にあまり変化はなかったが、それでも徐米にとってそんな繰り返しの毎日は幸せだったし尊かった。


父と母が病でこの世を去った時は姉が力強く抱き締めてくれた。


そのお陰で、不安を拭いまた立ち上がることができたし姉を心の底から尊敬した。


そんな姉が結婚すると聞いた時は心から嬉しく、幸せそうに笑みを溢す姉を見ていると徐米の心も温まった。


だが、姉の夫が不慮の事故でこの世を去ってから全てが変わってしまった。


無理矢理に望むものを得ようとすれば、そのつけが回ってくるのだろうか。


ただ、藁にもすがる気持ちだった姉を神は許してくれなかったのか。


──“猿の手”。


誰の手かも、どこから発生したのかもわからないミイラの手に血を一滴垂らし、望むだけで人生が劇的に変わる。


猿の手をもらった徐米の祖父は心から青年に感謝していただろう。


しかし、どんなに恩を感じていたとしても、猿草家に返ってきたものはなにもなかったのかも知れない。


「お姉さん、大丈夫ですか?」


「え……あぁ、ごめんなさい。大丈夫よ」


畑の土を踏み締めて、追憶に浸る徐米は米羅の声で現実へと戻ってきた。


徐米の目の前で楽しげに野菜を収穫する一と米羅を見ていると徐米が熱くなって仕方なかった。


これは一時の感情で、ただ不安から感じる愛しさや幸せなのかも知れない。


それでも、この儚い時間にすがり付きたいと思う気持ちは確かだった。


「おぉー!なんて、大きい大根なんだ!しかも、純白で美しい!これは美味しいぞ!」


「そう!そうなんです!オイラが作ったこの大根は最高なんです!ぜひ、この後、ぜひ、食べて頂きたい!」


「喜んで!しかし、大根かぁ……どうやって食べるのが最高なんだ……」


「やはり、煮物ですね!」


米羅が鼻高々にそう言うと、一は米羅に目を輝かせて拍手を送った。


一は米羅が煮物と答えるのを待っていたかのようだった。


そして、一は米羅に向けた目の輝きを徐米へと向けた。


「徐米さんはすごく料理がうまいんだ!」


「料理が上手な人に料理をして頂けるなんて……オイラの大根も幸せだな……」


「よしよし、米羅。お前さんの気持ちはわかるぞ」


食のボルテージが上がる一と米羅に徐米は相変わらず、着いていくことができていないが、このあたふたするような感覚や懐かしい感覚が徐米を笑みにさせる。


「はいはい。わかりました。米羅君が良いと言うなら私が作らせてもらいますよ」


「やったー!」


徐米が笑みを浮かべると一と米羅を喜びの声をあげて、ハイタッチをして見せた。


まるで、その様子は兄弟のようでもあり、親子のようにも見えた。


そして、徐米も不思議と2人を受け入れて自然体でいられた。


「あの……もしも2人が良かったらなんですが……」


急に言葉を詰まらせた米羅に一と徐米は首を傾げた。


一は米羅の少し照れた顔が妙に子供らしく、親近感を感じていた。


「収穫とか料理とかしてたら、暗くなりますし……今日はオイラの家で泊まって行きませんか?」


米羅は生まれてからここで住んでいたという。


ずっと1人だったどうかはわからない。


それでも、今、家からもその付近からも人の気配がしないのは確かだった。


きっと、寂しいに違いない。


立派に生きているように見えるが、まだ小さな少年なのだから。


「もちろん!米羅が良いと言ってくれるなら。ねぇ、徐米さん?」


「はい。もう、急ぐ必要はありませんし」


夜猿の後を追うことは大切だが焦りすぎている自分がいた、ということを再確認した徐米は頷いて見せた。


すると、米羅は頬を赤くして嬉しそうにすると満面の笑みを浮かべた。


そんな米羅に答えるように一と徐米も笑みを溢した。


その後、収穫作業はすすみ、途中で休憩を挟みながらも空は赤くなっていった。


「そろそろ、晩御飯の準備をしましょうか」


「そうだね!じゃ、お姉さん。オイラが調理場まで案内するよ」


米羅は収穫した野菜をかごに慌てて入れた。


慌てて入れたものだから、1つトマトがかごからこぼれ落ちて、一の足元まで転がってきた。


「確かに早く、料理を食べたいけど焦りは禁物だぞ」


「うん、ごめんなさい。オイラはお姉さんを調理場に案内するから一さんは休んでいてよ」


「……あぁ、わかった。楽しみにしてるよ」


嬉しそうにそう言った米羅は徐米の手を引いて、調理場を目指し、一に背を向けた。


風は冷たくなり、夜はもうすぐやって来る。


一は米羅の笑顔を脳裏に浮かべて、眉を曲げた。


米羅の乱れた浴衣から、傷が見えたから。


そう、左胸に刀で斬られたかのような傷が……。

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