10話 遺された者。
短髪でみすぼらしいボロボロの服を来た少年はその小さな肩に鍬を担いでいる。
一も徐米も夜猿を追ってきた為に、少年が姿を見せたことには驚きで、身を隠すことを忘れてその場で固まってしまった。
少年は玄関から姿を見せて、ご機嫌そうに一軒家にある小さな畑に向けて歩きだしたが、その途中で固まった一と徐米に気がつき2人に視線を向けた。
少年に視線を向けられた一と徐米に肩をビクつたかせて動くことができなかった。
「うん?なにかオイラに用ですか?それとも、この山で迷ったんですか?」
一と徐米は緊張感を持っていたが、それをかき消すような少年の問い掛けは自然と一と徐米を緊張から解放させた。
一は徐米の視線を合わせると軽く頷き、少年に歩み寄った。
「あぁ、実はそうなんだ。この山に迷ってしまって。君はここに住んでいるのかい?」
「そうなんですね。オイラは、猿草 米羅って言います」
少年は近づく一に警戒することなく、礼儀正しく名を名乗るとペコリと一と徐米に頭を下げた。
少年が猿草 米羅が名乗ったと同時に徐米は驚きを隠せず米羅に飛び掛かろうとした。
それもそのはずであり、米羅は自身の姓を“猿草”と名乗ったのだから。
それがどんな意味を持つのか、徐米には確かめる必要があった。
いや、確かめたくて仕方がなかった。
「徐米さん、落ち着いて」
慌て、驚く徐米を一は引き留めた。
目の前にいる米羅と名乗る少年から、なにか特殊なものを感じはしない。
だが、夜猿がここへやって来たことは逃走の痕跡からわかる。
その為、ここで徐米が慌てて米羅の正体を探ろうとするのは不自然なことで疑われてもおかしくはない。
「桜之さん……」
「ここはオレにお任せを」
一はそう言うと徐米と米羅の間に立って、2人の間に距離を取って見せた。
そして、礼儀正しく挨拶をしてくれた米羅に対して敬意を払うように一もまた米羅に丁寧に挨拶をした。
「そうか。猿草 米羅か、いい名前だ。オレは桜之 一。そして、後ろにいるのは徐米さんです」
「……こんにちは、徐米と申します」
一は流れるように挨拶をし、見事に徐米の姓を隠して見せた。
少年に対して、一はあまりに慎重になっているのは今までの経験上、そう言ったケースがあったからだ。
人間の子供を利用して油断を誘い、人間を喰らう悪魔は珍しくはない。
油断は死を意味する世界だからこそ、慎重にもなる。
「一さんに徐米さんですね。で、お二人は山に迷ったってことだけど……」
「あぁ……そうなんだ」
「ちょうど、2人の後ろにけもの道があるので、そこを下って行けば村に出られるはずです」
「そっか、ありがとう。米羅は村へ行ったことは?」
「村に?ううん、生まれてから1度も行ったことはないよ」
米羅は一に不思議そうな顔をして首を傾げた。
米羅は夜猿が通った道をけもの道と読んでいた。
それはつまり、夜猿ではない動物が通る道と認識しているからこそ、そう表現したのかも知れない。
考えれば考えるほど、一は米羅の正体がわからなくなった。
「行ったことがないのか?なら、生まれてからずっとここに住んでるのか?」
「はい、オイラはずっとここに住んでいますよ。小さいけれどあそこの家の庭には畑だってある。量は少ないけどどれも新鮮で美味しいんですよ」
米羅の無邪気な笑みを浮かべると一と徐米に自慢するかのように庭の畑を指差した。
確かに、畑は小さく米羅1人の分と考えるならば十分な量だろう。
「確かに。畑は小さいけど、あの畑に育っている野菜は青々しくて素晴らしい育ちだ」
「一さん、わかるんですか?」
「もちろん!各地を旅してきたオレは色んなところで美味しいものを食べてきたからね。新鮮な野菜ってことはすぐにわかったよ」
さっきまで、慎重に緊張感を持っていた一はどこへ行ってしまったのか。
米羅が畑の野菜を紹介した瞬間に目を輝かせて、米羅と意気投合している。
徐米からすれば一が畑の野菜を食べたがっていることはすぐに理解できた。
できることならば、徐米は一刻も早く夜猿の正体を解き明かしたいと思い、焦る気持ちはあるがあんな少年のような顔を浮かべられては何も言うことはできない。
「今から収穫をするので、良かったら一緒にどうですか?ぜひ、お二人に自慢の野菜を味わってもらいたいです!」
「おぉー!米羅、オレはその情熱に負けたよ!ぜひ!ぜひぜひ!収穫を手伝わせて下さい!そして、オレに新鮮な野菜を味合わせて下さい!」
「もちろんです!」
盛り上がる2人をもはや徐米に止めることはできない。
「ねぇ、徐米さん、収穫をしましょうか?」
「そうですね。たまには体を動かさないといけませんよね」
徐米は笑みを溢して、一にそう答えると3人は庭の小さな畑へと向かった。
徐米は自然と込み上げる胸の温かさに優しい笑みを溢した…。