第46話 エルフの居城
絶対に油断するな、かつて師匠が告げた言葉が僕の脳裏によぎる。
それが師匠の心からの警告であったことを、今になって僕は理解した。
師匠の言葉通りであれば、ミストは迷宮都市を孤立させた張本人になるのだから。
……やはり、ミスト達が自由にさせているのは、間違いなのではないか、そう考えて僕は顔を歪める。
一度師匠にミストを追いかけることを提案しようか、そんな考えを僕は頭に浮べ、ナルセーナが疑問を隠せない様子で口を開いたのは、その時だった。
「支部長、エルフ……? 一体何があったんですか、お兄さん?」
ナルセーナの言葉で、周囲を見渡した僕は今更ながら、支部長についてナルセーナ達に報告していなかったことを思い出す。
「ごめん、報告がまだだった」
僕はナルセーナ達に謝ると、支部長達のことについて話し始めた。
僕と師匠が支部長の隠れ家を見つけた所から、支部長がエルフだったこと。
そして、ミストと共闘することになったことや、今は完全に自由に動いていること。
「支部長がラルマさんの師のエルフだと!」
「そんな……!」
その全て語り終えた後、ジークさんとナルセーナが呆然とそう呟く。
なんとも言えない空気の中、僕は気まずげにたたずむことしかできなかった。
冒険者の逃亡のことで完全に意識の外に追いやられたまま話していなかったが、思い出した時に話すべきだったかもしれない。
ただでさえ、師匠の話で頭がいっぱいの時に、厄介な情報を明かすことになってしまったと、僕は後悔を抱く。
そんな部屋の中、一番動揺を隠せない様子のアーミアが声を上げる。
「ま、待ってください! 神の寵愛を受けなかった種族のエルフが、生き残っているてどういうことなんですか!」
僕が、ある違和感に気づいたのはその時だった。
改めて周囲を見渡すと、ジークさんもナルセーナも顔に焦燥と動揺を顔に浮かべている。
……だが、滅びたはずの種族が生きていたことに対する反応にしては、落ち着きが感じられたのだ。
「……私からも、少しいいですか?」
一瞬そのことが僕は気にかかるが、ライラさんが口を開いたことでそちらに意識を奪われることになった。
アーミアよりは比較的冷静な様子のライラさんだが、それでも不安を浮かべながら告げる。
「たしかに、遺失技術を持つエルフというのは厄介だと思いますが、本当に共闘しなければならないのですか? これだけの戦力があるならば、いっそ拘束した方が……」
それは、一度は僕も考えていた話だった。
今だって、僕とナルセーナだけではなく、ジークさん達に師匠やロナウドさんもいる今、戦力的にミストに劣るとは思っていない。
それでも、一度ミストと対面した僕は、勝負するべきとは思えなかった。
戦力的な話ではなく、それ以上の何かをミストが持っているように思えて仕方がなかったのだ。
……あれは、敵対してはならない存在だ。
その判断の元、僕はライラさん達を諌めようとする。
しかし、その必要はなかった。
「ライラ、絶対に戦うなんて考えるな」
「そうです! エルフの居城で戦うなんて!」
「え、え?」
僕が口を開くその前に、ジークさんとナルセーナが焦った様子で、ライラさんを説得にかかったのだ。
あまりの剣幕に目を白黒させるライラさんへと、ジークさんはさらにたたみかけようとする。
ロナウドさんが、ジークさんを制止したのはその時だった。
「ジーク、後は私からも説明するよ」
「分かりました」
ジークさんが素直に引き下がったのを確認して、ロナウドさんは僕やライラさんへと、その糸目を向けてくる。
「そういえば、君達にはエルフについて話していなかったね」
明らかにエルフが現存することを知っていた、ジークさんとナルセーナの態度の理由を、僕はそのロナウドさんの言葉から悟る。
そう、ロナウドさんが二人にエルフについて教えていたのだと。
師匠はロナウドさんと昔からの付き合いだと聞いたことがあるし、師匠を鍛えたミストの存在をロナウドさんが知っていてもおかしくない。
「まあ、ラウストはラルマから少し話を聞いたみたいだけどね」
ジークさんがそう笑いかけてきたのは、僕がそんなことを考えていた時だった。
そのジークさんの態度に、まるで考えを見抜かれたような居心地の悪さを感じ、僕は身動ぎする。
それ以上、僕に言及することなくロナウドさんは、話し始めた。
「まあ、まずは全員がある前提を頭に叩き込んでもらうよ」
そう言ったロナウドさんが見ているとは、僕やライラさん、アーミアだけではなかった。
エルフについて知っているはずの、ジークさんやナルセーナにも視線を向け、告げる。
「──迷宮都市支部長のエルフ、ミストは化け物。敵対は考えてはならない」
「……っ!」
いつもと変わらない穏やかな口調で、告げられたその言葉に師匠を除いた全員の顔に、緊張が走る。
そんな僕達の様子を気にせず、ロナウドさんは続ける。
「とは言っても、実力に関しては僕とラルマと同等程度だけどね。弱くはないが、この面子であれば純粋な戦闘では勝てる」
その実力は、弱くはないなんてレベルではない。
そんな言葉が喉元までせり上がってくるが、今は大事なことではないと判断してその言葉を僕は飲み込む。
ミストの実力が師匠やロナウドレベルであれば、このメンバーであれば勝てるというロナウドさんの言葉は、たしかなのだから。
「だが、そもそもミストに純粋な戦闘など挑めないたろうね。エルフの本領は純粋な戦闘にはないのだから」
その言葉を聞いた時、僕の脳裏によぎったのは何度も耳にしながら、意味が分からなかった言葉。
それが何を指すのかは分からないが、それが重要な言葉だという確信が、僕の中にはあった。
「……エルフの居城、ですか」
「ああ。それがエルフの本質にして、居場所を定めたエルフが畏怖される理由だね。その能力に関して、端的に言えば」
「エルフは魔術を設置できる、そういったところだろうな」
今まで黙ってことの推移を眺めていた師匠が口を開いたのは、その時だった。
突然話を中断されたロナウドさんは、苦笑すしているが、魔術については本職の人間に説明させた方がいいと判断したのか、何も言わず口を閉じる。
そんなロナウドさんに一切気を払うこともなく、師匠は続ける。
「まあ、言葉だけでは想像できないだろうから、実演してやろう」
「なっ!」
僕達の背後から、爆発音が響いたのはその直後だった。
唖然として振り返ると、そこにあったのは直径十センチ程の焦げあと。
それに目を奪われる僕達に、師匠は淡々と言葉を続ける。
「今実演した通りに、私は離れた場所から魔術を発動することができる。そして、設置された魔術が近くにある場合、エルフは同じことができる」
軽い口調で師匠が告げたその言葉に、僕は内心舌を巻く。
正直、師匠は簡単そうに言っているが、やってみせた難易度は異常だった。
特に、スキルを用いて発動する魔法しか知らないアーミアなど、唖然としている。
だが、そんなアーミアを特に気にすることなく師匠は言葉を続ける。
「原理はまるで違うが、エルフ達が何ができるのか大体理解できたか? ついでに言えば、エルフが発動できるのはこんな小規模なものではない」
そう言って、師匠は手のひらに火球を作り出す。
それも、大きさはともかく威力としては、フェニックスの火球に匹敵しかねないだろうものを。
「エルフ達は前もって壁や地面に魔力を込めて魔術を設置することで、後々その魔術をノーリスクで発動することができる。例えばこんなこともできるという訳だ」
その言葉とともに、師匠を取り囲むように複数の、それも十を超える数の火球が現れる。
それも、師匠の手のひらに浮かんでいる火球と同じものを、だ。
「魔術を設置していれば、エルフ達はこれと同じことを一切の魔力を必要とせず起こすことができる。とはいえ、エルフの場合は設置された魔術がなければただの魔術師と変わらない。──だが一方で、魔術が多く設置された場所でエルフと戦えば、脅威度は遥かに上がる」
説明を加える師匠の言葉に、僕は何も言えず黙り込む。
ミストがそのどちらなのか、師匠が言うまでもなく僕は理解できていた。
今ならば、エルフの居城という言葉が何を示すのかも、僕には理解できた。
「……エルフの居城は、設置された魔術で囲まれた場所を示す言葉ですか?」
「ああ、そうだ。城壁や兵士の代わりに、埋め尽くされた魔術で守られる城、というわけだ。ミストならば、迷宮都市内に戦術級魔術を仕込んでいても、私は驚かないな」
「……っ!」
ミストが迷宮都市支部長になって、一体どれだけの時間がたったのか、正確な期間を僕は知らない。
だが、十年異常支部長であるのは確実で、それは十年もの間ミストが魔術を各地に設置できる期間があったことを示していた。
「そんなの要塞じゃ……」
ライラさんが呆然と呟いた言葉に、僕は唇をかみしめる。
ミストの隠れ家で、魔術を構築してようやく状況が五分になったと告げた師匠の言葉が蘇る。
あの言葉が過言などではなかったことを、今になって僕は知ることになった。
あの狭い隠し部屋の中、設置された魔術が発動されていれば……。
頭の中に浮かんだ想像に僕の背中に寒いものが走る。
呆然とする僕達へと、ロナウドさんが師匠に引き継ぐように口を開く。
「敵対することになれば、ミストは迷宮都市を潰しかねない。もちろん、迷宮都市を逃げればミストの脅威は下がるが、拠点がない状態で迷宮暴走に対処しなくてはならなくなる。ミストに気を許してはならないが、敵対してもならない。それが今の状況だよ」
静まり返った部屋の中、ロナウドさんは自分の頭を指でさして告げる。
「ミストを化け物といった理由がこの狡猾さだ。ジークやライラどころか、僕やラルマと比べても年季が違いすぎる」
忌ま忌ましげにロナウドさんが告げた言葉に、部屋の中を沈黙が支配する。
……だからこそ、次の瞬間背後から発せられたその声は、部屋の中よく響くことになった。
「随分な言い様だな」
「……え?」
その声は強く記憶に残るもので、聞き間違えることなどありえないもの。
それでもその人物がいることが信じられず、僕は呆然と背後を振り返る。
自分の想像が外れていることを祈りながら。
だが、その僕の願いが聞き入れられることはなかった。
「お前も充分な化け物だろう。ロナウド」
敵地といっても過言ではない部屋の中、笑いながら立つその姿を見て、ようやく僕は自分の想像が正解だったことを悟る。
──そこにいたのは、僕達の話の中心の人物、迷宮都市支部長ミストとハンザムだった。
説明多くなってしまい申し訳ありません。