覚醒タイム
こいつは化け物だ、めぐみの言っていた薬で音速でとびかかる弾丸を全てかわしやがった。
下手をすれば部隊全員が皆殺しにされかねない。
いい加減にしてくれ、おかしいぞ、どいつもこいつも狂ってる。
もちろん俺もだ。
「各員撤退!俺がこいつを引き受ける!」
かっこよく敵を引きつけてあのシルビスとの一騎打ちに持ち込んだ。
「仲間をさげてよろしかったのですか?私ならそんなことは…」
「死人は黙ってろ、今すぐ殺してやるからよ」
強気なことは言うが自信はない。
なんせ俺は入隊数ヶ月の新米だ。
相手は薬を使った化け物、基本的な体力でも技量でも勝てる気がしない。
不意打ちしかないな、そもそも殺し合いに正々堂々なんて道理はない。
しかし気になることもある。
めぐみのことだ。
正直本気になったらシルビスを半殺しどころか前殺しにしかねない。
今のうちに聞いておこう。
「手前、めぐみっていう女を知っているな。」
「00891番のことか。」
「あいつや他のやつに何かしやがったのか?」
「ああ、薬を投与してやったよ。まるで虫のようにもがき苦しんでいたな。フフッ」
全てが吹っ切れた。
生かしておく必要もなくなった。
「00891番は…」
ズドンッ
それ以上口を開くなとばかりに弾丸を撃ち込んだ。
避けられているだろうから次弾を撃ち込む。
ズドンッ
シルビスは余裕な顔で立っている。
「私はあの薬を投与している。」
知ってる。
「私が自らをサンプルとして投与した薬は人体、あるいは人体の活動範囲内に何かしらの変異がみられる。」
ズドンッ
再び不意打ち。
「私の場合、視神経の伝達能力と筋肉の反応が常人の約10倍にまで跳ねあげられた。」
まだ生きてやがる。
しかし、奴の話を聞いた限り弱点は人間と同じらしい。
それなら勝機は…
バコッ
突然何かにどつかれた感覚に襲われた。
気を失うギリギリのところで目の前にシルビスがいるのに気がついた。
どうやら何かでどつかれたようだ。
奴の瞬発力は常人の約10倍、まるで追いつかない。
弾丸など止まっているように見えるはずだ。
俺はその後も何度も何度も殴りつけられた。
薬で強化されているのはどうやら瞬発力だけらしい。
攻撃は思ったより効かない。
とは言え何度も殴りつけられていれば意識も遠のいてくる。
反撃できないまま20分くらい殴り続けられた。
吐血し、苦しむ中突然目の前の光景が変わって見えた。
まるで目に見えるものが色鮮やかに見えた。
シルビスも俺の異変に気がついたのか攻撃を思わず止めた。
「貴様、何を…」
隊長も異変に気がついたのか無線を頻繁によこす。
「雪風少尉、どうした、応答しろ。」
急に身体が軽くなってきた。
身体中から流血して脇腹がやけに痛い(きっと折れている)。
それでも何故か動く。
「手前、好き勝手やりやがって。手前の手下と同じに仲良く真っ平らになっちまいな。」
ついつい口走ってしまった。
その言葉には現実味があったのかシルビスが怯え始めた。
「そんな馬鹿な、貴様にはもう動く力さえ…」
「でも動いてる。」
平然と言い返すと俺が攻撃を始める。
銃は火を吹くがもちろんシルビスも負けじとよける。
しかし、今回は違った。
シルビスの動きに無意識に対応する。
シルビスが移動した先に俺の愛銃が景気よく銃口をむけていた。
「そんな馬鹿な!」
シルビスの驚いたような声が司令室に響き渡る。
そんなのは関係ない。
「死ね、ただ死ね。手前みたいな下品な野郎は俺みたいな屑に殺されるのがお似合いだ。」
俺の愛銃が火を吹いたと同時にシルビスの右足に風穴が空いた。
「ギィヤァァァァァァあ!」
ザマァ見やがれ
「いい声出すじゃねえか。もっと歌えよ。」
今の俺はおそらくこれまでにないほど無慈悲だろう。
「貴様ぁぁ! コケにしやがってぇぇ!」
「それがお前の本性か、醜いもんだ。」
何故か清々しい。
この感覚は戦闘に快感を覚えたと言ってもいい。
このやり取りを聞いているのか隊長も無線越しに黙り込んでいる。
「俺を殺したらハンブラビ帝国の上層部が黙っていねえ!」
「手前の吠え面を見ていると気分がいい。もっと謳えよ、聞きたりねぇ。」
どちらが下品かわかったもんじゃない。
そんなこと戦争では関係ないのだが…
とにかくシルビスが動けないように両足を破壊。
さらには反撃できないように両腕も破壊。
脇腹に打撃を喰らわせて肋骨を破壊。
動かないようにしてから俺を弄んだツケをきっちり払ってもらう。
相変わらず血が止まらない。むしろ銃のリコイルショックで腕の傷が広がっている。
そんなこととは関係なく俺はご機嫌にリロードする。
「隊長からは”皆殺しにしろ”と言われてるんでね。手前にはここで死んでもらう。」
決め台詞を吐いてシルビスを殺す準備は整った。
「頼む、助けてくれ。死にたくない…」
屑にはいい程度の最後だ。
面白いほどの命乞いだ。もっと聞いていたいがそうもいかない。
「異国語はわからんな。 チャオ。」
俺はそういうと引き金を引いた。
ズドンッズドンッズドンッズドンッっと連続に
響き渡る銃声と共にシルビスは喋らなくなった。
そりゃそうだ、脳天には風穴が空いている。
死んでいるに決まっている。逆に死んでない方がおかしい。
完全に死んでいる。
シルビスを殺した途端に意識が遠のいていく。
緊張状態がほぐれたからなのか流血がさらに激しくなった気がする。
ぼたぼたと血が流れる。
「死ねない、まだ死ねない。」
何故か俺の頭の中にはめぐみのあの時の笑顔が鮮明に写っている。
それまで死んでもいいと思っていたが、何故か今は違う。
めぐみにあったから死にたくないと考え出した。
そんなこととは関係なく身体の力が抜けていく。
もう手にも力が入らない。
銃が俺の手から滑り落ちる。
薬莢と硝煙を銃口から吐きながら横たわる愛銃の横に俺は倒れた。
「ほんっとうに、理不尽な人生だったな。…畜生、どうでもよかった人生が、恋しい。」
何故か目からは涙が溢れ出した。
その涙が愛銃のスライドにポツンと落ちた時に俺の意識も途絶えた。