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8話

あけましておめでとうございます。

 この世界に来て3日目。

 アンセムは、『マイルーム・エブリデイ』に設置された書斎でリストの作成を行っていた。

 内容は多岐に渡るが、主な内容はアイテムやMOD、スキルの一覧をまとめたものだ。


 所持アイテムリストやスキルは、ゲーム時代UIのシステムに頼っていた。だが、現在UIは使用不可の状態となっている。何らかの使用制限があり解除方法があるのかもしれないが、その見通しは立っていない。ならば、記憶が鮮明な内にリストを制作し、いつでも読みか返せるようにと処置したものだ。

 MODの導入リストはゲーム外の専用アプリケーションに保存されていたが、こちらも同様に閲覧不可の状態のため、同じ処置を施していた。


「こんなところか」


 アンセムは背筋を伸ばして一息つく。

 それを見計らっていたかのように、『アニマル・コンパニオン』で出現させていたハスキー犬が吼えた。 アンセムはこの犬に『ニロ』と名付けて可愛がっていた。アンセムはニロの頭を優しく撫でる。するとニロは嬉しそうに目を細め、満足そうに唸っている。


 召喚してわかった事だが、『アニマル・コンパニオン』で出現させた動物は、食事も排泄も必要なかった。ゲームと同じ仕様のためアンセムに戸惑いはなかったが、それを知らないレーヌの慌て様は凄いものだった。

「ファルンが死んでしまいます!」と言ってわんわんと泣いていたレーヌを、「魔法で生み出した生物だから必要ない」と宥めすかし、なんとか納得させたのだ。ちなみに『ファルン』とはレーヌが付けた猫の名前である。


 アンセムはニロを撫でながら、レーヌのことについて考える。


 3日間調べてわかったことであるが、この世界は識字率がかなり低い。宿屋に限らず、商店や鍛冶屋などの看板は、文字を使わずに簡易的なイラストで表されていた。宿屋の女将に聞いた所、そもそも紙が貴重品で文字を使う機会が限られており、そんなもののために時間を使うほど暇な人間は農村部には居ないとのことだった。


(では、レーヌが文字を読み書きできるのは一体なぜだ?)


 アンセムはこの世界の人間と、言葉で意思疎通ができている。では文字はどうかと思い、試しにレーヌに文字を書かせていた。その時彼女は特に迷うこともなく、すらすらと文字を書いていたのだ。


 余談ではあるが、この時アンセムは文字を理解することが出来ていた。日本語でも英語でもない文字であったが、頭の中に文字の意味が流れ込んできたのだ。これについてアンセムは《言語理解》のスキルが関係しているのではないかと、当たりをつけている。


(レーヌについて聞きたいことは色々とあるが、どうしたものかな……)


 レーヌの過去を聞こうとすれば、自ずと彼女の母親の事についても触れることになる。アンセムはそれを気にして、その手の話題を意図的に避けていたのだ。ふとした瞬間に浮かぶ彼女の顔の陰りが、それに拍車をかけていた。


 アンセムがウンウンと唸っていると、書斎のドアをノックする音が聞こえた。


「レーヌです。アンセム様、こちらにいらっしゃるでしょうか?」


 どうやらレーヌが書斎に来たようだった。


「ああ、鍵は開いているから入って構わない」

「失礼します」


 断りを入れ入室してきたレーヌの姿を見て、アンセムは呆気にとられた。


 レーヌがメイド服を着ていたのだ。


 彼女が着ていたのは、クラシカルなロングスカートタイプのエプロンドレスだった。首元には、彼女の髪色と同色のタイを付けている。


 農婦服を着ていた時はどこか垢抜けない印象であったが、それも今は鳴りを潜めている。風呂場に備え付けられた高級石鹸のお陰か、髪の毛もサラサラでどこから見ても立派な美少女メイドだ。


「……似合っているでしょうか?」


 レーヌは照れながらアンセムに尋ねる。


「あ……ああ、よく似合っていると思うぞ」


 アンセムはしどろもどろになりながら答えた。褒められたレーヌは照れながらも嬉しそうにはにかんでいる。


(顔の造形はかなり整っていたから、お洒落をすれば化けるとは思っていたけど、まさかここまでとは……)


「ところで、どうして急にメイド服を?」


 我に返ったアンセムは、思っていた疑問を口にする。


「私、アンセム様にメイドとして雇って欲しいんです。私の母は昔、領主様の所でメイドをしていたんです。私が生まれてからは、母は退職して実家のあったリングス村で生活をしていました。何があっても良いようにと、母からは基本的なメイドの仕事を教わっています。ですから何卒……」


「ふむ……。読み書きも母親から習ったのか」


「はい。他にも炊事や作法など一通り習いました。計算などはメイドの領分では無いからと、母も知らなかったみたいです」


 アンセムは唸りながら、密かに納得していた。


(村娘にしては都市のことに詳しく、読み書きができたのはそういう理由か。こちらの事情に不必要に踏み込んでこないのも、俺を貴族と想定していたのだとしたら説明がつく。王侯貴族が用いるユニコーンや、こんな豪邸を取り出す相手が、ただの一般人とは思えないだろうからな。様付けで俺を呼んでいたのもそのせいか)


 どちらにせよ、レーヌを自分の元へ引き止めておきたかったアンセムには渡りに船であった。


「雇用することに問題はない」

「本当ですか!?」

「ああ、ただ一つ聞きたいのだが、どうして俺なんだ? メイドとしてなら俺の所以外でもかまわないと思うが」


 アンセムの問を想定していたのか、レーヌは居住まいを正して自身の考えを口にする。


「当初私は大きな街へ行き、そこでメイドの知識や技術を活かせる職を探す予定でした。ですが現在、私の身分を保証してくれる人間が居ないため、貴族の方に雇っていただくには些か無理があると考えました。同様の理由で、メイドを雇うだけの余裕がある豪商の方々も無理だと判断しました」


「確かにな。常に暗殺などの命の危険が付き纏うであろう貴族や豪商が、身分の判然としない人間をそばに置くとは思えない」


「はい。奴隷まで身分を落とし、貴族様の目に留まるのを待つ。とういのであれば可能性はあるのでしょうが。……奴隷を縛るための魔法があると聞いたことがありますから」


「あまり現実的な手段とは言えないな」


「はい。商店や食堂で配膳係として雇っていただければと思いましたが、計算や会計には不安があります。幼い頃から奉公に出ていたなら問題ないのでしょうが、後から就職する場合は即戦力にはなれないと思いました。伝手があれば別なのでしょうが……」


(中途採用は即戦力としてのみ、か。どの世界も世知辛いな……)


 夢見ていたファンタジーの世界が崩れるのを自覚しながら、アンセムは彼女の言をまとめる。


「なるほど、だいたいわかった。つまり、自分の最大限の伝手を活かし、メイドとして就職できそうなのが俺だった、ということだな?」


「恐れながら。……最後になりますが、アンセム様のお人柄につきましても好ましく思っております。雇って頂けるのであれば、誠心誠意尽くす所存でございます」


 そう言って、レーヌは深々と頭を下げた。凛としたその姿は、本物のメイドの様だとアンセムは思った。


「了承した。レーヌのことをメイドとして正式に雇用しよう」

「……! ありがとうございます」


 レーヌは顔を輝かせ、再度頭を下げる。


(今後の行動指針は見直しだな)


 アンセムはレーヌの懐柔計画を頭の中で破棄し、今後のプランを練り直す。


「さて、そうと決まれば雇用契約書でも制作するか。正式なものではないが、文書で残すのには意味があるからな」

「分かりました! よくわからないのでアンセム様にお願いします!」


 そう言って笑った彼女の顔は、村娘に戻っていた。アンセムは苦笑いを浮かべながら、契約書の作成に取り掛かるのだった。


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