4話
レーヌは再びユニコーンの背に揺られながら、ぼんやりと考え事をしていた。
(これからどうしよう……)
唯一の肉親である母親を亡くし、帰るべき村は盗賊に荒らされている。レーヌが村を逃げる際には、殆どの村人は殺されていた。廃村になるのは目に見えている。
身寄りもなく、帰る場所もない。とは言っても、ただの村娘の自分に出来ることも思いつかない。奴隷となるか、娼館に売り飛ばされるか。考えつくのはそれくらいだ。暗い未来を思い描き、どんよりとした気分になる。
レーヌは隣を歩くアンセムを盗み見る。
彼女は復讐を頼もうか何度も迷っていた。自分と母親をこんな目に合わせた盗賊たちを許すことなど出来ない。彼の力を借りれば、恐らく盗賊を駆逐できるだろう。だが、それを頼むことも憚られた。
命を救われ、レーヌは未だその対価を払えていない。そんな中、さらに自分の復讐を手伝って貰うことなど出来ない。
(それに、この復讐は私のものだ。誰かの手に委ねるなどあってはいけない)
少女の瞳に暗い炎が灯る。とは言え、まずはこれからのことについてだ。
現状で考えられる最善は、アンセムの庇護下に入ることだ。成人であり、圧倒的な力を持つ彼の庇護下に入れば当座の安全は確保できるだろう。
見た目こそ怖いが、アンセムが気を使ってくれていることを察していたレーヌは、彼に対する警戒心を幾分下げていた。
大きな街につければ、そこで仕事を探し、命を助けられた対価を返せるかもしれない。幸いアンセムはこの辺の土地勘が無いと言っていたので、案内の名目で警護してもらえるかもしれない。そのためには、自分の有用性を彼に示す必要がある。
(決して失礼な態度で接してはいけない。それに素性を探るのも今は止めておかないと)
魔法が使えることを黙っていて欲しいと言った事から、アンセムが訳アリなのは明白である。一緒にいる相手の素性が不明というのは良いこととは思えないが、信頼関係が希薄な現段階で下手に不興を買う状況は避けたかった。
不快な思いを抱かせないようにしつつ、自分を売り込む。それが、レーヌの出した結論だった。
※
「ようやく街道が見えてきたな」
レーヌの案内で街道にたどり着いたアンセムは胸をなでおろした。
(なんとか日暮れ前に森を抜けることが出来た。この調子で人里まで行ければ良いのだが)
アンセムがそう考えていると、レーヌが口を開く。
「アンセム様。街道を西沿いに進めば村があります。距離もそう遠くありません。私の住んでいたリングス村の隣村に当たります。小さな村ですが、宿屋がありますので休むには最適だと思います。盗賊がいない、という保証はできませんが……」
「……そっ、そうか。ありがとう」
アンセムは内心驚いていた。彼はてっきり盗賊退治をお願いされるかと思っていたからだ。実際に頼まれれば、安全策を考慮した上で様子を見るくらいはするつもりだった。それでも危険は伴うだろうが、それを無視できるほどには盗賊に対して敵意をためていた。
(盗賊を殺してくれと頼むどころか、襲われた村から遠ざかろうとしている。俺の力を知った上で頼まないのは、単に遠慮しているのか、巻き込みたくないのか。それともあの程度の力では盗賊には敵わないと見ているのか……。兎に角、不用意にこの世界の人間と事を構えるのは避けたほうが良いか。彼女が復讐を望まない以上、せめて彼女の安全は確保してやりたい)
アンセムはそう考え、レーヌに質問することにした。
「レーヌ、私見でかまわないが、俺の格好は目立つと思うか?」
「恐らく、かなり目立つと思います。そのような立派な剣や鎧は見たことがありませんので……」
「ふむ……」
(やはり相当目立つか。この鎧のせいで盗賊に襲われたなんてことになったら目も当てられない。とは言えあまりに弱そうに見えるのも考えものだしな)
アンセムが装備していた『聖王騎士装備』は、7つある装備ランクの最高位、『神代級/ミソロジア』のものだ。
ゲーム内において最強を誇る7体のボス、『没落の七柱/セヴンス・フォール』。その一角である『聖王テレジア』を倒すことで入手できる。さらに頭、胴、腰、腕、足の装備を同名装備で揃えることでセット効果を発動する。
発動する特殊効果は『聖騎士』のクラスであるアンセムと相性がよく、MODで導入した以外の装備では最高のものだ。
(この世界の人間がどの程度の戦闘力か不明な以上、防御力を下げることは出来ないし、セット効果を無くすのも駄目だ)
アンセムはそう考え、とある装備の名称を唱えた。
「アバター変更、『清貧騎士の鎧』着用」
アンセムがそう言うと、瞬時に見た目が切り替わる。
所々に鉄のプレートが付いた革製の鎧。首元と腰元にはボロボロの布が巻き付いている。華美な装飾は施されておらず、とても地味な見た目となった。
アバターとはキャラクターの外見だけを変更する装備のことだ。能力値に影響がないため、どんな見た目にもすることが出来る。アンセムはこれを利用し、ゲーム時代には商人や狩人、領主などの様々なロールプレイを行っていた。
今装備した『清貧騎士の鎧』は、冒険者のロールプレイをしていた時のものだった。
(ゲーム内ではロールプレイ程度の意味しかなかったが、今の状況ならかなり有用だな)
アンセムは満足そうに頷き、レーヌに振り返る。
「これでどうだ? かなり地味になっただろ?」
「……はい。とても、似合っていると思います……」
自慢げなアンセムに対し、レーヌはしどろもどろになりながら答えた。
(どうもレーヌの歯切れが悪い。急に装備が変わったから驚いているのか? でも彼女にはすでに魔法を見せているし、そこまで驚かないと思ったのだが……。もしかしてこの世界では見慣れない意匠なのか? レーヌの着ている服を見る限り、トワイライトの世界観とそこまで乖離していないと思ったんだけどな……)
トワイライトの世界観は中世ヨーロッパ風のダークファンタジーである。レーヌの服装も中世ヨーロッパ風の服飾のため問題は無さそうだと判断したが、アテが外れたかとアンセムは不安になる。
「どうした? なにかあるなら言って欲しい」
アンセムがそう言うも、彼女は言いよどむ。ますます不安に襲われたアンセムが問い詰めると、渋々レーヌは口を開いた。
「……いえ、その、盗賊か山賊みたいだなと……本当にすいませんっ!」
「おおう……」
アンセムの不況を買うのを恐れていたレーヌには酷な選択であったが、彼女は上手い言い訳も思いつかず素直に言った。事実アンセムの外見はどうみても山賊か盗賊のそれであり、もっと言えばその頭領にしか見えない。
盗賊に襲われた人間相手にはどう考えても配慮不足であるが、アンセムとなって数時間のため自身の顔の事がすっかり抜け落ちていた。そもそもアンセムはヘルムを装備している状態なのだが、ゲームオプションにあった『頭装備を非表示』が有効のため、顔を隠す術がない。これはUIやコンフィグを操作できない弊害の一つであった。
「いや、無理に言わせたのは俺だし、謝らなくていい。むしろ客観的な意見を聞けてありがたいくらいだ」
必死に謝るレーヌをなんとか宥める。
(少なくとも違和感が無いのならそれでいい。似合い過ぎて引かれるとは思いもしなかったが……)
そんな事を考えながら、アンセムは密かにため息をつく。アンセムとレーヌは、お互いに前途多難であるようだった。