12話
アンセムの前に並べられたのは、老若男女の奴隷たちだった。首輪を嵌め、隣同士で鎖に繋がれている。
奴隷たちはみな血色もよく、衣服も街で見かけるような普通の服を着ていた。
アンセムの要望は2通り。読み書き計算の出来るものと、調理経験があるものだ。両方できる必要はなく、それぞれに人材を求めていた。
「結構な人数だな」
並べられた奴隷の数は20人前後だった。大きな部屋とは言え、些か狭さを感じる密度だ。
「当社では読み書き、計算の出来る奴隷がほとんどですので。その中でも厳選した結果がこれらとなります」
「ほう? この街に来る前に立ち寄った村々では、文字を読める者などほとんどいなかったが」
「農村部の情勢には疎いですが、都市部ではさほど珍しくはありません。近年、例の法律のお陰で奴隷の需要は高まっておりますが、その分求められる要求値も上昇しております。当社ではお客様のご要望にお応えできるよう、様々な教育を行っているのです」
「なるほど、それは素晴らしい」
アンセムはそう言いながら奴隷たちを見渡す。アンセムとしては一瞥しただけであったが、奴隷たちは睨まれたと思い身を萎縮させる。それを見た奴隷商のロイスは目元を抑えてため息を漏らす。
奴隷の教育不足を嘆くロイスであったが、アンセムの顔が怖いだけなので、奴隷たちを赦してあげて欲しいと密かに願うレーヌだった。
そんな中、1人だけ平然とした態度で臨む人間がいた。
白髪のオールバックに、整えられた髭を蓄えた細身の老人だ。眼光は鋭く、それでいて佇まいに気品がある。
「彼は?」
アンセムの質問に、ロイスが答える。
「あれは、とある貴族の屋敷で家令を勤めていたものです。なんでも、その貴族が魔法使いを集めるのに躍起になるあまり、資金難で家が没落したそうです。本来であれば就職先に困るような人材ではないのですが……」
「就職難で若い人材が溢れて年老いた彼を雇う者がいない、か」
「ご推察のとおりです。能力の高さは折り紙付きなのですが、いかんせん今はどの貴族様も魔法使いを集めるのに必死でして」
「それほどまでに魔法使いは貴重なのか?」
「はい。魔法使いの保有数が、貴族間での発言力の強さになるとまで言われております。当たり前ですが、魔法使いの奴隷など滅多におりません。働き口には困りませんから。にも関わらず、連日問い合わせがあるほどです」
「なるほどな。まぁ、私には関係ないことか。さて、悪いが彼と2人で少し話をさせてくれないか? 少々聞きたいことがある。ああ、別室を使わせてもらえるとありがたい。大所帯で貴殿らを退室させるわけにもいかんしな」
「畏まりました。当社の商品に万一は無いと思いますが、念のため腕輪の方を付けさせていただきますので少々お待ち下さい」
「手間をかける」
そう言って、両者は席を立つ。
アンセムはロイスの付き人に案内され別室へと足を運ぶ。少し遅れて件の老人が入室してきた。
「さて、まずは自己紹介といこう。私はアンセムという」
「私はルシウスと申します。アンセム閣下」
「閣下はよせ。アンセムでいい」
そんなやり取りの後、アンセムは一息ついて魔法を発動する。
《サンクチュアリ/聖域》
「……っ!!」
突如放たれた魔法に、ルシウスは身を怯ます。それを意に返さず、アンセムは彼を睨みつける。
「安心しろ、ただの防音魔法だ。それより貴様の目的は何だ、アンデッド」
防音についてはブラフである。遮音の能力も有しているが、本来は範囲内に聖騎士に有利な効果を生み出し、またアンデッドに対して強力な行動阻害を齎す魔法だ。
「……なぜそれを」
ルシウスは目を見開き、驚愕した様子でアンセムを見る。
転移初日。アンセムがレーヌの母親を発見した際、彼は嫌な雰囲気を感じ取りレーヌを引き止めた。
レーヌの母親から放たれていた、確かな違和感。アンセムはルシウスからそれと同じ雰囲気を感じ取っていた。
ルシウスの返答を得て、アンセムは確信する。やはりこれは『死者の気配』だと。
所持している何らかのスキルの恩恵か、それともアンデッドを滅ぼす聖騎士の特性ゆえか。兎に角、ルシウスがアンドッドであることは間違いない。
ルシウスはアンセムの態度を見て誤魔化すのは無理だと悟り、肩を竦ませながら口を開いた。
「《チャーム/魅了》が対抗されたので只者ではないと思いましたが、とんだ藪蛇でしたな」
「私は魔法耐性を極限まで高めている。下手な小細工は無意味だ。して、アンデッドであることを認めるな?」
「はい。私は吸血鬼ルシウス。ルシウス・レオパルドと申します。かつては『殺戮公』と呼ばれた、しがない年寄りでございます。以後お見知りおきを」
ルシウスはそう言って、慇懃に頭を下げた。
「それで、目的は何だ? 『殺戮公』などと呼ばれた吸血鬼が、一体何が目的で市井に紛れ込んでいる? それとも誰かの命で私に接触を図ったのか?」
「ふむ、何と言えば良いのでしょうか……。信じて頂けるかはわかりませんが、特に目的など無いのです」
「はぁ?」
アンセムは思わず素っ頓狂な声を上げる。とてもではないが「はい、そうですか」と信じられるものではない。
「まぁ、そうでしょうな。ですが本当のことです。端的に言いますと、私は飽いたのです。死者である私が言うのも変ですが、長く生きることに飽きてしまった。吸血鬼たちを従え、夜の国を統治し、享楽の海に溺れたこともありました。ですが、私の渇きが癒されることはなかった。とは言え死ぬのも怖い。長い年月積み上げてきたものが完全に消えて亡くなる。それがとてもとても恐ろしいのです。どっち付かずの半端者。『生ける死体』に相応しいではありませんか」
ルシウスはそう言って自嘲気味に笑った。アンセムは彼の話を黙って聞いている。ルシウスは更に話を続ける。
「私は国を捨て、刺激を求めて旅に出ました。放浪の末にこの街にたどり着き、何となく街を彷徨っていると、とある貴族に声をかけられました。彼と意気投合した私は、彼の執事として雇われることにしました」
「先ほどロイス殿が言っていた貴族か?」
「没落したのは息子の代です。私が意気投合したのは父親ですな」
「息子を操って、家を没落に追い込んだのか?」
「まさか。私は何もしておりません。それでは台無しとなってしまう」
その言葉に、アンセムは眉をひそめる。やはり何か目的があるのかと。
「人間は面白い。短い人生だからこそ、その行いは輝きに満ちている。執事としていて仕えている時、彼らの行いを見るのは実に楽しかった。長く生きていると無駄に知恵がつきます。私では考えつかないような愚行も、人間は平然と犯すのです。良かれ悪しかれ、人間の行動には愚かさと勇敢さが内包されている。それを傍らで眺めるのは、この上なく愉快でした」
「あまりいい趣味とは言えないな」
アンセムはそう言って苦笑いを浮かべると、「できれば老獪と言って欲しいですな」とルシウスもつられて笑った。
「そんなわけで、今は仕えて楽しそうな人間を探しているところです。ここの商館は宿代わりですな。退職金も出ませんでしたので。まぁ、こんな老いぼれに買い手も付きませんでな。そろそろお暇しようかと思っていたところです」
「魔法が使えると言えばいいではないか。先程『魅了』の魔法を使っていたのだろう?」
「あれは吸血鬼としての種族特性です。勿論魔法も使えますが。ただ、私は私の魔法に頼るような輩に仕える気はありませんので。献策くらいは致しますが、私はあくまでも自力で問題を解決する人間の煌めきが見たいのです。アンセム様であれば言うこと無しでしょうな。貴方はとても面白そうだ」
そう言ってルシウスは獰猛に笑う。瞳は血に濡れたように赤く染まり、長く伸びた犬歯は怪しい輝きを放っていた。
「老獪というよりは、狸爺だな」
アンセムもそう言って、獰猛な笑みを浮かべるのだった。