11話
1等区と呼ばれる、ギマールの中心市街に位置する高級住宅街。そこに一際目立つ大きさの邸宅があった。
外観はシックな黒レンガで統一され、落ち着いた雰囲気の中に見える気品は、建築家のこだわりを感じさせる。
アーチ型の窓が等間隔に並び、その中に2つの人影があった。
「やはり、庭付き一戸建ては男の夢だな」
「購入費用を考えると震えが止まりません」
そこはアンセムが購入した邸宅だった。
無事銀行で換金を果たしたアンセムは、その足で不動産屋へと赴き屋敷を購入したのだ。低位貴族の生涯年収に匹敵する金額を事も無げに一括で支払ったアンセムに、レーヌは勿論のこと担当した不動産屋も唖然としていた。
「それにしても、ようやく落ち着いたな」
「はい。怒涛の4日間でした」
2人は揃ってため息をつく。
邸宅の購入後、アンセムとレーヌはそれに付随した税務処理に追われていた。
宅地購入のために必要な、市民権獲得。住宅、土地の購入のために発生する市民税の支払い。
それらを支払うために徴税館(税金を支払うための領主直轄の役所)に訪れた所、外国人の市民権購入による各種税金の支払い義務についての講義がなされた。
国民すべてが収める人頭税。住居、土地持ちが収める市民税。教会が徴収を行う10分の1税。そして特別税制に区分される魔法税だ。
(まさか魔法を使うにも税金が取られとは思わなかったぜ……)
魔法税とはその名の通り魔法使いが収めるべき税金である。これは国の特別税制に指定されている。
魔法を使える人間は貴重だ。
人口比率に対して魔法を扱える人間は少ない。その優位性から、どうしても魔法使いは高給取りになる。そこで制定されたのが魔法税だった。
特別税制は他にも弁護士や医療従事者などの高給取りになりやすい業種が対象となっていた。なお、魔法使いの申告漏れは追徴課税の対象となり、また悪質な虚偽申告の場合は脱税として処罰されることもある。これは、魔法による犯罪を防ぐための抑止力の意味を持っていた。
国が魔法使いの人口を把握することにより、事件の犯人特定や、戦時における自国の戦力を判断するための材料に用いるのだ。
(上手い制度だとは思うが、まさかファンタジー世界に来て税金対策について考えさせられるとはな……)
アンセムの資産からすれば、徴税額は微々たるものだ。しかしアンセムは現在無職の状態である。保有資産については限りがあるため、考えなしに垂れ流すのは得策ではない。
「やはり、奴隷を買うべきか」
「……」
アンセムの言葉にレーヌも頷く。
心情的にはアンセムもレーヌも乗り気ではなかった。それは2人共奴隷に対して、ネガティブな印象を持っていたからだ。
現代日本人のアンセムは語るまでもなく、レーヌも母親から奴隷の扱いの酷さを聞いて育ったからというのが大きかった。
「でも、アンセム様の奴隷になれるのでしたら、きっと幸せになれます。アンセム様はいい人ですから。見た目は少しアレですけど」
レーヌは不意にそんなことを言った。
「見た目はアレって……」
アンセムは遠慮ないレーヌの言葉に苦笑いを浮かべる。
彼女と知り合ってまだ1週間だが、随分と気安い態度になってきた。いい傾向だとアンセムは密かに安堵する。
「さて、それでは奴隷商館へ行くか。レーヌ準備をしてくれ」
「畏まりました。アンセム様」
※
アンセムが奴隷を買うのには理由があった。ずばり税金対策である。
現在、アンセム達が滞在している『グレイス王国』では人口爆発が問題になっていた。数年続いた戦争が終結し、それに加えて『魔道具』の生産が活発になった事が直接の原因だった。
実物を見ていないためアンセムも詳しい事は把握していないが、聞くところによると魔法の機能の一部を道具に込めたものを『魔道具』と言うらしい。
戦時下、国内では魔法の殺傷力を高める研究が盛んに行われていた。だが終戦後、魔法の価値が見直され、新たな使い道が模索された。
生活をより豊かにする。そんな思想の元、次々と軍事魔法技術が民間に転用され始めたのだ。『魔道具』もその一つである。
簡単に火をつける物や、無尽蔵に水を生み出す魔道具が発明され、それらは日を追うごとにより扱いが簡単に、よりコンパクトに洗練されていった。
魔法使いが高給取りとして特別税制の対象になるのもこのことに起因している。これらの魔道具の発明やメンテナンスは、主に魔法使いが行っていたからだ。
生活が便利になる一方で、職を追われる人間たちもいた。
炊事洗濯のための下働き。火おこしなどの雑用を担当していた人間など、魔道具で代替が効くようになったために、雇用主が人員を削減したのだ。
他にも代替生産力としての魔道具の登場によって、不要になった人間が随所に見られた。
失業者たちは、一縷の希望を託して奴隷商に殺到した。だが日々進歩する魔道具に押される形となり、結果奴隷商はどこも満員の状態となった。
情報に疎い農村部に住んでいたレーヌは国内の情勢など知らなかったので、この話を聞いて顔を青くしていた。アンセムに雇われなければ、自分もそうなっていたのだから無理もない。
日々増える失業者と、それに付随する犯罪件数の増加に頭を痛めた王国が、苦肉の策で打ち出したのが奴隷所持による税率の軽減だった。
『特殊人頭税率措置法』と呼ばれるこの法律は、奴隷の所持数に応じて、所有者の年間税率が低減されるというものだ。ちなみに『特殊人頭』とは奴隷のことを指す。
徴税館でそのことを聞いたアンセムは当初、倫理観が邪魔して奴隷を雇うことに否定的であった。だが相当な額の税率低減と、膨大な税務処理に追われたアンセムは考えを翻し、奴隷を買うことにしたのだ。
『ギマール奴隷供給公社』
国営の奴隷商館であり質、信頼性、共にギマール市内随一との話だった。紹介者である銀行員のアブロン・モーリスも、ここで奴隷を買ったと言っていた。奴隷を買うと決めたアンセムが相談を持ちかけたのがアブロンだったのだ。
アブロンが書いてくれた紹介状を門兵に見せると、丁寧な対応で敷地内に招かれた。紹介制で一見さんお断りとの事だったので、その点もアブロンに感謝である。
奴隷商館は2階建で庭も広く、貴族の邸宅と言われても頷けるものだった。アンセムとレーヌは館内に案内され、応接間で待つように指示された。
やがて現れたのは、ダンディな中年男性だった。
(ハリウッド俳優みたいだ)
アンセムは密かにそう思った。
「お待たせして申し訳ない。お初にお目にかかります。私、当商館の責任者をしております。ロイス・ベルダンディと申します」
名前もダンディだった。アンセムは吹き出しそうになるのを何とか堪える。
「私はアンセムだ。すでに知っているとは思うがな」
「はい。アブロン様から早馬でご連絡頂いております」
「やはり商人の連絡網はあなどれないな」
「情報は商人の命ですので。特にアンセム様は商人の間では今一番の注目株ですからね」
「ほう?」
「関所での一件は有名ですから。恩恵に預かりたいと思う者は多いでしょうね。かく言う私もその1人ですが」
「それはそちらの誠意次第だな」
「ははは、これは手厳しい。では早速ですが、今回はどういった奴隷をご所望ですか?」
世間話もそこそこに、2人は商談に入る。
レーヌは緊張した面持ちでその様子を眺めていた。