9話
「なんだい、ありゃ。どこぞの王族かい?」
「さぁ、俺が知るかよ。それにしても豪勢な馬車だねぇ。馬車馬もユニコーンが2匹か。本当に王族かもなぁ」
「じゃあ、なんで王族様がこんな列に並んでいるんだ? 普通は素通りだろう?」
「それこそ俺が知るかよ」
拠点都市ギマール。その手前に設置された関所の列に、一際目立つ豪奢な馬車が並んでいた。あまりの場違いさに、並んでいた他の者達は様々な憶測を交わしている。
黒塗りに金の装飾をふんだんにあしらった豪奢な馬車。純銀に煌くユニコーンを2頭配しており、周囲には見事な装飾の鎧を着た騎士を幾人も侍らせている。
騎士たちは一糸乱れぬ動きで周囲を警戒しており、練度の高さを伺わせた。
「ははは、少々目立つなこりゃ」
「少々どころではないです! みんな呆気にとられています!」
その馬車の内部では、呑気な会話が交わされていた。
「アンセム様は、目立ちたくないのではなかったのですか?」
「それはそうなのだがな。メイドを雇ったのに、主人が貧相では格好がつかないだろう? メイドになりたいと言い出したのはレーヌだしな」
「それはそうですけど……」
馬車に乗っていたのは、アンセムとレーヌの2人だった。
レーヌはメイド服、アンセムは華美な貴族服を着用している。
衣装のお陰か、アンセムの山賊感は幾分緩和していた。そのせいかどうかは分からないが、レーヌのアンセムに対する余所余所しさも、始めの頃より幾分薄らいでいた。
そんな2人が乗った馬車の元へ、2人の兵士が近づいてくるのが見えた。どうやら関所の方から来たようだ。アンセムは周囲の騎士たちに手を出さないように指示して、馬車の扉を開いた。
「何か用かな?」とアンセムが兵士に問うと、兵士の片割れが胸に手を当て、膝をつきながら答えた。
「さぞ貴き身の御方と存じます。よろしければ、御身の芳名をご教示くだされば幸いにございます」
そう言って兵士は一層身を屈めた。
「俺……私の名はアンセムだ。そこまで畏まらなくても良い。私は他国の人間だからな。貴国とは交流のない辺鄙な国出身の田舎者だ。お忍びで物味遊山に訪れただけの私に、そこまで敬意を払う必要などないとも」
(嘘は言っていない。相手が俺を他国の王侯貴族と勘違いしているだけだ。お忍びと言いながら一切忍ぶ気がないのは、我ながらどうかと思うけどな!)
アンセムはそんなことを考えながら飄々と嘯く。
「はっ! 過分なご厚意、僥倖に存じます」
そう言って頭を上げた兵士は、アンセムの顔を直視して身体をビクつかせたが、すぐに立て直した。アンセムの顔の怖さに一瞬たじろいだが気力で持ち直した兵士に、アンセムは感動の色を滲ませた。
アンセムが得意気にレーヌの顔を見ると、レーヌは素知らぬ顔でそっぽを向いた。兵士はそんな2人のやり取りを意に返さず話を続ける。
「ですが、貴殿に失礼があっては我が国の王に面目が立ちませぬ。どうか、専用の関門をお通りくださればと存じます」
「了解した。貴殿にも立場があるだろうからな。それでは案内を頼む」
アンセムは兵士の案内で、王侯貴族専用の関門へと向かった。アンセムは馬車内に設置されたソファーにもたれ掛かかり一息ついた。
「ははは、上手く言ったな。あんな行列を並んでいては日が暮れてしまうからな」
「……やはり貴族様だったのですね。どうしていきなりそれを開示されたのですか? 宿屋では身分を偽っていたようですが」
レーヌは怪訝そうな顔でアンセムに尋ねた。
(そう言えば、勘違いした人間がここにもいたな。だが勘違いしているならそれはそれで問題ないだろう)
そう考え、アンセムは適当な理由をでっち上げる。
「共もつけずに1人で飛び出してきたからな。見つかったら自国に引き戻されると思っていたんだよ。俺の魔法は凄いからな。ここまで来れば捜索の手も伸びないと判断しただけだ」
「そうだったのですか」
レーヌは納得したように頷いたが、どこか違和を感じているようだった。こればかりは本当のことを言っても仕方がないので、アンセムは流すことにした。
※
当初、アンセムは目立たずにこの世界を巡るつもりでいた。それはこの世界に来ているかも知れない、他のプレイヤーを警戒してのことだ。だがレーヌをメイドとして雇うにあたり、予定を変更したのだ。
変更したというよりは、貴族になりすます事を思いついた、の方がより正確ではあるが。
そもそも目立たないというのは、他プレイヤーとの不用意な接触を避けるためであって、貴族だろうとなんだろうと自身がプレイヤーだと露呈しなければ問題ないのだ。
貴族は面倒事も多いだろうが、その分メリットも多い。先の関所の一件もその一つだ。
(権力の本質は財力と武力だからな。それらさえ揃えば、地位などいくらでも誤魔化しが効く)
武力に関しては、馬車の付近に侍らせている騎士たちが盛大な後押しとなった。あれらは全てアンセムが召喚した騎士たちだ。
《召喚魔法:不滅の白銀聖団/サモン:レヴェナント・ナイツ》
『聖騎士』や『司祭』などの『聖職者』に区分されるクラスのみが扱える特殊召喚魔法で、プレイヤーが組んだマクロの通りに行動する騎士団だ。アンセムはそれをMODで魔改造しレベルや能力値、武装を極限まで高めていた。
フロベール村で検証を行い、問題なく操作できることの裏取りも取れていた。もっともゲーム時代とは違い、マクロを組むのではなく口頭での操作になっていたが。
詰まる所、頭数と言うのは分りやすい暴力の指標だ。
武装した騎士を数十人も連れている者に、不用意に喧嘩を売る馬鹿などそうそういない。その上で敵戦力を計る当て馬としてもこの上なく有用だ。これのせいでアンセムがプレイヤーだと露見する恐れもあるが、一応の罠、もとい対策も施してある。
「アンセム様、もうすぐ関門に着きます」
「ああ」
そうこうしている内に、関門へとたどり着いた。アンセムは馬車の窓を開け、係の者を一瞥した。
「身分証の提示は必要かな?」
「いえ、部下からお忍びとの報告を得ております。報告書にはこちらで相応の対処をさせて頂きます」
「何から何まで、至れり尽くせりで悪いな」
アンセムはそう言って懐から指輪を取り出し、兵士に手渡した。
手渡した指輪は何の効果もない指輪であったが、見事な装飾が施された純金の指輪で、中心には真紅の宝石が煌めいていた。
指輪をひと目見た兵士は、相当に高価な品だと直感し生唾を飲み込む。
「売って、今晩の飲み代にでもするといい。無論、他の兵士たちも一緒にな」
アンセムの言を聞き、周囲にいた兵士たちから歓声が上がる。
「……いいなぁ」
レーヌが羨ましそうに、兵士の手にある指輪を見ていた。無意識だったのだろう。ハッとした表情で顔を反らした。
「なんだ。レーヌも欲しいのか?」
「……欲しくありません」
アンセムとレーヌが結んだメイドの雇用契約で、向こう一年間は給与を全額返済に当てると取り決めていた。返済とは、命を救ってもらったことの対価だ。レーヌは当初5年間と言ったのだが、アンセムが認めないので1年間になった。
(どこの世界でも、女性は光り物に弱いんだなぁ。それにしても、欲しいものがあるなら1年間の無償奉仕ではなく、給料からの天引きにすればよかったのに。まぁ、それがこの子の美点か)
アンセムはそう思いながら柔らかに微笑んだ。その笑みはまるで、獲物を前にした凶獣のようだった。自身の顔の凶悪さをもう少し自覚して欲しい。
「心配するな。レーヌはあんな安物ではなく、もっとすごい装備で全身武装させるつもりだからな」
「へ? アレが安物? もっと凄いもの? 言っている意味がわからないです」
「ははは、期待していいぞ」
「期待より、不安と恐怖のほうが大きいです……」
そんな会話をしながら、2人を乗せた馬車は関門を通り、拠点都市ギマールへと向かうのだった。