表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/14

9話

「なんだい、ありゃ。どこぞの王族かい?」


「さぁ、俺が知るかよ。それにしても豪勢な馬車だねぇ。馬車馬もユニコーンが2匹か。本当に王族かもなぁ」


「じゃあ、なんで王族様がこんな列に並んでいるんだ? 普通は素通りだろう?」


「それこそ俺が知るかよ」


 拠点都市ギマール。その手前に設置された関所の列に、一際目立つ豪奢な馬車が並んでいた。あまりの場違いさに、並んでいた他の者達は様々な憶測を交わしている。


 黒塗りに金の装飾をふんだんにあしらった豪奢な馬車。純銀に煌くユニコーンを2頭配しており、周囲には見事な装飾の鎧を着た騎士を幾人も侍らせている。

 騎士たちは一糸乱れぬ動きで周囲を警戒しており、練度の高さを伺わせた。


「ははは、少々目立つなこりゃ」

「少々どころではないです! みんな呆気にとられています!」


 その馬車の内部では、呑気な会話が交わされていた。


「アンセム様は、目立ちたくないのではなかったのですか?」

「それはそうなのだがな。メイドを雇ったのに、主人が貧相では格好がつかないだろう? メイドになりたいと言い出したのはレーヌだしな」

「それはそうですけど……」


 馬車に乗っていたのは、アンセムとレーヌの2人だった。

 

 レーヌはメイド服、アンセムは華美な貴族服を着用している。

 衣装のお陰か、アンセムの山賊感は幾分緩和していた。そのせいかどうかは分からないが、レーヌのアンセムに対する余所余所しさも、始めの頃より幾分薄らいでいた。


 そんな2人が乗った馬車の元へ、2人の兵士が近づいてくるのが見えた。どうやら関所の方から来たようだ。アンセムは周囲の騎士たちに手を出さないように指示して、馬車の扉を開いた。

「何か用かな?」とアンセムが兵士に問うと、兵士の片割れが胸に手を当て、膝をつきながら答えた。


「さぞ貴き身の御方と存じます。よろしければ、御身の芳名をご教示くだされば幸いにございます」


 そう言って兵士は一層身を屈めた。


「俺……私の名はアンセムだ。そこまで畏まらなくても良い。私は他国の人間だからな。貴国とは交流のない辺鄙な国出身の田舎者だ。お忍びで物味遊山に訪れただけの私に、そこまで敬意を払う必要などないとも」


(嘘は言っていない。相手が俺を他国の王侯貴族と勘違いしているだけだ。お忍びと言いながら一切忍ぶ気がないのは、我ながらどうかと思うけどな!)


 アンセムはそんなことを考えながら飄々と嘯く。


「はっ! 過分なご厚意、僥倖に存じます」


 そう言って頭を上げた兵士は、アンセムの顔を直視して身体をビクつかせたが、すぐに立て直した。アンセムの顔の怖さに一瞬たじろいだが気力で持ち直した兵士に、アンセムは感動の色を滲ませた。

 アンセムが得意気にレーヌの顔を見ると、レーヌは素知らぬ顔でそっぽを向いた。兵士はそんな2人のやり取りを意に返さず話を続ける。


「ですが、貴殿に失礼があっては我が国の王に面目が立ちませぬ。どうか、専用の関門をお通りくださればと存じます」

「了解した。貴殿にも立場があるだろうからな。それでは案内を頼む」


 アンセムは兵士の案内で、王侯貴族専用の関門へと向かった。アンセムは馬車内に設置されたソファーにもたれ掛かかり一息ついた。


「ははは、上手く言ったな。あんな行列を並んでいては日が暮れてしまうからな」

「……やはり貴族様だったのですね。どうしていきなりそれを開示されたのですか? 宿屋では身分を偽っていたようですが」

 

 レーヌは怪訝そうな顔でアンセムに尋ねた。

 

(そう言えば、勘違いした人間がここにもいたな。だが勘違いしているならそれはそれで問題ないだろう)


 そう考え、アンセムは適当な理由をでっち上げる。


「共もつけずに1人で飛び出してきたからな。見つかったら自国に引き戻されると思っていたんだよ。俺の魔法は凄いからな。ここまで来れば捜索の手も伸びないと判断しただけだ」

「そうだったのですか」


 レーヌは納得したように頷いたが、どこか違和を感じているようだった。こればかりは本当のことを言っても仕方がないので、アンセムは流すことにした。


 ※


 当初、アンセムは目立たずにこの世界を巡るつもりでいた。それはこの世界に来ているかも知れない、他のプレイヤーを警戒してのことだ。だがレーヌをメイドとして雇うにあたり、予定を変更したのだ。

 変更したというよりは、貴族になりすます事を思いついた、の方がより正確ではあるが。


 そもそも目立たないというのは、他プレイヤーとの不用意な接触を避けるためであって、貴族だろうとなんだろうと自身がプレイヤーだと露呈しなければ問題ないのだ。

 貴族は面倒事も多いだろうが、その分メリットも多い。先の関所の一件もその一つだ。


(権力の本質は財力と武力だからな。それらさえ揃えば、地位などいくらでも誤魔化しが効く)


 武力に関しては、馬車の付近に侍らせている騎士たちが盛大な後押しとなった。あれらは全てアンセムが召喚した騎士たちだ。


《召喚魔法:不滅の白銀聖団/サモン:レヴェナント・ナイツ》


 『聖騎士』や『司祭』などの『聖職者』に区分されるクラスのみが扱える特殊召喚魔法で、プレイヤーが組んだマクロの通りに行動する騎士団だ。アンセムはそれをMODで魔改造しレベルや能力値、武装を極限まで高めていた。


 フロベール村で検証を行い、問題なく操作できることの裏取りも取れていた。もっともゲーム時代とは違い、マクロを組むのではなく口頭での操作になっていたが。


 詰まる所、頭数と言うのは分りやすい暴力の指標だ。

 

 武装した騎士を数十人も連れている者に、不用意に喧嘩を売る馬鹿などそうそういない。その上で敵戦力を計る当て馬としてもこの上なく有用だ。これのせいでアンセムがプレイヤーだと露見する恐れもあるが、一応の(トラップ)、もとい対策も施してある。


「アンセム様、もうすぐ関門に着きます」

「ああ」


 そうこうしている内に、関門へとたどり着いた。アンセムは馬車の窓を開け、係の者を一瞥した。


「身分証の提示は必要かな?」

「いえ、部下からお忍びとの報告を得ております。報告書にはこちらで相応の対処をさせて頂きます」

「何から何まで、至れり尽くせりで悪いな」


 アンセムはそう言って懐から指輪を取り出し、兵士に手渡した。

 

 手渡した指輪は何の効果もない指輪であったが、見事な装飾が施された純金の指輪で、中心には真紅の宝石が煌めいていた。

 指輪をひと目見た兵士は、相当に高価な品だと直感し生唾を飲み込む。


「売って、今晩の飲み代にでもするといい。無論、他の兵士たちも一緒にな」


 アンセムの言を聞き、周囲にいた兵士たちから歓声が上がる。


「……いいなぁ」


 レーヌが羨ましそうに、兵士の手にある指輪を見ていた。無意識だったのだろう。ハッとした表情で顔を反らした。


「なんだ。レーヌも欲しいのか?」

「……欲しくありません」


 アンセムとレーヌが結んだメイドの雇用契約で、向こう一年間は給与を全額返済に当てると取り決めていた。返済とは、命を救ってもらったことの対価だ。レーヌは当初5年間と言ったのだが、アンセムが認めないので1年間になった。


(どこの世界でも、女性は光り物に弱いんだなぁ。それにしても、欲しいものがあるなら1年間の無償奉仕ではなく、給料からの天引きにすればよかったのに。まぁ、それがこの子の美点か)


 アンセムはそう思いながら柔らかに微笑んだ。その笑みはまるで、獲物を前にした凶獣のようだった。自身の顔の凶悪さをもう少し自覚して欲しい。


「心配するな。レーヌはあんな安物ではなく、もっとすごい装備で全身武装させるつもりだからな」


「へ? アレが安物? もっと凄いもの? 言っている意味がわからないです」


「ははは、期待していいぞ」


「期待より、不安と恐怖のほうが大きいです……」


 そんな会話をしながら、2人を乗せた馬車は関門を通り、拠点都市ギマールへと向かうのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ