プロローグ
薄汚れた六畳一間に、キーボードを叩く音だけが静かに響く。
その部屋の主、佐藤悠一はいつものように、とあるゲームのMODを導入するのに躍起になっていた。
PC用オフラインRPG「Twilight」
このゲームの最大の魅力は、その圧倒的な自由度の高さにある。
広大な面積のオープンワールドで、街の移動も建物内もすべてが完全なシームレス。200時間を超えるメインクエストがあり、サブクエストの数は3000を超える。
キャラメイクも細かく多彩な職業と種族が存在し、あらゆるロールプレイを可能にしていた。それに加えMODの存在が自由度に拍車をかけている。
MODとは「Modification」の略語で、ゲームの改造データのことを指す。そしてそれは全て、世界中の有志達が自作したものだ。
トワイライトのMOD総数は、玉石混交ではあるものの2万を超える。所持金MAXや一瞬でレベルカンスト出来る所謂チートMODから、新種族追加MOD、新たな装備を追加するものなど、その種類は多岐にわたる。
人間なのでどんなにいいゲームでも飽きが来る。だが、飽きが来る頃に新たなハイクオリティMODが来るため、また遊んでしまう。そんな繰り返しで、佐藤はここ5年ほどトワイライトばかりプレイしていた。
今日も佐藤のMOD漁りに余念はない。
今、彼が導入しようと試みているのは、海外の「Demi-god-Type23」というMOD製作者が作った「Otherworldly(異世界)」というMODだ。
MOD説明欄は全て英語でかかれているので完璧に把握できたわけではないが、どうやらトワイライトのデータリソースを元にオリジナルの世界を作ったとのことだ。
紹介用のイメージ画像を見るに、クオリティがかなり高い。
ある程度メインクエストを進めると専用のゲートが出現し、トワイライト内の別世界に行けるようになるとのことだった。
(それにしてもDemi-god-Type23さんとは何者だろうか。この人のMODを他にもいくつか導入したが、どれもクオリティが飛び抜けていた)
あまりにも感動した佐藤は、件のMOD製作者に、つたない英語で感想を送っていた。するとその人物から丁寧な喜びを示す返信があった。以来、佐藤はこの人の大ファンになったようだった。
佐藤がPCの画面を見ると、ダウンロードが終了していた。
専用アプリでMODの導入作業を開始する。
ゲームを立ち上げると企業ロゴが表示された。そこまではいつもどおりだが、そこから先に進まない。
「げ、CTDか?」
佐藤は思わずと言った声をあげる。
CTDとは簡単に言えば強制停止や強制終了のことだ。
メモリ不足や他のMODとの競合で引き起こされる事があり、人によって環境が違うため調べてもなかなか対処方法が出てこなかったりする。
ゲーム版のブルースクリーンのようなものだ。
下手に弄るとセーブデータが破損することもあるので、佐藤は対処方法に苦慮しているようだ。
「アクセス権限確認。プログラムを起動すると世界移動を開始します。世界間通信プロトコルを許可し、自動転移プログラムを実行しますか? Enter/Esc(はい/いいえ)」
画面にはそう表示されていた。
(えぇ、なにこれ。MODの仕様だろうか? でもこんな表記はMOD説明欄には無かったはずだが。サブPCで検索をかけるが参考になるようなことは出ない。世界移動は新規フィールド追加のことだとしても、世界間通信プロトコルってなんぞ?)
佐藤は頭に疑問符を大量に浮かべていた。
(こうしていても埒が明かないし、実行してみるか? データのバックアップもあるしなんとかなるだろう。……なってね?)
佐藤が意を決しEnterキーを押すと、新たな一文が表示される。
「プログラム実行確認。世界間通信プロトコル許可。ドキュメント内のセーブデータ、スロット1から13まで参照。最適化……完了。構成データApr2012_d6x9_cad.xmlからMon2015_d6x9_mnn.xmlまでの情報プログラム解析……完了。すべての通信準備完了、オートでの転送を開始します」
そう表示され、モニターが光りだす。
人工的な光ではない。これはもっと別の何か。人知を超えた何かなのだと、佐藤は瞬間的に理解させられた。
佐藤はあまりに突然のことに声も出せない。
謎の光は問答無用に彼の身体を包み込む。同時に佐藤の意識を容赦なく刈り取った。