恩義
話を終えたアビゲイルが、扉を開けて部屋に入る。
空のグラスを持った男が、ベッドに腰掛けて俯いていた。
「待たせてすまなかったね」
「……ああ」
「……体を動かせるようになったのかね」
「……ああ。痛みも、もうほとんどない」
アビゲイルは、これから自分が言おうとしていることを思い、罪悪感に駆られた。私達の為に戦ってくれ? 命の恩人を助けてくれ? 元軍人なのだから? 彼の頭を過るいくつかの台詞は、過っては消えていった。
どうやって話を切り出したものかと考えていると、男が口を開いた。
「……すまない」
「……ん? どうしたね?」
「話は、全て聞こえた。どうやら俺は、耳がいいらしい」
その言葉にアビゲイルは救われたような気がした。改めて自分の口で告げることは、彼にとって苦しいことだった。
「……あんた達親子は、俺にとって、きっと命の恩人だ。そのあんた達が酷く困ってるって言うんなら、俺は助けたいと思う。俺は何も憶えていないが、この体の傷は紛れも無い俺の過去だ。俺は戦いの中に生きていたんだろう。戦いが今の俺にできることなら、俺は戦って、あんた達を助けたい」
男はまっすぐにアビゲイルを見つめ、静かに、しかし強く言い放った。
次の瞬間、アビゲイルは男の前に跪き、頭を下げた。
「……本当にすまない……! 無力で、卑怯な私を、許してくれ……! 君の命で、私達は生き長らえる……! こんな生き方しかできない私を、許してくれ……」
絞り出すようにして謝罪をするアビゲイルを、男はやりきれない思いで見つめていた。そして、どこかで泣いているであろうアルテイシアのことを、考えていた。