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今すごくお腹が空いてるのは、さっき思いっきり吐いたから。

作者: 白星マサキ

「今すごくお腹が空いてるのは、さっき思いっきり吐いたから。」

と言う友人のツイートから謎のインスピレーションを受けて書きました。

 眠れない。長い間身体を押し込めていた毛布から、佳代子はおもむろに這い出した。空腹なのだ。朝から何も食べていなかったとしても、こんなに空腹にはならないのではないかと思うほど、空腹なのだ。アルコールに荒らされた胃の中は、何も入っていないことをいやに生々しく感じさせる。

 そもそも佳代子はアルコールが嫌いだ。出来ることなら飲みたくない。だって、身体がアルコールを拒否してる。きちんと向き合って、耳を澄ませて、自分の身体の声を聞いて。どうしてみんな聞こえないの?ほら、嫌がってる。

 酔っ払うって言うのは、脳みその一部が麻痺してる状態なんだと聞いたことがある。麻酔と一緒なんだ。私達は自分に麻酔をかけるんだ。身体じゃなくて、心に麻酔をかける。麻酔をかければ痛くない、だから傷口だっていつもより簡単に、深く抉れてしまう。

 麻酔の感覚が、佳代子は大嫌いだった。

 麻酔の効いている部位が、佳代子は大嫌いだった。

 そこは自分の身体ではない。だって触っても、何も感じない。叩いても痛くない。私の身体って、何?

 お酒を飲んでいるときは、心が自分のものではなくなる。ふわふわ、ふわふわと、少しだけ自分から離れる。だから楽しい気持ちになる。他人事って、大体は楽しい。心配事も責任もなくて、嫌になったら「知らない」、そう一言言うだけで良いから。それで自由に戻れるから、とっても楽しい。

 その楽しさが、佳代子は何より嫌いだった。惨めで、浅はかで、軽薄なその楽しさに簡単に身を委ねてしまうのが、嫌で嫌で仕方なかった。コップ一杯のアルコールが喉を下り、胃に広がり、吸収されて、血管を通して全身に回り、心に染みこんでいく……一秒ごとに、私の価値が、下がっていく……

 佳代子が嫌いなお酒を飲むのは、友達が好きだからだ。だから友達と一緒にいて、自然とお酒を飲む雰囲気になって、その時、佳代子はなるべく普通に、お酒を飲む。無理やり飲まされるわけでも、勧められて飲むわけでもない。大好きな友達がいて、楽しくて、アルコールも飲む。そう言うことがとても普通のことで、それを嫌がる自分の方がおかしいんだと分かる程度には佳代子は大人なのだ。そう言う風に上手に振舞えるから、佳代子には友達が多いのだ。佳代子は時々、友達の人数を数えてみる。大体途中でどこまで数えたかわからなくなるけど、それで十分。分からないくらい友達がいるから、大丈夫。うん、大丈夫。

 佳代子はベッドから降りて、冷蔵庫の方に歩く。歩きながら、何か食べ物が残っていたかを思い出そうとする。良くおぼえてない。足の裏にペタペタと吸い付くフローリングが冷たい。早くベッドに戻りたい。佳代子は少しだけ早足でキッチンに入る。

 冷蔵庫を開けると、ほとんど空だった。最近は忙しいという言い訳で買い物もサボっていた。綺麗に並んだドレッシングやポン酢、ソース……どれもお腹にはたまらない。マスタードの瓶、ジャム、マーガリン、飲みかけのミネラルウォーター……改めて見ると、この冷蔵庫の中は随分と寂しい。抜け殻みたい。

 一番上の段の端の方に、コンビニの袋が取り残されていた。食べ忘れたコンビニスイーツのシュークリームだった。この前の帰りに何となく買ってきたのだ。完全に忘れていた。お風呂上りに食べようと思っていたのに、入浴中に電話がかかってきたのだ。それで慌ててバスルームから飛び出して、お風呂上りの優雅なひと時は中止になった。佳代子は賞味期限を見て、少し躊躇いつつも、シュークリームを右手にぶら下げてベッドに戻った。

 ベッドの上に三角座りして、つま先を毛布に突っ込む。さっきまでの自分の体温で、つま先が熱を取り戻していく。

 「ベッドの上で物を食べないの」と言う母の言葉を思い出しながら、佳代子はパッケージを破った。

 甘いバニラの香りが鼻腔をくすぐり、空っぽのお腹がきゅっと締め付けられた。一口かじる。しなびたシューが口の中で押しつぶされ、空気が抜けて小さくなる。控えめな一口は、クリームには辿り着かなかった。

 もう一口かじる。今度はクリームに辿り着いた。不安定なシュークリームはぐにゃりと潰れ、かじられた穴から佳代子の口へと内容物を溢れさせる。どろりとした感触が舌先に乗る。

甘い。

少し、酸っぱい。

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