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第8章 太古の記憶と蒼い遺伝子

 カナはその日の夜、眠りに就くことができずにいた。

 寝床が変わることには慣れていたが、ここ数日の間に自分の周囲で起こっている不可解な出来事の1つが、彼女の思考を支配していたのだ。


(“蒼い遺伝子”…。)


 テヰコの話によると、それは“生きたい”と思う強い願いの現れだという。そしてその願いは燈色の輝きと蒼い武装を作りだし、自分の身体を守る。

 カナが御伽話と信じて疑わなかったことが、今現実に起こっている。そう思うと、ではそのようなモノが存在する理由は一体何なのだろうか?という疑問が生じる。


(“オニ”がいるから…?)


 カナがオツシュウの南下を始めてから、それは突如彼女の前に現れ、氷の壁と共に彼女の前に立ちはだかった。テヰコやジュン、ヒロトといった蒼い遺伝子の発現者達と出会っていなければ、カナはクロスと再会を果たす前にその幼い命を落としていただろう。間接的に“蒼い遺伝子”が“オニ”の脅威から自分を助けてくれたのだと改めて安堵すると共に、やはり不自然な点が残っていることに気づき、首を左右に振る。

 それは、“オニ”と呼ばれたあの謎の女性にも彼らと同じ蒼い光を放ち、人外の力を引き出す能力があるということ。


(“オニ”も蒼い遺伝子の発現者ってことなんだよね…?)


 それは、仮に“蒼い遺伝子”が“オニ”という謎の存在から命を守るためだけのモノであったならまだ説明はつくが、命を脅かす“オニ”も発現者であるということは彼女が“蒼い遺伝子”を持つ意味を成さなくなってしまうということ。

 すなわち、“蒼い遺伝子”そのものが存在することには別の理由があるはずなのだ。カナがそれを誰かに話したくなってとりあえずそのまま首を左に向けるが、見えたのはソファの上で身体を縮めながら横に寝ている隻眼の女性と、床に突っ伏してイビキをかいている大男と、その腹部を枕にして寝息をたてている男性の寝顔だけだった。


「…まぁいいや。あたし1人で探そうっと。」


 カナは3人を起こさないようにベッドからそっと降りると、左足の痛みがないことを確認した上で、ジュンの家を出た。


 外はちらほらと雪が舞い降りる程度の静かな闇であった。周囲の住民達もまだ寝ているのか明かりは見えず、ヒトの声も聞こえない。

(ここにはきっと、“蒼い遺伝子”に関するヒミツがあるはずなの!)

 カナには、もう一つ気になる点があった。

 この短期間に、“蒼い遺伝子”という未知の能力を持った者に3人―“オニ”も含むと4人も出会うことになったのは、カナがこの集落へ向かうことになってからであった。そしてこの集落は、普通の人には決して気づかれることのない場所にあり、カナの知る限りでは少なくとも7人はいる発現者のうち3人の出身地でもある。そして“オニ”は過去にそのうち2人の“蒼い遺伝子”の発現を促しながら、この集落を発現者や他の住人と共に葬り去ろうとした。

 “オニ”の行動原理は未だに不明であるが、少なくともこの集落に固執する理由となる何かがここにあるのは間違いないとカナは確信していた。


 町の住民の姿が見えないことをいいことに、カナは1人宝探しを始めようと雪の上を歩き始める。


「―何をしているのぉ?」


 カナは突如背後から聞きなれない声をかけられ、その身をブルッと震わせた。彼女が恐る恐る振り返ると、そこには自分と同じくらいの歳の少女が腰に手をあてて雪の上で仁王立ちしていた。その風貌は無邪気で幼い雰囲気のカナとは違い、二つ結いにされた金色の髪と大きな吊り眼を持ち、まるでどこぞのワガママお嬢様かという感じであった。


「―あ、えっと…。」


 言い訳に困っているカナをよそに、謎の少女はカナの方へスタスタと歩いてくる。


「…ふぅん、思ったより似てないけど、幼い顔ねぇ。」

「え?」


 その少女はカナをジロジロと見つめる。


「こっちの話よぉ。それにしても、見慣れない顔ねぇ?」

「こ、この町のヒト?」


 カナも歳が近そうな少女と感じたことで若干緊張が解け、こちらから問うた。


「まぁねぇ。それよりもアナタ、ここで何のヒミツを探しているのぉ?」

「あれ!?あたし口に出してた!?」


 カナは自分の行動が全て筒抜けになっていることに驚きを隠せなかった。


「あらぁ、鎌かけただけだったのにぃ。本当にそうだったのぉ?」


 少女が悪戯っぽくクスクスと笑いだす。それにつられてカナも笑い出してしまった。


「アハハ!あたしの負けだよ。あたしの名前は阿佐美カナ!ここからずぅっと北から来たの。」


 カナが少女の話術に感服し、自分の素性を明かす。しかし少女はわざとらしく両眼を見開く。


「…名乗られたら返す、とでも思ってぇ?」


 カナがその言葉にさらに驚きの表情を見せると、少女はその顔が見たかったというようにまた悪戯な笑みを浮かべる。


「―なんてぇ、冗談よぉ。アタクシの名前は新藤ウルシ。」


 穏やかに雪が舞う闇の静寂の中で金の二つ結いをたなびかせながら、少女はそう名乗った。



「ところでカナ、なんでこんな何もない町にわざわざ来たのぉ?」


 ウルシが改めて、カナの宝探しの目的を訊く。カナはそれに対し自信満々に答える。


「じゃあ逆に、何もないところに町を作る理由はあるのかな?」


 その返しに対し、ウルシはその吊り眼を細める。


「この町は、それこそ昔からこの町に住んでいるヒトにしかわからないような場所にあるんだよ?わざわざ壁の影に隠れながら、吹雪のカーテンで覆われてまでいるし、それでいてそのカーテンが時には住んでいるヒトの邪魔をして壕に追いやることもあったらしいの。」


 カナが集落全体を見渡し、テヰコやジュンの話を思い出しながら語る。


「そんな生きるだけでも大変なこの場所に、わざわざ住み着くヒトっているのかな?何かここにいなきゃイケない理由があると、あたしは思うの!」


 カナはウルシの方を向き直し、両手を「どう思う?」というように広げる。


「…なるほどねぇ、ヒトにとって良いことが“何もない”こと自体がアヤしいということねぇ。」


 ウルシはカナの意外な観察力に感心するかのように、腕組みをしながら頷く。


「でもぉ、この町にあるものでヒトの役に立つものと言ったら―。」

「―(シェルター)だ。」


 カナとウルシの話に割って入ってきたのは、さっきまでソファの上で横になっていたテヰコの声だった。カナは声がする方向へ顔を向けるが、その顔は民家の影から時々差し込む月明かりで途切れ途切れしか見えない。


「今では緊急時にしか使われないとはいえ、この集落の住民全体を余裕で収容できる壕は、むしろそこを住処にしてもいいくらいと言われるほどだ。」


 声がそこまで話すと、テヰコの顔がカナの目の前でハッキリと浮かび上がった。


「しかしそれでもこの壕の存在を公にせずに外部からその秘密を守り続けているのは、遥か昔ここに住んでいたヒトがこの壕にそれぞれの大事なモノを埋め、それを守り続けるようにという言い伝えによる習わしからきているのだ。」

「へぇ~、そんなお話があるんだね!」


 納得の表情を見せるカナの前で、テヰコは辺りを見渡す。


「…ところでカナちゃん。君は一体誰と話をしていたんだい?」


 カナが先ほどまでウルシと話をしていた方を振り向くと、足跡とともに金の二つ結いを持つ少女の姿が忽然と消えていた。


「あ、あれ!?さっきまで一緒にいたのに―。」

「この町の子かい?まぁ誰であれ、こんな夜中に外で立ち話とは感心しないな。」


 テヰコがいつか見せた厳しい表情でカナを見る。


「…ごめんなさい。どうしてもこの町と“オニ”のことが気になっちゃって…。」

「今はとりあえず休もう。夜が明けてからでも遅くはないはずだ。」


 テヰコがしゅんとなったカナの背中を優しく押しながら、2人はジュンの家へと戻っていった。



 雪道に足跡を作りながらもといた場所へ引き返す2人の背中を、陰で見ている眼があった。

(…間違いないわねぇ。大災害ユリウス・ジャッジメントの爆心地―聖域コウシュウへの道はここにある。そして―)

その吊り眼がさらに鋭く細くなる。


(やはり記憶をほとんど失っていたようだけど、あの幼い話し方でわかったわぁ。カナ、アナタも兄である執行者クロスを探しているのねぇ。)


 ウルシはその身体全体を燈色の輝きで包みこみ、右手に蒼く輝く水晶玉を生成する。


(となると、彼女が全ての記憶を呼び戻す前に“我々”が先に執行者クロスを見つけなくては、取り返しのつかないことになる―。) 


 金の二つ結いを持つ少女は一瞬のうちにその姿を消す。その余韻すら残すまいと、雪はまだちらほらを舞い続けながら足跡を消していくのだった。

続きます。

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