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第6章 3人目の発現者

 目覚めと共にテヰコの握り飯という制裁を食らい、またも意識を失ってから数分後、ヒロトはその両眼に黒さを取り戻した。


「う~ん、…あれ?お客さん?」

「ここは俺の家だっつーの!むしろお前の方が招かれざる客だ!」


 ジュンが即座にツッコミを入れる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!『“ヤツ”が来たから、しばらくここの留守を頼む。』とか言いながら、ボクをここに拘束して出て行ったのは君だろ!?」

「別に“俺の家の留守”とまでは言ってねぇよ!この歩く漬物石が!」

「ヒドいや!“歩く”は余計だよ!」

「“漬物石”を否定しろよ!?」


 漫才が始まった。


「―ねぇ、テヰコお姉ちゃんのお友達って面白いんだね?」


 カナの素直な感想に、テヰコは大きく肩を落とした。


「…私の人生で、最大の汚点かもしれない。」

「何言ってんだ。お前の汚点は、料理の―。」


 次の瞬間、ボコッという鈍い衝撃音と共に今度はジュンが完全に沈黙。その時のジュンの口周りにはいつの間にか米粒“のようなもの”がいくつも付着しており、口内からは白煙が上っているように見えた。

 失禁してしまった子供のような顔で怯えているヒロトとカナに、テヰコは満面の笑みを作りながら不気味なほど穏やかな口調で話しかけた。


「…2人とも、このご時世で満足した食事がとれるということは、この上ない幸せだとは思わないかい?それも正に“死ぬほど美味しい”モノであれば尚更…ね?」

「「…い、異議なしッ。」」


 カナは先程ジュンが見せた涙の理由を本能的に理解した。



 さらに数分が経ち、ジュンがその両眼に黒さを取り戻しながらゲフッゲフッと嫌な咳を2、3度吐きながら起き上がると、ヒロトはやっとカナに自分の素性を明かすタイミングを得た。


「ボクの名前はヒロト、恵美ヒロトって言うんだ。改めてよろしくね。えっと…、カナ君でいいのかな?」


 ヒロトと名乗るその巨漢は、テヰコとジュンが隣同士にピッタリ肩を合わせたとしても―実際にそのようなことが起これば核融合の如く大惨事が巻き起こるが―余裕で両者を抱擁できるほどの横幅を持ち、カナであればその腹部の上で生活ができそうな程の表面積を持っていた。しかし頭部にある両眼は開いているかどうかも分からないほど細く、その表情は口元で判断するしかなさそうなほど、おとなしい作りの顔である。


「う、うん。こちらこそよろしくね!“ヒロトさん”。」


 そんな顔と身体に強烈なギャップを持つヒロトのことをカナが戸惑いつつ呼ぶと同時に、テヰコとジュンは突然腹を抱えて笑い始めた。


「え?え?2人とも何がおかしいの!?大丈夫!?」


 その理由をテヰコが笑いながら遠まわしに説明する。


「―ふぅ、危うくこの腹筋をカナちゃんに持っていかれるところだったよ。ダメじゃないかカナちゃん。」

「ごめんなさい、テヰコお姉ちゃん。」

「…テヰコ“お姉ちゃん”?」


 2人のやりとりを聴いていたヒロトが眉をひそめる。そこへ同じくジュンが笑いながらカナに声をかける。


「―ゲフッ、そうだぞカナ。大人をからかうもんじゃない。今のは三途の川を見てもおかしくないレベルだった。」

「ごめんね、ジュンお兄ちゃん。」

「………ジュン“お兄ちゃん”…だと…!?」


 3人のやりとりを聴いていたヒロトという名の火山が噴火した。


「き、君ら………。羨ましすぎるぞぉぉぉ!!!」


「…え?何が何が??」


 キョトンとするカナを差し置いて、またも腹筋を持って行かれそうになるテヰコとジュン。


「そこはボクのことも“ヒロトお兄ちゃん”って呼ぶのが流れってモノじゃないのかい!?」


 ヒロトはカナが座るソファに向かって両手膝をつきながら訴えるが、カナは腕組みをしながら首をかしげる。


「う~ん、ヒロトさんはどちらかというと“パパ”って感じなの!だから―。」

「パパ!?ボク子供なんていないよ!?自慢じゃないが、ボクは生まれてこの方ッ、カッ、カッ、カノジョなんて、できたことはないんだ!!」


 誰も訊いていないのになぜか興奮しながら自分のコンプレックスをカミングアウトするヒロトだったが、すぐに頬を緩めてニヤつく。


「でも…、良い響きだな…。」


 腹筋を取り戻したテヰコはその顔を見て、両手を頭に乗せてうなだれた。



 カナはこれまでの経緯をヒロトに簡潔に伝えた。かつて兄と慕っていた少年を探していること、日本が変わってしまった原因を探っていること、テヰコと出会いここへ向かう途中に“オニ”に出会ってしまったこと―。


「…そうか、カナ君も“オニ”に出会ってしまったんだね。しかしそれでこのキズで済んだのなら、不幸中の幸いというもんだよ。しかし、こんなに可愛い子にまで手を出そうとするなんて、“オニ”は一体何を企んでいるんだ…?」


 ヒロトはそう言うなり、その巨体を揺らしながら暖炉の傍に置いてある救急箱を家主の許可無しに持ち出し、その中から布の包帯を取り出した。それをカナの両足首に手慣れた手つきで幾重にも巻き付け、余りをテーブルの上にある果物ナイフで切り取る。


「軽い捻挫だよ。しばらく安静にしていればすぐに良くなるはずさ。」


 その一部始終を見ていたジュンが感心の言葉を出す。


「ヒロトが恵美先生のセガレで本当に良かったとつくづく思うよ。」

「親父のことは言うなって。…たまたまだよ。」


 これくらい何ともないという表情で、ヒロトは手当の仕上げとしてカナの両足首に巻きつけた包帯を、可愛らしい蝶々の形に結ぶ。その図体に似合わないなんとも器用な芸当にカナを含めた他3人は驚きを隠せない。


「わぁ…ありがとう、ヒロト“パパ”!」

「困った時はいつでもボクを頼りなさい!」


 テヰコとジュンは口にはしなかったものの、同じことを考えていた。

(ヒロトもすごいが、カナちゃんは人を操るのが本当に上手いのだな…。)

(恐るべし、カナ嬢…。)


「しかしテヰコ。知らないうちにこんな顔になっていたなんて…、正直今でも慣れないよ。早くわかっていれば治療ができたかもしれないのに。」


 テヰコは左眼部分を眼帯越しに撫でながら笑顔で返事をする。


「無理もない。だがこの傷は私自身の不注意への戒めみたいなモノさ。それに、きっと完治するようなことはないだろう。いや、完治してはならぬのだ。」

「テヰコお姉ちゃん…。」


 かつてテヰコの左眼を奪った本当の理由を知っている者は、本人しかいない―。幼馴染であるジュンとヒロトが共に落胆し、納得のいかない表情をしているのを見て、カナはそう確信した。

 雰囲気が暗くなり始めたことに責任を感じたのか、ヒロトが無理やり話を反らそうとする。


「そ、そういえば少し前にジュンが“オニ”と遭遇した時も、ジュンの傷の手当をしたんだよね。」

「あぁ、今でも感謝しているぞヒロト。あの時はかすり傷と筋肉の酷使だけだったから、患部の消毒と軽いストレッチで済んだけどな。」

「もう少しでそれこそ親父にしかできない大手術を腹に施すことになっていたかもしれないと思うと、ゾッとするよ。」


 それを聴いたジュンが首をかしげる。


「…あれ?俺そこまでヒロトに話したっけか…。よく“腹”ってわかったな?まさかさっきのテヰコの話を聴いていたわけじゃあるまいし。もしかして最初から起きてたのか?」


 ヒロトがさらに慌てて補足する。


「え?あ、い、嫌だなぁ。この前一緒に飲んだ時に言っていたじゃないか!ハハッ。」


 そう言うなり、ヒロトはその巨大な身体を起こし、緩慢ながらも早々とジュンの家のドアに向かう。


「そ、それじゃあボクは一旦家に帰るよ。またねカナ君!」


 ヒロトは不審な動揺を見せながら、吹雪の中へ出て行った。


「俺、最近アイツと飲んだ記憶なんてないぞ?」

「…ジュン。ヒロトはあの日のことをどこまで知っているのだ?ジュン自身もあまりよく覚えていないのだろう?」

「そう…だな。少なくとも“蒼い遺伝子”についてアイツは無知のはずだ。」

「ふむ…。そうだとして、なぜ彼はあんなに慌てて―。」


 

―バンッ!!


 テヰコが言いかけた時、ドアの向こう側で尋常ではない大きさの音がした。まるで家の壁に倒れた巨木がぶち当たったかのような。


「な、何事だ!?」


 テヰコが軽快な身のこなしでドアを引き、外の様子をうかがうと、信じがたい光景が広がっていた。

 そこには青白く光る壁が辺り一面に張り巡らされていた。その壁のおかげでテヰコは気づかなかったが、その外側はいつしか味わった猛吹雪そのものであった。

 その壁の中央には、間違いなくテヰコとジュンが最もよく知っている人物が、間違いなく今まで見たことのない姿で立っていた。

 その姿は正に異形の怪物そのものであった。テヰコが壁だと思っていたものは、何本ものヒトの腕が本体の中央から四方八方に広がり、それらが重なって壁のように見えていたものであった。―その数、合わせて18本。


(あ、あの時と同じ…、蒼い壁…!?)


 テヰコに次いでカナをおぶったジュンが駆けつけ、自然に異形の正体の名を呼ぶ。


「―ヒ、ヒロトなのか!?一体何を!?」


 ヒロトと呼ばれた、どう見ても先程の大男の容姿とはかけ離れたその存在は、確かに背中越しにいる他の3人に向かって警鐘を鳴らすがごとく叫んだ。


「み、皆!早く…逃げるんだ!“今度こそ”ヤツに八つ裂きにされてしまうぞっ!!」



続きます。

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