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第4章 オニ

(テ、テヰコお姉ちゃん…?一体どうしちゃったの…!?)


 テヰコは無いはずの左眼を蒼く輝かせ、その身体全体を燈色のオーラで覆いながら雪道の中を再び進み始めた。

 ―かと思いきや、瞬時にその姿を消した。否、消えたのではなく、目標のヒトの影のようなモノとの間合いを瞬時に詰めたのだ。


「はっ!!」

―バシッ!


 テヰコは影のみぞおちを狙って掌底を放つが、影はそれを難なく弾いた。そして再び両者が間合いをとると、今度は影からも燈色のオーラが現れた。


「―“梵刀(ヴァイロ)”。」


今まで沈黙を守っていた影が突然そう言うと、その両手にはいつの間にかテヰコの左眼のように蒼白く輝く長刀が握られていた。それと同時に、影の全貌が明らかになる。


「…やはりお前か!」


 そこにいたのは、テヰコ以上に長身の、銀の長髪を携えた女性であった。その両眼には表情がなく、その風貌も“ユキオンナ”というよりも“オニ”という方がしっくりくる感じである。


「今日こそケリをつける!!」


 テヰコがそう言うや否や、再び両者が瞬時に接近し、とてもヒト同士の戦闘とは思えない光景がカナの目前で広がった。


(こ、これって…!?)


 両者共に燈色のオーラを纏い、雪道の上を舞うように跳んでいる。途中でテヰコが電光石火のごとく拳を突き出せば“オニ”がそれを長刀で払い、“オニ”が長刀を一振りすればテヰコがそれをかわした場所には巨大な亀裂が土と共に現れた。

 ほぼ互角の戦い、しかし先に王手をかけたのは“オニ”の方であった。

 テヰコはその左目の恩恵で“オニ”の長刀の射程を正確に計りながら回避を繰り返していたが、ほんのわずか一瞬、足元の雪で滑りフットワークを乱してしまった。その隙を“オニ”は決して逃さなかった。


「し、しまった!」

「テヰコお姉ちゃん、危ない!!」


“オニ”の長刀から繰り出される強大な一振りが、カナの目前でテヰコに直撃しようとしていた―その時。


「―“梵剣(スタマプラ)”!」


 その新たな別の声と共に、テヰコの目前で巨大な何が雪道に突き刺さり、“オニ”の一撃を完全に受け止めた。

 それは、やはり蒼白い輝きを放つ別のモノ―大人のヒト程の幅と刀身を持つ巨大な剣であった。


「…一体、何が起こったの…!?」


 結果的にテヰコは長刀による一撃を見舞わずに済んだが、その一部始終を岩陰から見ていたカナは驚きの表情を隠せないでいた。



「ここで君の借りを作るとは思わなかったよ。ジュン。」


 テヰコが首を左後ろに向けると、そこにはテヰコと同年代くらいの青年が、燈色のオーラを纏いながら右の拳と片膝を雪道につけていた。


「俺はただ、目の前の敵にご挨拶をしただけだ。その時お前がたまたまそこに居合わせていた、それだけだ。」


 テヰコがジュンと呼ぶその青年は、徐々に燈色のオーラを弱めながら冷静に捻くれた返事をする。

 その風貌は、長身のテヰコよりも若干背が高く、青い滑らかな頭髪を携えた好青年であった。縁がない眼鏡を携え、テヰコとはまた違う知的な雰囲気さえ漂うが、そのぶっきらぼうな口調がそのイメージをたやすく崩壊させた。

 彼の様子を見ていたカナが思い出したかのように改めてテヰコを見ると、既にテヰコはいつも通りの隻眼の女性の姿に戻っていた。


「相変わらず素直じゃないね、君は。」

「俺は常に筋を通しているつもりだ。」


 カナは2人の噛み合わない会話をポカンと聞きながら、戸惑いの声を示す。


「あ、あのっ!まだあの女のヒトが―。」


 その声を聞いて、ジュンが初めてカナの存在に気付く。


「…ん?テヰコ、そこの娘は?」

「後で説明する、まずはヤツだ。」


 そう言いながら、ジュンが放った剣の先に目を向けるテヰコ。しかしそこには既に“オニ”の姿はなかった。


「しまった、またも見逃してしまったらしい。」


 落胆の表情を見せるテヰコとジュンであったが、カナだけは未だに状況を理解できないまま、蒼い大剣が突き刺さった雪道の奥を遠い目で見つめていた。


 ―


「あの…、テヰコお姉ちゃん?」


 不安げにテヰコに声をかけるカナ。それを聴いたテヰコがすぐにカナのいる岩場へかけつけ、片膝を折る。


「…カナちゃん、黙っていて本当にすまない。これは隠していたわけではないのだよ。」


 続いて先ほどの青年もカナのもとへ歩み寄ってくる。


「驚くのも無理ないよな。ちなみに俺はジュン、番場ジュンという者だ。そこのテヰコとは…まぁ腐れ縁ってところだな。」


 その言葉を聴いてぱぁっと瞳を輝かせるカナ。


「え!じゃあもしかしてこのヒトがテヰコお姉ちゃんのお友達!?」

「違うぞ。“腐れ縁”だ。」

「彼は余計なことにこだわる性格でね。おまけに素直じゃないのだ。」

「お前こそ余計なことを言うな!事実だろうが!それにお前“テヰコお姉ちゃん”って、正気か?」


 テヰコが珍しく鼻を高くした。


「まだまだ私も若いってことだよ、ジュンのおじさま。」

「フン、この年増が―。」

「―何か囀ったかい?」


 ゴゴゴゴ…、と大地が鳴動する音が聞こえるような雰囲気の中で互いを睨み付けるテヰコとジュン。しかしこの後のカナの一言がジュンの中の何かを刺激した。


「あたしは阿佐美カナって言うの。これからよろしくね、ジュンお兄ちゃん!」

「ジ、ジュンお兄ちゃん…!?」


それを聴いたジュンはしばらくその場で硬直し、そしてボソッと言った。


「………良い。」


 その時のジュンの表情を見てしまったテヰコは、彼と出会って初めて憐みと軽蔑の情を抱いたのであった。


 ―


「しかしこんなところでヒトに会うとは思わなかったな。それもまさかこんなに小さい女の子なんて、想像すらできなかった。」

「そういうジュンお兄ちゃんも、独りでこんな雪道の中にいて何をしていたの?」

「最近この辺りでの“オニ”の被害報告が頻繁でな、俺はたまたまそのパトロールをしていたわけよ。」


 ジュンを含め3人となった一行は、再び“ニホンカイ”近辺へ向けて歩み始めていた。カナは先ほどの襲撃で足をくじいたため、今はジュンの背中にその身を預けていた。

 ジュンの話によると、カナが思ったとおりに先ほどの謎の女性はその外見から“オニ”と呼ばれているらしいことがわかる。


「“オニ”…かぁ、御伽話にしか出てこないと思っていたけど。本当にいたんだぁ…。」

「残念ながら、その正体は未だに掴めてはいないがな。」


 カナはまるで御伽話の世界に潜り込んだ気分になると同時に、今までに味わったことのない恐怖に改めておびえていた。


「まぁ、とにかくこの先にある俺の家の辺りまで来れば大丈夫だ。」


 ジュンは顔を上げながら言うと、そのままジト目で右隣のテヰコを睨む。


「しかし、まさかテヰコにも会ってしまうとは…。」

「こんなか弱い子を放っておく方がおかしいだろう?」

「そうだな、あの辺で誰かのボディーガードができる人間なんて、テヰコくらいだろうしな。」

「…それは売っているとみなしていいのだろうな?」


 再び大地が鳴動し、見えない火花が散り始めた。しかしカナはそれを見てケタケタと笑っている。


「テヰコお姉ちゃんとジュンお兄ちゃんって、ホントに仲がいいんだね!」

「「そんなことは一切ない!!」」


 テヰコとジュンが完全にシンクロした。


「でも、それ以上にビックリしたことがあるんだぁ。」


 そう言いながら、カナはジュンの顔の前で古本を開いた。


「テヰコお姉ちゃんとジュンお兄ちゃんが、まさか御伽話のヒーローだったなんて!」

「うわっ!いきなりなん―、…な、なんだこれは!?」


 カナが突然目の前で開いた古本の中を見て、ジュンは驚きその足を止めた。


「ん?ジュン、一体何を…、こ、これは!!」


 テヰコも無意識にその足を止め、古本の中を見て驚愕する。

 そこには、全身燈色に輝くヒトが、蒼白い武器のような物体を天に掲げている絵が描かれていた。まるで、先ほどの戦いでテヰコとジュンが見せた姿をそのまま描いたかのように。

 燈色に輝くヒトは全部で7人描かれているが、紙が大きく破れている箇所があり、本来の数は確認できない。しかしその7人の中には、先程の戦闘の相手であった“オニ”によく似た風貌のヒトの姿もあった。


「“オニ”まで描いてあるぞ…!一体、これはどういうことなんだ!?」

 間違いない、そして信じられないという表情を隠せないジュン。


(私達と同じく、“蒼い遺伝子”を持つ者…!)

 テヰコは確信した。この挿絵のような景色を生み出すことのできる存在は今の自分達以外にはいないと。

(しかしなぜ…、この古本には記されているのだ?)


「…カナちゃん、この御伽話の名前はわかるかい?」


 テヰコはいつか見せた畏怖の表情でカナを見つめながら、あくまで穏やかに問うてみた。

 カナはジュンの頭の上で大きく頷きながら言う。


「“ユリウスの審判(ユリウス・ジャッジメント)”、だよ。」

続きます。

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