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第3章 ヒトではない何か

 カナが幾日ぶりかの心地良い眠りから覚めると、近くのソファでテヰコが古本を見開いたまま眠っている姿がまず目に映った。

 ―そうだった、自分はこのヒトに助けられた上に寝床まで借りてしまっていたんだということを徐々に思い出し、申し訳ない気持ちになったところでまずはそのベッドから降りた。そして今まで自分が纏っていた毛布を本来の持ち主の身体にかけようと試みた時、その右眼は既にカナの姿を捉えていた。


「―やぁ、よく眠れたかい?」


 隻眼の家主がその場で両手を上に伸ばしながら問うた。


「あ、おはよ~。テヰコお姉ちゃん。」


 カナは右手で目をこすり、欠伸をしながら家主の目覚めを見守る。


「ん、だいぶ元気になったみたいだね。良かった。」


 とてもあの猛吹雪の中を幾日も歩いてきたとは今でも信じられないが、それでもテヰコは目の前にいる幼い少女の振る舞いを見て自然と安堵の息をもらした。 

 そんなテヰコとは対照的に、カナの表情は寂しげであった。


「…今更だけど、昨夜は迷惑をかけて本当にごめんなさい。あたし、これでそろそろ行くね。ありがとう、テヰコお姉ちゃん。」


 早々と別れを告げ、自分の荷物をまとめてその場を去ろうとするカナの右腕を、テヰコは磁力で引き寄せられたかのような速さで掴んだ。


「―待つんだ、カナちゃん。君はまた独りであの吹雪の中をたどって、兄さんを探しに行くと言うのかい?」


 腕を掴まれたカナは抵抗こそしなかったが、その頭は残念そうに垂れていた。


「うん…、だってテヰコお姉ちゃんは学者さんで忙しいと思うし、あたしみたいなお荷物がこれ以上ここにいても邪魔―。」

「そんなことはない!」


 テヰコが必死に反論する。


「カナちゃんが昨夜私に預けてくれた本―、確かにあれは私にとって人生を揺るがす程の貴重な資料だ。でもいくら考古学を研究している私でも、この本は君がいないと全てを知ることは不可能だ。と言うより、君が所持していなければならないんだ!」


 テヰコは一度託された古本を、カナの左手に押さえつけながらそう言った。するとカナが、その大きな瞳をさらに丸くする。


「むしろ私の方から頼む。私も一緒に、この世界の真実を探しに連れて行ってもらえないだろうか?」


 カナはテヰコの予想外な言葉に驚きを隠さずにはいられなかった。そしてそれは次第に涙という形でカナの瞳から溢れてくる。


「…ホ、ホントに、あたしと一緒に旅してくれるの?」

「あぁ、君のことは何があっても私が命をかけてでも守る。それに、私のようにカナちゃんの意志に賛同してくれる者がこの近くに必ずいる。彼等と一緒に、この地の真実を探すことができれば、きっとカナちゃんの探す兄さんにも会えるはずだ。」


 テヰコがそう言った時、カナは言葉にならない嗚咽をはきながら、テヰコの胸元でうずくまっていた。


 ―


「私は今こそ独り暮らしをしているが、それは縁をいくら切っても切れないような古い友人が2人いてね。彼等ならきっと私達の力になってくれるはずだ。」

「テヰコお姉ちゃんのお友達なら、きっとその人達も強くて優しいヒトだね!」


 カナとテヰコは、昨晩よりも風が弱まって穏やかになった雪道を歩き始めていた。カナもテヰコもそれぞれの身体に不釣り合いな大きさの荷物を背負って雪道を歩きながら、まるで本当の姉妹のように和気藹藹と会話を楽しんでいた。

 今二人が向かっているのは、目の前に立ちはだかる氷の壁に沿って西の方角。カナの持つ古本によるとそこはかつて“ニホンカイ”と呼ばれ、海の幸の宝庫とされた場所の近辺であったらしい。しかしテヰコの話によると、地殻変動の影響なのかそのような面影は完全になくなっているという。


「テヰコお姉ちゃんは色んなところにお友達がいるから、色んなところを知ってるんだね!あたしは本や地図でしか日本を見たことがないから、すごく憧れるなぁ~!」

「私が知っていることは、たまたま見たことがあるだけのことに過ぎない。考古学と呼ぶにはあまりにも陳腐なことさ。この地の真実に最も近い場所にいるのは、間違いなく君だよ。」


 カナは流石に照れくさくなり、顔を紅潮させる。


「しかしその本…、君のお祖父さんはよくこんな珍しいものを持っていたね。その起源も気になるところだが…カナちゃんはどこで“日本語”を覚えたんだい?」


 カナはやはりその右脇に古本を抱えながら歩いていた。


「うん…、でも祖父ちゃんはこの本のことについては何も教えてくれなかったの。よく考えたら、あたし本―というか、そもそも文字を書いたり読んだりなんて今までほとんどしたことなかったのに、どうしてこの本を読むことはできるんだろう?」

「ん…?カナちゃん、それは一体どういう―。」


 カナが何か重大なことを言ったように聞こえたテヰコであったが、いつの日か感じた殺気に似た気配を感じて一度立ち止まり、辺りを見渡す。


「この感じ…、“ヤツ”に違いない!」

「どうしたの?テヰコお姉ちゃ―、きゃあ!!」


 テヰコが何かを感じ取ったと同時にカナは足元をすくわれ、尻餅をついてしまった。


「大丈夫かい!?」

「いった~い、…あ、足をくじいちゃったみたい…。」


 道の周囲に積もる雪がカナの転倒時の衝撃を和らげてはいたものの、背中の大荷物の重量がモロに両足にかかってしまい、それまでの疲れも重なってカナの両足を機能停止に追い込んでしまった。


(く!よりによってこのような時に―)


 テヰコが急いでカナを近くの岩影まで運び、カナと自分の荷物を一旦降ろしてからカナに対して謝罪の言葉を伝える。


「…すまない、カナちゃん。」

「―え?なんでテヰコお姉ちゃんが謝るの?私が独りで転んだだけだよ。」

「違うんだ。これは“ヤツ”の仕業だ。」


 テヰコはそう言いながら、雪道の先を鋭く睨み付けた。


(あれは…?)


 テヰコの視線の先は、辺りの暗さと舞い降りる雪のせいでカナにはよく見えなかったが、かすかにヒトのような影が1つ立っていた。それを確認すると、テヰコが再びカナに声をかける。


「カナちゃん。私はこれから君を守る為に、しばしの間ヒトを捨てる。ここで隠れて待っていてくれ。」

「え!?今なんて―。」


 カナがテヰコに訊き直そうとした時には、既にテヰコは謎の影に向かって歩いていた。


「…こんなところで借りを返す好機が巡ってくるとはな。私の“蒼い遺伝子”はずっとこの時を待っていたぞ。」


 そう言ったテヰコの身体は燈色のオーラを纏い、ないはずの左眼は眼帯を貫くほどの青白い光を放ちながら燃えていた。


「―起きろ、“梵眼(アヴァロキタ)”。」


続きます。

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