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第2章 失われた文明

(…今、この少女は確かにこの地のことを“日本”と…!?)

 

 隻眼の女性はカナの言葉を聴き、もはや先ほどの穏やかさを完全に失くしていた。

 それほどこの女性にとってカナの言葉が“ありえないこと”であったからだ。


「…カナちゃんはその若さで、この地の本当の名前を知っているというのかい?そんな、そんなはずはない…。」

(この私ですら“日本”という名前を知るのに数年はかかったというのに…?)


 驚きと納得のいかない表情を変えない女性。

 カナはベッドから降り、足元に置いてあった古本を抱きかかえた。


「でも、祖父ちゃんがくれたこの本にはちゃんと書いてあるよ!」


 カナがそう言うと、女性は改めて幼い少女が持ち歩くには不釣り合いの巨大な古本の存在に気付く。


(そういえば、この子を見つける前―)


 女性はかまくらの中で眠るカナと出会う直前に、妙な気配を感じたことを思い出した。


(この猛吹雪の中でもハッキリと見えるほどの、かまくらから発していたあの蒼い光…。てっきり“ヤツ”のモノかと感じたのだが…?) 


「…カナちゃん、もし良ければその本を少し拝見してもかまわないかな?」


 女性は今すぐに、とでもいうようにカナの方へ右手を差し出す。

 しかしカナは首を横に振り、拒否のサインを出した。


「あたし、ちゃんと自己紹介したよ?今度はお姉ちゃんの番!」


 またしても女性はカナの言葉に面食らってしまった。“日本”のこととなるとつい目の前を見失ってしまう自分を恥じる。

 しかし女性はすぐに我に返り、本来の穏やかで知的な振る舞いを見せる。


「…失礼。私の名前はテヰコ。平安テヰコという。この地の考古学を研究している者だ。以後お見知りおきを。」


 テヰコと名乗った女性は、右手を胸に重ねながら深々とお辞儀をする。


「じゃあテヰコお姉ちゃんだね!テヰコお姉ちゃんは学者さんなんだぁ~、カッコいいね!」


 テヰコはカナの無邪気な返事に右眼を点にした。

 確かに女性の学者という割に高身長で引き締まった身体でスタイルが良く、部屋にこもって本を読みふけっているようなイメージとは程遠い。


「”お姉ちゃん”と呼ぶにはだいぶ歳が離れていると思うが…、悪くない。」


 テヰコが穏やかに微笑むと、カナはまるで新しい姉ができたかのように喜び、その場でピョンピョンと飛び跳ねることでその気持ちを表現した。

 しかしカナはすぐに何かを思い出したかのようにピタッと動きを止め、テヰコの左眼側にある眼帯をじいっと覗き込んだ。


「テヰコお姉ちゃん…、その左目はどうしたの?」


 初めてテヰコと会った者なら真っ先に目につくであろうその眼帯について、カナはついに問うてみた。


「あぁ、これかい?大したことじゃないよ。数年前に考古学の調査中で事故に遭ってね。全く情けない話だよ。」


 テヰコはその左目を、まるでただのかすり傷程度のモノのように説明したが、それを聴いていたカナはブルブルと擬音が聞こえてくるような勢いで震え上がっていた。


「…て、テヰコお姉ちゃんは、そんなに危ないところで勉強をしているの?」

「あぁ、ただその時は単に私の不注意が原因だったのさ。でもこう見えても昔から体術を心得ていてね、受け身をとることで大事には至らなかった。」


 まさに不幸中の幸い―カナはそれを聴き、初めてテヰコの姿を見た時に感じた力強く頼もしい雰囲気に納得した。


「そうなんだぁ、じゃあテヰコお姉ちゃんは、ブンブリョードーのヤマトナデシコってことだね!」

「カナちゃんはそんな難しい言葉をよくご存じだね。そこまで言われると、なんだか背中がむず痒いな。」


「アハハハハ!」と2人のヒトの明るい笑い声が、初めてこの民家の中で響いた。

 そして今度はカナの方がハッと何かを思い出すかのように話を切り出す。


「そうだっ、この本テヰコお姉ちゃんに貸してあげる!“古くて文字が見えない”ところもあるけど、学者のテヰコお姉ちゃんならこの本を全部ちゃんと読めるかも!」


そう言うとカナはずっと両手で抱きかかえていた古本をテヰコの細い手に託した。


「…本当に良いのかい?大事なモノなのだろう?」


 自分から言い出したとはいえ、流石に遠慮の色を示すテヰコであるが、カナは全く気にしていない様子であった。


「テヰコお姉ちゃんはあたしを助けてくれたし、本当のお姉ちゃんみたいにとっても優しいもの!だからいいの!」


 そう言いながらカナは自分の服が置きっぱなしのソファに腰かけた。


「そして…できたらテヰコお姉ちゃんと一緒に日本を旅して、兄ちゃんを探しにいきたいなぁ…。」


 最後にカナがそういうと、そのままソファに腰かけたまま寝息をたて始めた。姉ができた喜びと安心感がカナを心地よい眠りへと誘っていたのだ。


(…余程寂しい思いをしたのだろう。)


 テヰコはそう感じながら、古本を一旦テーブルの上に置き、自分の背丈の半分程しかない身体を抱えて自分のベッドの上に寝かせ、布団をかけなおした。


(私はこの少女の為に何ができるだろうか?)


 カナを寝かせた後、テヰコは再び古本を手に取り、先ほどカナが座っていた位置のソファに腰をかけ、パラパラと古本をめくり始めた。


―その瞬間、テヰコはその日2度目の驚愕を味わった。


(………何だこれは!?見えづらいなどという次元の話ではない!カナちゃんはこの文字を…“読むことができる”というのか!?)


 それはカナが御伽話の一節として捉えているごく普通の頁の文字列である。しかしテヰコにとってはこの地の考古学最大の発見であった。


(間違いない…、これは“日本語”!失われた文明の生き残りがここに記されているというのか!?)


 実はテヰコも、この地の考古学者の1人として“日本”の名称については知っていた。しかし過去の地殻変動の際にその文化の大半が大量のヒトと共に海底に沈んでしまい、その痕跡も語り部もほとんどこの地表に残されることがなかったため、研究が煮詰まるのが必至である中、わずかな発掘資源からやっとの思いで得た共通項が“日本”という言葉ただ1つであったのだ。


(しかし、この謎の書物には私が知りたかったことが全て書かれている!おそらく―)


 古本の内容に対する確証はなかったが、カナを見つける際に見たあの蒼い光は、この古本から発せられたモノで間違いないだろうとテヰコは確信を持った。


(…そして、この本と同じ光を放つ“ヤツ”との関連も濃厚だろう。そうなると、この本を所持している彼女が今後再び命の危機にさらされるのは必至だ。)


 テヰコはさっきまでの幼い妹を見る目から打って変わって畏怖の表情となり、すぐ傍で穏やかな寝息をたてるカナを凝視する。


(文明の生き残りを確かに受け継いでいるこの少女…、一体何者なのだ!?)


続きます。

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