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第15章 始まるは紅い永遠

 カナはその少年の姿を見て自然と、そう呼んでいた。


「な、何―!?」


 ツガルはその男の姿よりも、カナの言葉に驚いていた。


「こ…この男は、かつて私とウルシに天舞クロスの処理を仕向けた張本人のはず…。まさか、貴様自身が黒幕だったということか…!?」


 ツガルが問いただそうとした時、少年が「フッ」とため息をつきながら両目を細めると同時に、傍で突き刺さっていた金属の棒が突然瓦礫の山から抜け出てその全貌を露わにした。

 それは巨大な鍵であった。その先端がツガルの方を指し、全体が360度回転する。まるでその目の前にある見えない扉に鍵をかけるように。

 するとツガルの身体を覆っていた燈色のオーラが消え、カナの目の前で突然倒れ込んだかと思うと、やがて動かなくなり―。


「…余計な口を挿むな、修正シナリオに支障をきたす。」


 少年がツガルに向かって鋭くそう言い放った時、ツガルの身体はウルシやテヰコの時と同じように蒼い光と共に消えてなくなった。

 カナは背筋が凍りつく思いをし、それは身体の震えとなって表れる。


(…あたしが懲らしめた後とはいえ、あの”オニ”をたった一呼吸の間に…!)


 それと同時に、この少年に対する違和感が込み上げてくる。


(このヒトは…、あたしの知っている兄ちゃんじゃない!)


 そもそもカナの夢の記憶にあるクロスとは顔こそ一致しているものの、雰囲気も風貌もそれとはかけ離れていた。

 特に最も特徴的なのは、その身体に似つかない大きさの鍵。カナの眼前に立つその少年が操るそれは本来斧であるはずだが、斧と呼ぶにはあまりにも異形で禍々しささえ漂っている。


(もしカナの兄貴が聖域あんなところにいるとしたら、言い方は悪いがヤツはとても普通じゃねぇ)


 カナの脳裏に、壕に入る前のジュンの言葉がよぎる。

 クロスが蒼い遺伝子の発現者であるかもしれないことには多少の覚悟はあったつもりであった。

 しかし現実はさらに残酷で、夢の後押しをしてくれていたのも、今までそれを阻んでいた”オニ”の伝説を裏で操作していたのも、全てが彼の仕業であったのだ。


(…いや、このヒトは兄ちゃんじゃない!あの優しかった兄ちゃんのはずがない!!)


「…あなたの名前は…?それと、一体何でこんなことを…!?」


 カナは自分の意思で真紅のオーラを解き、冷静になって少年に問うた。


「名前…だと?」


 少年は意外なことを訊かれたとでもいうように、その両眼を見開く。しかし相変わらず不吉な声で話を続ける。


「…確かに貴様も私も他の発現者達も、”それぞれ今の名を持ってしまったが為に”この運命を背負うことになってしまったのは事実だ。」


 少年がそう言いながら、カナの方を振り向く。


「しかし、少なからずとも貴様は私が何者であるかを知っているはずだ。無論、”真の名前”もな。」

「え―。」


 カナは無意識に2,3歩後ずさる。次第に、ドクドクと心臓の脈打つ音が大きくなる。


「…とは言え、貴様が他の発現者達よりも記憶の断片化と喪失が多大であることは私が最もよく知っている。だからこそ貴様をその本によって”導かれし者”に仕立て上げ、第一の修正を試みたのだ。その中で唯一の誤算と言えば―。」


 少年はテヰコがいた場所へ眼を向ける。


「隻眼の彼女には正直驚かされた。貴様と同じように記憶の欠落があったとはいえ、”蒼い遺伝子”に関する記憶のみは鮮明であったのだから。しかし修正シナリオ通りに貴様が行動をとってくれたおかげで、彼女は貴様に情を抱いてしまい、肝心なことを貴様に伝える前に舞台から退場したのだ。…彼女が姿を保っている間に、色々と訊いておくべきであったな。」


「―!!!」


 カナが少年の視線を恐る恐る後追い、その先をよく見ると、瓦礫の上に黒い小さな一切れの布のようなモノがヒラヒラとなびいていた。

 それは紛れもなく、テヰコが左眼につけていた眼帯であった。


(テヰコお姉ちゃん)


 カナはテヰコの眼帯を握りしめた両手を胸の上におき、その上に1粒の涙を落とす。


「話を戻そう。私の目的は単なる殺戮にあらず。今の貴様や私と同じく”真の”発現者を目覚めさせることだ。」


 そう言いながら、男はツガルの目の前で浮遊する金属の鍵を握り、軽々と瓦礫に突き刺した。


「貴様が兄と慕う天舞クロスは、その”蒼い遺伝子”の力によってその身と共にこの世界の全てを破壊した。この惨劇は当時のヒトの王を名乗っていた者を敬し、その名を借りて”ユリウスの審判”と呼ばれている。このあってはならない史実を覆すためには強大且つ不安定な”蒼い遺伝子”などではなく、より完成された”紅い遺伝子”を用いる必要があるのだ。今回の修正(シナリオ)は、その”紅い遺伝子”の発現者を生み出す実験のようなモノだ。この”梵鍵(ア・スラ)”の力を再確認できただけでも、私にとっては収穫であった。」


 ”梵鍵(ア・スラ)”―おそらく彼が持つ巨大な鍵のような物体のことなのだろう、とカナは微々たる理解を得る。強大な攻撃範囲と威力を持つ”梵刀(ヴァイロ)”を操るツガルの力の全てを吸い取るように奪ったこの鍵は、脅威以外の何物でもない。

 しかし、今のカナにとってそのようなことは最早どうでもいいことであった。


「実験って…、ヒトの人生を何だと思っているの!?」


 カナがその両眼にいっぱいの涙を溜めながら、我慢ならず声を張り上げる。

 少年はその両眼を細め、まるで子供の駄々にわざわざ付き合おうとするような感じで口を開く。




「―我々は、脆弱で愚かなヒトなどにあらず。」




 少年は淡々とした口調でカナの言葉を一蹴し、その身体と目線を、氷の城のずっと先に見えるかつての日本の象徴に向ける。


「聖域の向こう(ヘイシュウ)では、こちら側以上に厳しい寒波の影響で、本来目覚めるはずであった"蒼い遺伝子"の継承者がその力を覚醒させることなく命を絶ってしまった。」

「え…?」


(あたし達だけじゃ…ない?)


「つまり、この世界の角度では貴様達オツシュウの出身者がどれだけ努力をしても、私がこの手で貴様達を処理しても、この世界はお互いにとって理想の終わりを迎えることはない。修正(シナリオ)には、ヘイシュウの出身者を含む全ての”蒼い遺伝子”が一斉に目覚める必要があるのだ。」


 カナは唖然としていた。自分が今までしてきたこと、見てきたことは一体何だったのか。

 少年はさらに言う。


「ただ、決して無駄なことではない。貴様達(・・・)が知り得たことは次の修正(シナリオ)に継承され、さらに正しい方へ向かう力となる。それにさっきも言ったが、貴様のとった行動は次の修正(シナリオ)の基盤として確立している。あとは、足りない部分を補うだけなのだから。」 


 少年はそう言うと、真紅のオーラをその身に纏いながら梵鍵と共に宙に浮き始めた。

 すると少年はカナを見下ろしながら何かを思い出したかのように言う。


「―”今の”私の名は天舞リト。わかりやすく言うと”貴様のもう1人の兄”だ。…角度の変わった次の世界で、また会おう。」


 リトと名乗った少年はその言葉と共に消え、同時に辺りの景色に変化が現れる。カナを囲む瓦礫が宙を舞い始め、遠くに見える氷の城が次々に崩壊していく。大地が激しく揺れているように見えるが、カナはその揺れを身体で感じることはなかった。


「―な、何?わわ!あたしも浮いてるの!?」


 カナが自分の身体の状態に戸惑っている際に、氷の城のはるか遠くに一筋の光が大地を貫くのを見た。


(あれは…聖域?)


 かつての日本の象徴の頂上に落ちたその白い光は、決して消えることなく輝き続けていた。そしてそこから辺りが真っ白になっていき、カナもその空間に飲み込まれた。

 それからだんだんと意識が遠のいていくのを感じながら、カナは最後に思った。


(やっぱりあのヒトは、兄ちゃんじゃなかった―。)


 いつか見た夢がついに正夢にならなかったことを残念に思う反面、冷徹なリトがクロスではなかったことにカナは同時に安堵を覚え複雑な気持ちになる。

 カナはそれ以上何も考えず、テヰコの眼帯と一緒にいつの間にか手にしていた馴染みの古本をその小さな胸元に抱きながら静かに眼を閉じた。ただ夢の中で、テヰコやジュン、ヒロトとまた旅ができることを期待しながら…。




 世界の崩壊と再生が執り行われる中、オツシュウで散った5つの蒼い遺伝子と1つの紅い遺伝子が、それぞれの場所(スタートライン)へと還っていく。カナが持っていた古本には新たな項目が書き記され、しばしの眠りについた所持者の元から離れていく。




真名(ピースネーム)グレゴリアン・エーカ 彼の者、狡猾にして数と繁栄の象徴也―




 いつか古本がたどり着く先の地では、新たな物語と共に次の”導かれし者”が目覚めようとしていた。



 そして、今はこれから幾千幾万と繰り返される”ユリウスの審判”のわずか2度目が執行されたにすぎなかった。



第壱部 完

最終話で極端に間を空けてしまいましたが、何とか当初の目標であった完結まで至ることができました。

読み返せば幼稚な文ばかりで恥ずかしさしかありませんが、今はやりきったという気持ちに浸りたいと思います。次回作も頑張ります。

ここまで読んで下さった方々、本当にありがとうございました。

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