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第14章 書き換えられた御伽話

 “彼”はその瞬間を終始見ていた。

 その瞬間こそ、彼がこの世界の出来事の中で最も待ち望んでいたモノであった。


(…そうだ。貴様は仮のシナリオである下らない勧善懲悪の御伽話の主人公などではないのだ。貴様の知る御伽話では、猿雉犬なかまが喰われる事等なかろう?)


 “彼”はその口元をニヤリと歪ませる。


(しかし今更気づいたとて、もう遅い。貴様がその力を発現させた時に、善と悪は逆転した。これから始まるのは勇ましい“鬼退治”などではなく、残虐な“鬼殺し”なのだ…!)



 真紅のオーラと無数の紅い騎兵をまとったその存在は、眼前に立つ同胞の仇を睨み付けながら、血の涙を流し続けていた。

 “オニ”はその迫力にたじろいだのか、その身体の金と銀を分離させ、元の2人の姿に戻る。


「…発現の制限時間を克服したはずの“梵艮イシャーナ”が強制解除された…?これは、一体どういうことだ?」

「し、知るわけないでしょぉ!?あの老人に訊くしかないじゃない!!」


 ウルシは、他の発現者グレゴリアン達を葬った時の余裕に満ちた表情が嘘のように、口をパクパクさせながら震えている。しかし動揺しながらもその右手に光玉を生じさせ、カナの動きを警戒する。

 ツガルも冷静―というより無表情を貫いていたが、その存在を受け入れられないというように両眼を細めている。


「天舞クロス―大災害の執行者に近しい者達を排除する、というのが我々に与えられたシナリオだ。例え相手が我々と同じ発現者グレゴリアンであっても…だ。」

「で、でも!あの子は明らかにアタクシ達とは異質―――ガハッ!?」


 その刹那、ウルシが尋常ではない嗚咽をもらす。

 ウルシ自身には、それ以外に何の変化もなかった。


「こ…これは…な…に…!?」


 ウルシがその右手にのせていた光玉は以前の美しい球体ではなく、いつの間にか鋭利な棘がびっしりと生えており、巨大な毬栗のようになっていた。

 かと思いきや、それは棘の部分のみを残して蒼い粒子と共に消えてなくなった。

 その場に浮遊したままの棘は、カナが全身にまとっているモノと酷似していた。

 

「…ウルシちゃん、あたしの気持ちを全部踏みにじってくれたよね…?これはそのお礼だよ。だから…さっさと死んで…ね?」

「あ、アタシの“梵玉サマンタ”が…、あ…あぁ…!!」


 断末魔を上げる間もなくウルシの身体も蒼い粒子と化し、テヰコの時と同じようにその場から完全に消滅した。


(この私が…攻撃を全く予測することができなかっただと…!?)

 ウルシを消されたこと以上に豹変したカナの脅威に対する驚きを隠せないツガルは、本能的にその蒼い遺伝子を発現させ、迎撃の構えをとる。


「ここで貴様の遺伝子を葬れば、世界は正しく生まれ変わるのだ!“梵刀(ヴァイロ)”!!」


 ツガルはかつて誰にも止められることのなかった斬撃を、かつて戦闘すら体験したことのないカナに向かって容赦なく繰り出す。


(あれ…、コワくない…?)


 ツガルの刀から繰り出された衝撃波が周囲の瓦礫を巻き込みながらカナに襲い掛かる。しかしカナは微動だにしなかった。―否、する必要がなかった。


(そっか、そうだよね。だってあたし―)


「な―、に…!?」


 衝撃波はカナを守る紅い騎兵に触れると同時に、その勢いを失った。それは攻撃を弾かれたのではなく、吸収されたような状態であった。


(このヒトに勝てることが…わかっちゃったんだもの!!)


 紅い騎兵達は衝撃波を受けきると、その一部が拡散しツガルの方へ飛んでいく。


「―“梵爪(ガウタマ)”!」


 それは吹雪よりも恐ろしい、ガラスの嵐であった。どちらかへ避ければ良いというものではない。激しい雨の中を、その1粒1粒に当たらないように駆け抜けようとするようなものだ。


「―ぬんっ!」


 それでもツガルは抵抗をした。”梵刀(ヴァイロ)”をバトンのように高速回転させることで疑似的な防壁を作り、ガラスの嵐から身を護っていた。

 逆に言うと、今のツガルにはそれが精一杯の行動であった。

 ツガルを防戦一方に追い込んだ状況を、カナは決して見逃さなかった。カナが左手を前方に伸ばすと、それを合図に彼女の周囲で待機していた別の騎兵達が、ツガルの展開する防壁とは別の方向から襲い掛かる。


「ぐあぁぁぁ!!」


 かつて無敵を誇ったツガルが、“オニ”と呼ばれるようになって初めてその身体に致命的なダメージを負い、その場に膝をついた。ツガルの背中には夥しい数の紅い刃が刺さり、その隙間という隙間から蒼い鮮血が噴き出していた。カナはツガルが動けなくなったのを確認すると同時に左手を下げ、攻撃の終了を示す。


「―あたしの勝ち…だね?オニさん。」


 その声を聞いたツガルが歯を食いしばりながらカナを睨み付けた。


「こ、この私が…、こんな小娘に…!―斬る!!」


 ツガルが最後の力を振り絞り、刀を構え直して目の前に立つカナに突進をしかけようとする。足元の瓦礫が崩れる音が響くが、今のツガルにとっては構わなかった。


 しかしその刹那、刀の蒼い輝きが消え、それどころかその形骸すらボロボロに砕け散ってしまった。まるで、長い干ばつで乾ききった土がひび割れて粉々になるように。

 代わりにそこにはいつの間にか、不可思議な形状の巨大な金属の棒のようなものが瓦礫の山に刺さっていた。ツガルはおろか、カナもその光景を目にして言葉が出なかった。


(これは一体―!?) 


「―素晴らしい勝負じゃった。」


 その声は巨大な金属の棒の上から聞こえた。ひどく不吉な印象の声だが、カナにはなぜか懐かしい感じがした。その方向へ顔を向けるが、誰かがいる気配はない。


「…誰なの?」


 その時金属の棒の影から1人の男性のヒトが姿を現した。

 それは整った顔立ちに白髪を携えた老人であった。その顔も声も、カナには覚えがあった。


(祖父ちゃん…?なんでこんなところに…!?)

「この本が役に立ったみたいじゃのう。」


 老人のその右手には、いつの間にかカナの古本が抱えられていた。


「忌むべき大災害の執行者―天舞クロスを葬るため、蒼い遺伝子を超える紅い遺伝子を目覚めさせる。…“自分を除いて”初の試みとはいえ、このシナリオは素晴らしい出来じゃった。快く協力してくれて感謝しておるぞ。鬼門の化身よ。」

「!!!き、貴様は―」


 その瞬間、老人が不敵な笑みをツガルに向けて放ったかと思いきや、突如カナとツガルの視界が紅く染まる。老人の身体を包み込むように、真紅の靄がかかり始めたのだ。


「そしてカナよ。お前は私のこの姿を見て、お前が知りたかったことを思い出すであろう。」


 老人のその言葉と同時に、真紅の靄が徐々に薄くなっていき、その場にいた人物の姿が現われる。


 しかしそこに立っていたのは先程の老人ではなかった。

 青白い素肌を、カナが覆っているものとよく似た布で覆っている。口元は布で隠しているが、その両眼は今のカナのように真紅に輝いている。全体的に露出は少ないがその容姿は明らかに老人ではなく、

少年であった。

 その姿と顔を見たカナは、無意識の内に遺伝子の発現を解き、自分の本来の目的を完全に思い出した。


「に…、兄ちゃん………?」

次回は最終話です。

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