第13章 正の消失 負の開眼
(あの光は―?)
2人がその白光に気づいたのは、“オニ”と遭遇し、その戦闘から離脱して間もなくのことであった。
テヰコの背中の上で泣きじゃくっていたカナがふと顔を上げると、その両眼に溜まっていた涙に突然光が差し込み乱反射する。それによって視界を遮られたカナは反射的に両手で涙を拭う。
視界を取り戻したカナは、キャンドルランタンの灯りに頼らずに壕の中を捉えることができるようになっていた。さらに始めは均等で整理されていた壕の中が、いつの間にか岩や苔で覆われた自然の洞穴へと変化していることに気づく。そして道の奥にある白光へ2人が近づくにつれ、周囲の様子がさらに明瞭になってくる。
「出口…?」
「行けばわかるさ。」
岩でできた天然の階段を前に、テヰコは一度その脚を止める。カナがテヰコの背中から下り階段を見上げると、そのすぐ先に光源があることに気づく。
どちらからともなく階段を上り始め、最後の段を踏みしめた時。2人は確かに見た。
白光の中に、ヒトのような影が1つ立っているのを。
―
一方、壕の内部で天井とその周辺が崩壊した場所。一行が“オニ”と遭遇し戦闘を開始したエリアでは、不気味な静寂が訪れていた。
「確かに蒼い遺伝子の発現者は不死身よねぇ。でも、“蒼い遺伝子そのもの”が消失することはあり得るのよぉ?故に“蒼い遺伝子”を消失すれば、それを宿していた身体も当然無に帰すってことなのよねぇ。」
金の二つ結いの少女は、右手に持つ蒼玉の光のほぼ真下―足元に転がっている眼鏡を踏み潰しながらそうぼやく。その眼鏡はレンズはおろかフレームまでグシャグシャに曲げられ原型の面影を失っていたが、それはさらに少女によってあらぬ方向へ蹴り飛ばされた。
「でも、アナタ達は死んだわけではないわぁ。一時的にこの舞台から退場しただけ。…そうよねぇ?ツガル。」
「…。」
ツガルと呼ばれた銀の長髪の女性は、ウルシの後ろでただただ沈黙を貫いている。
彼女達の周囲では、まるで爆弾を仕掛けた後のように、瓦礫の破片が飛び散っている“のみ”であった。
他には、“もう誰もいなかった”。
―
ヒトのような影が、何か細長いモノを担いでいる姿が確かにそこにあった。
「誰か…いる…?」
カナもテヰコも、それぞれの眼には同じモノが映っていた。
しかし、カナはその“何か”を見て身体が凍りついた。
(―“斧”…!?)
カナは無意識の内に自分の荷物を放り捨て、その影の方へ向かって岩の階段を駆け上がる。後ろでテヰコが「待つんだ!」と叫ぶが、その時のカナにはもはや自分の荒い息遣いしか聞こえていなかった。
間違いない。あれは―。
「に、兄ちゃん…!!」
カナは階段の最上段に両足をつける。その瞬間、一際強い光が彼女を包み込んだ。
(…ここは…?)
思わず目を瞑っていたカナが再び眼を開ける。
その先に広がっている景色を見て、彼女は言葉を失った。
美麗。
荘厳。
神秘。
それを見て、そのような言葉では形容しがたいと思うのは、カナだけではなかった。
「あそこはまさか…聖域…!?」
後から続いてきたテヰコも、それを見て驚愕の表情を隠せないでいた。
自然にできたモノとすれば整いすぎており、人工的にできたモノとすればもはや技術ではなく魔法と言っても過言ではないのではなかろうか。
おそらく、これは自然の産物でもヒトの作りだしたモノでもない。
見た者全てを魅了し、入ろうとする者全てを拒絶する、氷の城。
そこは、カナ達が目指した氷の壁の反対側の世界―オツシュウの最南端に他ならなかった。今2人が立っている場所はまだ岩と氷が入り混じっている状態であったが、そこから遠くへ離れていくにつれ、氷や雪以外の物質を見受けられなくなってくる。
この神秘的な光景を聖域と呼ばずして、他にそう呼べる場所があるだろうか。
そんなただでさえ不可思議な景色を唖然と眺めている内に、カナはもう1つ妙な点を感じ取る。
(…誰も…いない…?)
我に返ったかのように辺りを隈なく見渡すカナは、先程見かけた影が既にどこにも見当たらないことに気づく。
(嫌な予感がする…。)
テヰコも何かを感じ取った時、それは既に起きていた。
―ドォォォォォォォォォン!!!
カナは真後ろで轟音が鳴り響いたかと思うと、再びテヰコに背負わされた状態で高く跳んでいた。何が起こったのか理解が追い付くはずもなく、とにかくカナは先程自分がいた場所へ顔を向ける。
するとカナとテヰコがつい先ほど出てきた壕の出口が、蒼白い噴煙に包まれていた。
「い、一体何が起こったの!?」
テヰコは一際大きな岩がある場所へ着地し、その影から壕の出口があった場所の様子を伺う。
そこに立っていたのは、ジュンでもヒロトでもなかった。
むしろ、ヒトですらなかった。
金と銀に輝く異形の者。
その存在がこの場にいるということは―。
(ヒロト…ジュン…。クッ!)
テヰコは悲しみと怒りの感情に支配され、その身に今一度燈色のオーラを纏う。左眼がこれまでにないほど強く蒼く輝き、血のような涙を流す。
「―うわぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
テヰコは跳んでいた。その一足が壕の穴へ身体を導き、まるで時を折りたたんだかのような速度で“オニ”との間合いを詰め、掌底を放つ。
しかし“オニ”はその場を動かなかった。テヰコの掌底を食らうがままと思われたが、それは幻影であった。掌底が当たったと思われる箇所から、金の粉を撒きながらその姿が消えていく。
「何っ!?」
テヰコが咄嗟に振り向いた場所に本体はいた。その2本の銀の腕にそれぞれ2本ずつ金の腕を螺旋状に絡ませ、猛々しい剛腕に変化させた状態で。
その右腕が蒼白い煙を纏う豪拳となり、テヰコに向かって放たれる。
「―梵艮!!!」
それはまるで大砲か花火のようであった。
爆音と共に辺りの景色は一瞬にして崩れ去り、衝撃で吹っ飛んだ瓦礫や氷がカナの上空から雨のごとく降り注ぐ。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
咄嗟に頭部を両手で覆いしゃがみ込むカナ。しかしそれは気休めにもならない微かな抵抗であった。
―グサッ!
鈍い殺傷音。
しかし、それと同時にカナが感じたのはヒトの温もりだった。
(え…?)
カナはおそるおそる顔を上げる。
すると隻眼の女性がカナの身体全体を覆うようにしっかりと抱きかかえていた。
「…怪我はないかい?カナちゃん。」
「テ、テヰコお姉ちゃん!!」
「君が無事で良かった…。」
「ぐす…。ジュンお兄ちゃんも、ヒロトさんも、大丈夫…だよ…ね…?」
「…。」
テヰコは右眼を瞑りながら、カナの問いに対して無言を貫く。
やがてテヰコは決心したかのように、改めてカナの瞳を見つめる。
「カナちゃん。最後に私の話を聴いてほしい。」
「え…?」
「“蒼い遺伝子”は、確かにその所持者に異常なまでの生命力を与えるモノだ。しかしこの世には“毒をもって毒を制す”という言葉がある。すなわち“蒼い遺伝子”は“蒼い遺伝子”の力をもってのみ、消すことが可能なのだ。」
「じゃ、じゃあ…。他の2人は…。」
「おそらく…。」
カナの両眼は既に涙でいっぱいになっていた。
「ぐす…、なんで?なんでテヰコお姉ちゃんは“蒼い遺伝子”のことをそんなに知っていたの?どうして隠していたの?」
「…“知っている理由がわからない”のだ。」
テヰコはうつむき、悔しそうな表情で答える。できれば、このような答え方をしたくなかったとでもいうように。
「考古学を学んでいるように装うことで、“蒼い遺伝子”を知っている理由を無理やり作ろうとしていたのが正直な話だ。しかし、私は結局その真実を知ることができなかった。だが、私はヤツの行動から1つの仮説を得ることができた。それは―。」
カナの両眼には、テヰコの凛々しい右眼と―。
「“私達は強制的に蒼い遺伝子を発現させられている”ということだ。」
―テヰコの背中に、先程の衝撃で巻き上げられた瓦礫や氷の破片が鋭利な刃物と化したモノが1つ容赦なく突き立てられている様子が映されていた。
「て、テヰコお姉ちゃん!!そのケガは…!!」
「カナちゃん。失われたこの地の文明を紐解く鍵となるこの古本を読解できる君になら、きっとわかる。頼んだよ…。」
カナがテヰコの状態を知った時には、既に彼女の全身から力と体温がなくなり始めていた。
「…何もしてあげられなくて、ゴメンよ…。でも、君の姉になれて…本当に…良かった…。」
最後にそう言うと、テヰコはカナの目の前で蒼い粒子となり、その場から完全に消えて無くなった。
「―い、い、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
これまでにない激しさで悲鳴を上げるカナの声は、遥か彼方の氷の城にまで届き、長時間に渡って反響を繰り返した。
悲しみ、怒り、混乱―。そういった数々のやり場のない負の感情が1人の幼い少女の小さな身体に集結される。それはカナという存在の崩壊には充分すぎるものであった。
…もう世界の真実だとか、生き別れの兄だとか、どうでもいい。
…自分の大切な仲間を…姉を…よくも…。
…許さない。
……許せない。
………許してはならない。
…殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい。
金銀に輝く惨劇の執行者は、テヰコが蒼い粒子と共に消失したことを確認する。
それと同時に新たな存在が生じていることに気づき、両眼が飛び出るかのごとく驚愕する。
「こ、こんなの…アタクシ達が聞かされていたシナリオにはなかったわよぉ…!?!?」
それは禍々しいほどの真紅のオーラが少女の全身を覆い、ユラリと立ち上がる光景であった。
そしてゆっくりと“オニ”にその顔を向ける。
それはもう今までのカナとは全く別の、狂気と憎悪に満ちた表情であった。真紅に染まった両眼は血の涙を流し、着ているボロ服も真っ赤に染め上げていく。
(…うっ!?)
それを見て思わず後方へ後ずさる“オニ”に対し、カナはその発声だけでヒトを刺し殺すことができそうな程鋭く言い放つ。
「………殺してやるっ!!!」
そう言ったカナの小さな掌がさらに真っ赤に輝き、それが複数の弾丸のように辺りに放たれる。飛び散ったかと思われた赤黒い破片のようなものは、カナの身体を360度守るように、再び彼女の下へ集結した。
その全ての刃の矛先は、“オニ”の頭部に向いていた。
その一部始終を見ていた“オニ”が、息を飲んで呟く。
「…あ、“紅い遺伝子”の発現者…!?」
続きます。




