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第12章 王の遺産

 崩れた石灰の塊の上でこちらを見下ろす金の二つ結いの少女は、もはやカナが以前に会ったお嬢様のような雰囲気は醸し出していなかった。その微笑みは呪われた人形のそれのように狂気に満ちている。その黒い表情とは正反対に、その身に纏っているやはり妙に煌びやかなドレスが作るギャップが、カナの背筋をぞっとさせる。


(なんでウルシちゃんが、“オニ”と一緒なの…?)


 「なぜ?」という表情を隠せないカナに、ウルシはやれやれと溜息をつくように言い放つ。


「アナタ、本当に何も覚えていないのねぇ?…いや、“アナタ”もかしらぁ?平安テヰコ。」

「…どういうことだ?なぜ私の名前まで知っている?」


 ウルシと視線が合ったテヰコは、無意識の内に戦闘の構えをとる。


「それは知っているに決まっているわよぉ。でも、アナタは1つだけ知っていることがある。」

「…。」

「それを隠す為とはいえ、考古学者を名乗るなんてなかなか上手いことを思いついたわよねぇ?」

「な―!?」


 ウルシの発言に、テヰコは思わず構えを崩しそうになる。


「何を根拠にそのようなことを―。」

「だってアナタ、始めから―今のアタクシ達と会うずっと前から知っていたんでしょぉ?伝説の“蒼い遺伝子”のことを。それを隠すために、わざわざ人里を離れたところに居を構えた。そうでしょぉ?」

「!!!」


 長い沈黙。


 テヰコは、ウルシの発言を否定せずにいた。

 ―否、否定できないのだ。


「て、テヰコお姉ちゃん…?どういうことなの…!?」

「…。」

「テヰコおねえちゃんは学者さんだから、勉強がしやすいようにあの家に住んでいたんだよね?」

「カナちゃん…。」


 テヰコはカナの顔を見ることができなかった。

 ウルシがさらに追い打ちをかけるように言い放つ。


「そして“蒼い遺伝子”のことを知っているがゆえに、“仲間がそんな状態になっていても冷静さを保っていられる”のよねぇ?だって、“蒼い遺伝子”の発現者は―。」


 そう。先程ジュンはカナ達が“オニ”と呼んでいた者に背中を無残に斬られ、その生死を彷徨っている状態に陥ってしまったのだ。


「―“不死身”ですもの。」


 否、“そうなるはずだった”のだ。


「どうやら、それは本当らしいな。」


 その声にカナが振り向くと、そこにはおびただしい量の血を未だに垂れ流しながら立ち上がろうとしているジュンの姿があった。


「じ、ジュンお兄ちゃん…!?どうして…!?」

「俺にもよくわからねぇが、もう大丈夫だ。」


 さらにジュンがカナの眼前で完全に立ち上がった瞬間、背中の斬り痕が蒼白く光だし、そのまま傷口を完全に塞いだ。


「テヰコは…知っていたんだな?」

「…。」


 テヰコはジュンに背を向けたまま沈黙を守っていた。


「別にお前を責めようとか、そういうつもりはさらさらねぇよ。お前がカナや俺達の味方であることに変わりはねぇ。…だよな?ヒロト。」


 疲労によって意識を失っていたはずのヒロトが、その場でゆっくり起き上がった。


「―そうさ。そうでなかったら、またあの町に戻ってその姿を見せてくれていなかっただろうしね。」

「テヰコお姉ちゃん…。」


 カナには見えなかったが、その時テヰコが身体を震わせながら涙を流しているように感じた。


「…私には、もう1つ知っていることがあるのだ。」


 そういうや否や、テヰコは全身を燈色のオーラで包む。すると眼帯で覆われていた左眼が蒼白い輝きを放ち始める。


「“これが、私の本来の姿であるということを”!!」


 テヰコの姿が一瞬の内に消える。それとほぼ同時にキィンという金属音が辺りに鳴り響く。

 その後にカナが見たのは、ウルシに狙いを定めて跳躍蹴りを放ったテヰコの右脚を、“オニ”の長刀が中腹の部分で受け止めた光景であった。

 攻撃を弾かれたテヰコが再び間合いを取らんと大きく跳躍し、ウルシ達が立っている瓦礫とは別の瓦礫の上に着地する。


「…そうねぇ、その通りねぇ。そして、これもアタクシ達の本来の姿よぉ!!」


 ウルシがそう叫ぶと、彼女と一緒に“オニ”もその身体を燈色のオーラで包み込む。

 その瞬間こそ、ウルシと“オニ”が蒼い遺伝子の発現者である確固たる証拠となり、カナの脳裏に焼き付いた。


(ウルシちゃんまで、発現者の1人だったの…!?)


 しかし異変はそれだけではなかった。

 さらにそれぞれの身体は背中合わせにピッタリとくっつき、ウルシの両腕と両脚は、“オニ”にとっての第3~第6の腕となり、完全に1つの存在となる。 


 ウルシと“オニ”が融合したのだ。

 そこにはヒトの域を超え、異形なる真の“オニ”の姿があった。


(ひぃ…!)

 あまりにもおぞましいその容姿にカナは震えが止まらない。


「…お前達がそんな姿になってまで果たそうとする目的は…何だ?」


 一時的に双眼となったテヰコが、その両眼で刺すように異形の者を睨み付ける。 


「それはぁ、同じ目的を持っているカナが一番よく知っているわよぉ?」


(え…?)

 カナは、胸の奥でザワザワと何かが蠢くような感じを覚える。

(あ、あたしと一緒っていうことは―。)

 そんなカナを余所に、今度は“オニ”の方が瞬時に姿を消す。するとカナの眼前に蒼白い何かが突き刺さり、ガキィンと先程とは比べ物にならない衝突音が辺りに鳴り響く。


「きゃあああ!!」


 カナはたまらず尻餅をつくが、逆に言えばその程度で済んだのだ。

 カナの眼前には大人のヒトと見紛う程の大きさの蒼い大剣が突き刺さっており、それがこちらへ接近していた“オニ”の渾身の体当たりを受け止めていたのだ。万が一巻き込まれていれば、あくまで生身のカナはただで済まないだろう。

 これも不幸中の幸いというものか、今の衝撃で先程崩れ落ちてきた石灰の塊がさらに粉々に砕け散り、一度塞がれた進路が再びその姿を現した。


「テヰコ!ここは俺達がコイツ等を食い止める!カナと一緒に先に行け!!」

「し、しかし!」

「俺達の目的を忘れたのか!?こんなところでくたばったらここまで来た意味ねぇだろうが!せめてカナには…この世界の真実を見せてやれ!!」

「そうはいかないわよぉ!!」


 “オニ”がジュンの大剣を“3本の”右腕で真横に弾き飛ばし、再度突進をしかけてくる。

 しかしそれはすぐに巨大な防壁によって完全に遮られた。

 再び覚醒したヒロトが、その18本の腕を複雑に絡め、壕の断面を塞いだのだ。


「―ぐっ!」


 しかし短時間の内に再度覚醒した為か、瓦礫が落ちてきた時よりも輝きが弱く、それに比例して強度も落ちているようであった。“オニ”がその壁に激突した瞬間、カナの耳にミシッというヒビが入るような音が聞こえたのだ。


「い、行くんだ…テヰコ!ボク達のご先祖様の宝を、代わりに見て来てくれ!!」

「ヒロトまで…くっ、すまない!!」


 テヰコはカナをおぶさり、先へ走り始めた。カナはテヰコの肩の上で号泣しながらもがいていた。


「ジュンお兄ちゃん!ヒロトさん!いやあぁぁぁ!!」


 喚くカナを両手でしっかり支えてから走り出したテヰコの両眼からは、涙が一筋ずつ流れていた。



 どれくらいの時間が経っただろうか。カナは燈色のオーラを纏ったままひたすら壕の中を駆け続けるテヰコにおぶられながらずっと泣きじゃくっていた。 


(カナちゃん…。)

 テヰコには、カナにかける声が見つからなかった。自分の素性が知られてしまったこと以上に、不本意とはいえ仲間に嘘をついていたという形になってしまったからだ。


「…て、テヰコお姉ちゃん。」

「…。」

「テヰコお姉ちゃんは…、“オニ”と一緒じゃ…ない…よね…?」


 まだ嗚咽混じりの声でカナが言葉を絞り出す。

 それは今のカナの中で、“蒼い遺伝子”を知る者に対する究極の質問であった。


(―確かに違う。でも、カナちゃんが訊きたいことは“そういう意味”ではないのだ―。)

「…“オニ”でもなく、“ヒト”でもない。」


 そんなカナの質問に、テヰコは彼女と出会ったばかりの頃を思い出す。

 その時、弁解や謝罪の次元を越え、たった一言の簡単な答えがあることに気づく。


「―私は、カナちゃんの姉だ。」


 テヰコの答えを聞いたカナは、再び声にならない嗚咽を出す。

 今度は、大切な仲間をこれからも信じて良いのだという安心感と嬉しさによって。



 “彼”が今立っているその場所は、その存在を知るヒトが“氷の壁”と称している巨大な山脈の裏側であり、その中腹であった。そこから山脈の峰を見下ろすと、山脈の中腹から峰の部分までを土や岩で覆っているのがわかる。

 逆に言うと、木々すらないが辛うじて通常の山と呼べる部分は峰の部分で終わっているのだ。


 峰の先に見える陸地は全て―氷そのものであった。


 それは津波をそのまま凍らせたかのように鋭利に幾つもそびえ立ち、険しくもどこか美しい氷の城のように見える。この氷の城を守る城門がこの氷の壁であるならば、正にそれにふさわしいものであると誰もが一瞬で納得せざるを得ないだろう。それ程に美しい景色がそこにあった。

 その氷の城が続くずっと先には、まるでその部分の空間だけが切り取られたような巨大な半球状の穴があり、その周囲も氷の城塞で覆われていた。穴の中央には、完全に別離した孤島と、そこでその存在が確かであることを証明せんとする、かつての日本の象徴が凛然とそびえ立っていた。

 かつて世界を独占せんとし、その代償として身をいくつかに切り離されたという“彼”が引き起こした大災害の惨状。その爆心地は未だに全ての生命の侵入を拒み続けながら、その美しさを見たヒトの眼と心を魅了せんと輝き続けていた。


 その矛盾めいた伝説の地“コウシュウ”を、かつてヒトは「聖域」と呼んでいた。

続きます。

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