第10章 近づく絶望
そこはとにかく暗く、地獄まで続いているのではないかと思えるほど深い穴であった。
カナ達はヒロトが家から持ってきたキャンドルランタンの灯りを頼りに、穴の側面に備え付けられた冷たい鉄製の梯子を下っていた。
「そんなに長くはない。もうすぐ最下層に着くはずだよ。」
ランタンを片手に先頭で梯子を下りながらヒロトがそのようなことを言うが、後に続く3人はヒロトの巨体のせいで明るさはおろか、視界まで半減されていた。カナに至っては、その小さな背中に抱き着く大荷物のおかげで、足元の注意のみで精一杯であった。
「ヒロトさ~ん!ホントにもうすぐ着くの~!?全然先が見えないの~!」
「今更だが、なぜヒロトが先頭に…。」
「ていうか痩せろ、ヒロト。」
3人とも言いたい放題である。
「まぁまぁみんな。万が一この状況で誰かが手を滑らせてしまっても、ボクが一番下なら受け止められるじゃないか。」
(((………た、確かに!)))
その思いやりなのか自虐なのかわかりかねる発言に、3人とも息を飲んで納得してしまった。
―
そんなやりとりをしているうちにヒロトが地に足を着き、その音が梯子の終着地点に至ったことを後の3人に知らせる。テヰコ、カナ、ジュンと続いて一行は壕の最下層に着いた。
「はぁ、はぁ。こ、ここが壕の中…?」
カナは息せき切った様子で辺りを見渡す。その光景はカナの予想を凌駕していた。
そこは天然の洞穴のような場所ではなく、長い時間をかけてヒトが手掛けたような石灰の壁が、家2軒分ほどの距離をおいて左右に伸びていた。梯子側の壁もそれと並行するようにどこまでも続いている。しかし、カナの視界に見えたものはそれだけではなかった。
(この鉄の棒は…?)
カナが足元を見渡すと、そこには錆びてボロボロになった鉄の柱のようなものがところどころに散在していた。その鉄の柱らしきものも、よく見るとかつてヒトの手によって加工を施されたように均等な形をとっていた。その断面部分は丁の字をかたどっているように見える。
カナが一通り辺りを見渡したところでヒロトが説明する。
「改めて、ここがボク達のご先祖様の見つけた壕と呼ばれるところだよ。」
「…思ったより、整っている場所なんだね。」
カナは素直な感想を述べるが、それこそこの壕の最も大きな特徴であった。
「カナ君は既に気づいているみたいだけど、ここはかつてヒトの手によって開拓されたトンネルの跡らしい。この通り暗いし、どこまで続いているかわからないから、緊急時にはこの梯子を目印にその近辺のみで避難するんだ。そういうこともあって…ご先祖様達が見つけて以来、この壕は誰の手も加えられずそのままの状態を保っている。」
「大昔に見つかった時から、ずっとこの状態だったってこと…?」
ヒロトの話を聴いて驚きを隠せないカナ。
「そういうことになるな。さて、考えていても仕方ねぇ。とっとと行こうぜ。」
今度はジュンが先陣を切って未踏の壕の中を梯子から見て左へ進もうとする。
「待つのだ、ジュン。道は二手にわかれている。闇雲に進むのは得策ではない。」
テヰコの声に1度足を止めるジュン。その際にジュンは足元にあった石ころを軽く蹴飛ばす形になった。それはヒロトの灯りの届く範囲から脱出した―かと思いきや、やがてジュンの足元へ転がりながら戻ってきた。
(左は上り坂…?)
その瞬間を見てカナがふと考え込むが、すかさずヒロトが言う。
「壁がある方角ならおそらく右だよ。何かあるとすれば、こっちから行く方がいいんじゃないかい?」
「…なるほど、ならそうしよう。だが今度は俺が先頭を歩かせてもらうぜ。」
するとジュンは、ヒロトの持っていたランタンをサッと取り、石ころが転がる方向へ悠々と歩き始めた。
「ジュン!君はいつからそんなにせっかちになったのだ?」
「モタモタしていると、“オニ”に先を越されるかもしれないだろうが!」
テヰコが先頭のジュンの後を追い、その後にやれやれと言うようにヒロトが続く。まだ息が整っていないカナは半泣きで3人の後を追う。
「ま、待ってよぉ~!あ、あたしが一番行きたいんだからぁ~!」
―
一行が壕の中を進み始めて、どれほどの時間が経ったであろうか。ヒロトが「点けっぱなしでも1日は余裕で持つよ。」と説明したランタンのロウが既に元の半分の長さまで縮んでいたのだから、それくらいの時間はかかっているのだろう。
「結構進んだみたいだな。お前ら、まだ行けるか?」
ロウの長さの変化を最も近くで見ていたジュンが、他の3人の方を振り向きその場で立ち止まった。
「…ありゃ?いつの間にそんな状態になっていたのかよ。」
ジュンがランタンを気持ち手前に突き出すと、カナを背負ったテヰコと、カナが持っていた大荷物を大事に抱えているヒロトの姿がはっきりと見えた。
「確かに私達はこれでも大人だから、これくらいの距離ならまだ頑張れるさ。」
「でもこんな大きな荷物を背負った小さいカナ君には無理があるよ。」
大人顔負けの知識に、失われた日本語を読む能力を持つ謎の少女。テヰコの背中で寝息を立てているそんな彼女の顔は、ジュンの眼からしても無邪気な子供のそれと何ら変わりなかった。
「……誰…なの…。」
「え―?」
「ハハッ、寝言まで言ってらぁ。よし、今度は俺が持…。―テヰコ?」
役割を代わろうとカナの身体に手を伸ばすジュンであったが、その時のテヰコの青ざめた表情を見て怯む。
その寝言が意味するモノに確証があるかは誰にも知る由がなかったが、カナが「夢」を行動原理としてここまでやってきていたことを考えると、テヰコにとっては疑う余地のないことであった。
そして、ジュンやヒロトにははっきりと聞こえていなかったが―例え聞こえていてもそれが意味する“不可思議な点”には気づかなかっただろうが―テヰコの耳には確かにそう聞こえていた。
「あたし…本…当は…何も…覚え…て…いない…。あの…おじいさん…は…誰…なの…?」
―
同じ頃、壕の地上入口付近では殺戮が拡がっていた。
カナ達によって非常時のみ開かれるはずの壕の扉が開かれたということに、町の住民がいつか味わった危機感を思い出し、壕の入口周辺を民家の中から監視を始めていた。
その直後に悲劇は起きた。
「少し手を汚してしまったけど、こいつらの必死さぶりから間違いないようねぇ?アタクシの“梵玉”も今までにないくらい強い光を出しているわぁ。」
舞い降りる雪で全体が白に包まれていた町は、その歴史で初めて紅に染められていた。
最も紅の濃い壕の入口付近には、その見張りをしていたと思われる住民の死体が10体以上は横たわっている。それもどの死体も腕や足といった身体の1部を切り取られた状態で。
その地獄絵図の中で未だに2本足で立っているのは、この集落の者ではなかった。
「やはり、既にあの子達は聖域へ向かっていったようねぇ。なんであの老人はこんな回りくどいことをさせるのかしらぁ。…でもまぁ、これも世界再編の為よねぇ。」
1人は、金の二つ結いをたなびかせながら右手の蒼玉を見つめて怪しく微笑む少女。
「………。」
そして“もう1人”は、銀の長髪と蒼刀を携え、無言と無表情を貫く長身の女性であった。
続きます。




