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短編もの

王の獣は逃げられない

注意点

*不健全だが糖度は薄い

*考えるんじゃない、感じるんだ……!

*少女におっさんが監禁されている

*またおっさん×少女だ

*むしろ女王(ツンドラ17才)×元護衛(ええ年したおっさん)だ

*これもひどい

「冗談キッツイなあ、王様。うぬぼれるのも大概にしなよ。

 いくらお偉いつったってさあ、たかだか十四の小娘に俺様が本気になるわけないじゃん。

 口先だけの愛してるなんて俺様にゃあ朝飯前なの。お前さんがあんまりにも可哀想だったから、それだけさ。

 ったく、ちょーっと優しくしたら勘違いしちゃって、あーこれだからガキンチョは」


俺みたいな得体の知れない輩を王配にしてはならない。彼女ならば先代のような醜態を晒す事はないだろう。けれどきっと民は不安がる。

彼女にその気は無くとも決してその道へ進まずとも、せっかく終わらせた悪夢を呼び起こす事になる。そうなればこの国は今度こそ滅びてしまう。

それを彼女は理解していた。でも考えに考えて決断してくれたんだろうね。望まぬ王位を継がされて目が回るような忙しさの中、必死にさ。


私はお前を伴侶にしない、けれど生涯伴侶は得ないと。そんなのさ、許されんよ。彼女は王様だもの。周囲から非難の嵐が目に見える。

でも彼女は成し遂げてくれるのだ。なんせ国の為に神の愛子すらぶち殺すようなお方である。不可能を打ち砕く強さを彼女は持っていた。

いやもうどんな愛の言葉よりも嬉しかったね!なんせどんな苦痛を強いられるとしても俺を選ぶって言ってくれてんだもん。だからさ。


いつも通りの薄笑い、でもその口で述べるのは一世一代の大嘘だ。偽る事なんて慣れっこ。なのにその時ばかりは緊張に喉が乾ききっていた。

誰よりも信頼していた相手からの裏切りにさすがの彼女も酷く困惑していた。切れ長のアイスブルーの瞳が零れそうなほど見開かれる。

愛する母を失った時も、憎き聖女様を始末した時も、大切だった父を手にかけた時ですら崩されなかった彼女の相好が今は絶望に染まっていた。

でもそんな弱い姿を見せたのはほんの一瞬。まばたきの間に彼女の瞳は憎悪に燃えていた。視線が刃物と化すならば無惨に切り刻まれていただろう。


「大嘘つきが」


切り捨てられても受け入れるつもりだった。けれど彼女は一つ呟いて俺へ背を向けただけ。それからは何も変わらなかった。

悲しいかな、お互い本心を隠すのには長けている。それにどんなに唾棄すべき存在でも俺は狗として有能だったしね。合理主義な彼女らしい。

そこから思うに俺ってホンット愛されてたんだよね。だって婚姻って政における強力な手札なわけで。それを擲つなんて彼女の性格上考え難い。

苛烈だし一見冷たい印象を覚える顔立ちだけど、それらを差し引いても彼女は美しかった。成人前でこれならば、あと数年もすれば……。


国力や財政も大事、けれど容姿が優れているというのは政略結婚では最大の武器になる。一目でわかるし、使い方では相手を籠絡させる事も容易い。

その気になりゃ血を流さず大陸を支配できるだろうね。本人もいかに己の容姿が傍目から見てどうなのか、どれほど利用できるか、自覚してるもん。

と俺様の愛しの君は政略結婚にゃもってこいの逸材なのよ。なのに俺だけに捧げようとしてくれたわけ。これが愛じゃ無ければ何だというのか。

なんでかねえ。国の為に何もかも己すら犠牲にしてきた彼女がただただ一つ、どうしても欲しがったのが俺とか。悪趣味すぎて目眩がするよ!


……俺もね、愛してた。いいや今も愛してんの。いっそ中途半端な気持ちだったら受け止めてたんだろうけどさ。参った事に本気なんだよ。

先々代から託された時は子守の対象としか考えてなかったのにね。いつの間にか、その手折れぬ強さに惹かれている自分がいた。

もう一生分の苦難を歩いてきたんだ、これ以上辛い思いをさせたくない。だからお天道様の元に出られぬような男に縛られてほしくなかったんだよ。


◇◇◇◇◇


その結果、逆に俺が縛られる事になるとは思ってもみなかった。この黒々とした手枷足枷とはもはや三年の付き合いである。

いや、まあさ、昔は多少ヘマしたからこういった事は初めてじゃない。でもまっさかこの年で監禁される羽目になるとは。さすがに予想できない。

俺、道具としては一級品なんだもの。使えるものは何でも使う彼女が復讐がてらに飼い殺しコースへ踏み出すなんてわからんよ!


あれは忘れもしない、茶番から一月後。城にいる殆どの者が知らぬこの部屋へと呼び出された。そこで彼女から葡萄酒を差し出されたのだ。

飲め、と。口を付けてすぐに盛られてる事には気付いた。ま、飲み干しましたよ、もちろん。愛しの君に殺されるなら本望ってね。

お酒は当然ながら多少の毒にも耐性あるんだけど、かなり強い薬だったらしい。速攻意識が朦朧としてばたんきゅーってな。

案外あっけない死に方だったなあ、なあんて呑気に考えていたんだけどなあ。手足に拘束具付けられた状態で目覚めちゃいましたと。


そんな経緯で俺は監禁された。この部屋に訪れるのは最低限の世話役たる男と彼女だけ。世話役は俺と同じ匂いがする輩だった。賢明な判断だ。

おそらく彼女の命だろう、奴は喋らない。何てこと無い事から情報を察知するのも語らせて引き出すのも俺のお得意だから。わかってらっしゃる。

だから自然と話し相手は彼女に限られてくるが……もともと無口な性格だ。おかげで俺が一方的に喋るばかり。いいかげんネタが尽きそうだ。

面白い話題とか、いやらしい噺なら、十年でも続けられるんだけどね。ああいうのもいけ好かない奴となら楽しむけどさ、相手が悪すぎた。


彼女は頻繁に部屋へ訪れる。今の関係上、居心地が良い訳ないのにね。執務を終えた後や休日になるとやってきては読書したりうたた寝したり。

枷に安心してか護衛も付けないとは警戒心が足りない。そりゃこんな薄暗い事知られたくない気持ちはわかりますけどね。

先々代からも俺からも口酸っぱく言われてるでしょうが。男は獣。俺様に散々抱かれるよりもえっろい事されたの忘れちゃったわけ?


そのけしからん胸とか魅惑の腰つきとか肉感的な太ももとか、お前さんが考える以上に攻撃力高いのよ。おかずにしてもいっぱいいっぱいだって。

頼むから体のラインが丸わかりなネグリジェとかご勘弁くださいな。他にも色々、とんだ生殺し。もしかしてこれも復讐?なら凄まじい拷問だわ。

だとしても舐めすぎだって。お前さんの剣の腕前はお見事だけど教えたの俺よ?そもそも女の細腕なんて身一つで簡単に組み伏せられるんだから。

仕留めるぐらいの罠を張るとか、立てなくなるまで痛めつけておくとか、念には念を入れておかなきゃ。トラウマ体験すんのはお前さんよ。


「あーあーもう全く、無防備に眠ちゃって」


そんな事を思ったのは、今も二人きりの部屋で彼女は机に突っ伏し安らかな寝息を立てているから。苦笑いが自然と浮かぶ。

自分にしか聞こえない程度の小さな独り言。起こさぬよう足音を殺して彼女に近づく。ある程度距離は置いて、何があろうと触れはしない。

彼女の場合、殺意は無くとも気配を感じたら速攻飛び起きる。普段は気の休まる時なんてないだろうから今ぐらいはゆっくり寝かせてあげたい。


ここ数日顔を見せないと思っていたら薄く隈ができていた。最近特に忙しそうだったもんね。その理由を俺は知っている。結婚話のせいだ。

予想通り、臣下からしつこく責められてる。礎を築くには手っ取り早いし確実だからね。だけど彼女は断固して首を縦に振らない。

婚姻に頼らずとも問題ないと示す為、ただでさえ働き者の彼女は身を砕いてる。こうなるとわかってたから泣く泣く身を引こうとしたのに。


両手首を纏めるタイプの手枷は確かに力が入りづらい。でも彼女の細い喉を絞め潰すぐらいなら何てこと無い。いやしないけどさ。

それに足枷も部屋中を行き来できるほどの長い鎖が使われている。鉄球でも付いてたならともかくこれじゃ拘束という目的はあまり果たせていない。

手足切り落としてだるまにしちゃうとか、そこまでしなくとも筋を断ち切るとかしなきゃ、俺様には意味ないんだって。そう仕込まれてんだから。


音を立てないよう注意を払い関節を外す。鉄の塊は簡単に俺の左手首から抜けていった。他も同様の手順を繰り返せば、あっという間に自由の身。

何年胸を張れないような世界で生きてきたと思ってんの。縄抜け枷外しなんて基本中の基本、チョロいもんさ。彼女なら知ってると思ったんだけど。

ついでに言っちゃうなら鍵開けだってお手の物。単純なものなら針金一本、この部屋ぐらい頑丈でも最早目を瞑ってても開けられますよーだ。

だから監視が無いのを良い事に俺様しょっちゅう部屋抜け出してるんだよね。情報収集とか、あと動かさないと体すぐ鈍っちゃうし。

それで彼女や世話役が来る時間帯には戻ってきて籠の鳥を演出してるわけです。バレないよう今みたいに拘束具付け直してね。

なんでそんなクソ面倒な事するのかって?逃げられんからだよ、いや追っ手が怖いとかそんなんじゃないよ。ただね、俺も欲望には勝てないの。


離れるのが一番だってわかってるさ。でも愛してるんだもの。彼女の為にならないとしても傍に居させてほしいわけ。だから逃げられないんだよ。


◇◇◇◇◇


俺様は今でこそ裏舞台の人間だけど元々いいとこの坊ちゃんなんだよ。どのくらいかって言えば、彼女に婿入りできるぐらい。凄いでしょ。

とは言っても俺以外の一族郎党皆殺しで没落してんだけど。たまたま良い事が続いて勢いづいた事に調子乗って謀反なんぞを目論んじゃったからね。

先々代、つまり彼女のじっさまは恐ろしく優秀な人で、俺の家のお粗末な計画なんて早々に気付いたんだよね。で、少し泳がせてさくっと暗殺。

普通なら見せしめにするんだけど、うちぐらいになると逆に便乗しかねないから、よし隠すかって事になったらしい。一応名誉の為もあるんだけど。

うちはそれまで王家から厚い信頼を得てたんだよ。謀反起こした当代は許さないが長く報いてくれたから反逆者の汚名は被せないでおこうって。


そんな鬼畜生で恐ろしく冷静な陛下は俺へ選択肢を与えたの。死ぬか、闇の者として残るか。この時俺まだ鼻水垂らしてたようなガキよ?

だからこそ生かしてくれたんだろうけどさ。意味分かってなかったけど血族の無残な死に様見てたから、ああなるのは嫌だと後者を選んで。

いっそあの時死んだ方が楽だったんじゃ無いかなあと思うぐらい、ビッシバッシ躾られたよね。おかげで今や立派なわんこですよ、ええ。


こんな感じだから冷酷無残と謳われた先々代だけど、彼にも一つだけ人間らしいところがあって。それが病気で夭折した王妃様のこと。

あんまり良いお家の生まれじゃ無かったけれど、圧倒的な政治手腕できゃんきゃん煩い周りを悉く黙らせて娶った最愛の女性。

彼が妻にしたのは生涯彼女だけだった。残した子も彼女が生んだ男児のみ。その美貌と賢才から死の間際まで数多の女から求められていたのに。

めちゃくちゃ一途だったんだよ。骨抜きとはああいうことだろうね。俺にもたまに惚気てたよ、真面目な顔でね。あと孫が嫁似で可愛いとも。

でもどう考えても彼女は先々代似だよね。確かに顔は祖母なのかもしれないけど、アンタの性格そっくりそのままじゃねーか!遺伝子怖い!


経緯が経緯だけど先々代の事は嫌いじゃ無かった。一族殺されたって言っても何の思い入れも無かったからね、典型的な貴族の家だったし。

それに仕えたいと思わせるだけの器量があった。彼もそんな俺の忠誠を見抜いてた。だから彼女を任せてくれたのだと思う。

彼女は先々代の再来だと騒がれるだけの素質を持つ故に王として、それから祖父として可愛い孫娘を守ってほしかったんだろう。

数ある狗の中でも俺は一際優秀だもんね。ただ「お前程度の容姿じゃ考えにくいが孫に手を出したら祟るぞ」と女性関係は信頼されてなかったけど。

出してないよ。出したくないと言ったら嘘になるけど。ただこうなった以上もう出せんよ。だから安心してくたばってて、もう化けて出ないで。


先々代は息子を愛していなかったわけじゃない。にも関わらず俺を直接孫に継がせたのには訳がある。彼には俺を使いこなすだけの力が無かった。

あいにく先代、彼女の父親は凡才で。まあ先々代を基準にするからそう感じるのかもしれないが、国を守る事には長けていたが育てられぬ王だった。

だから彼は婚姻を政略に使って、臣下の言いなりにはならなかったが争う事もなく、父王とは違った彼なりの方法で穏やかに国を治めていた。

嫁いできた妃との仲は良く、愛情こそ芽生えなかったものの、子を成した彼らの間には友情が宿っていた。戦友のような間柄だった。

他国との争いは無く、国内の情勢も安定していて、富まずが餓えぬ平凡な幸福。そんな日々が続くものだと誰もが信じて疑わなかった。


全てが壊れだしたのは神殿の連中が異界から喚んだ聖女様とやらのせい。奴は見かけこそ愛らしいが……魔物のような、否、災厄そのものだった。

身勝手に召喚されて帰れなくなった奴を不憫に思った先代は城で保護する事にしたのだ。恩を仇で返されるなんて思ってもなかっただろうね。

それに感謝した奴は国中を周り、神の愛子たる力を使って様々な問題を解決した。それだけなら女神様と呼称しても良かったよ。

ただ優しくお美しい聖女様は有力者、それも顔の良い男達を軒並み陥落させやがった。先代もその魔性に当てられてしまった。

恋に狂った先代は立場を忘れて妾にした奴の元に入り浸った。他の下僕達……つまり国内の権力者達と争ってまで奴を選び続けた。


王が堕落してもこの国が保てたのはひとえに彼女の母君の尽力があったから。あのお方は骨身を削り混乱を鎮めて国を守り続けた。

だが彼女が十二の時、辛労がたたり、あのお方は早世してしまった。彼女は奴によって両親を奪われたのだ。そして彼女は若くして王座を得た。

本当ならば彼女の夫か子が王を継ぐはずだったのだ。どんなに甘い考えだとしても望まぬ冠がいかなる重さか、先代は痛い程わかっていたから。

王子ですら全面的に認められるわけじゃない。姫となると苦難は更に深まる。だから彼は先々代を思い出させる男を待っていた。

自分のよう心安まる人と結ばれてほしい、それまで自分が王座を守ろうと。愚かな程、優しい人だった。呆れながらも自分も協力するつもりだった。

でも最早その願いは届かない。先代はすっかり変わってしまった。それに彼女は民に求められる王となっていたから。


奴が及ぼした被害は尋常じゃ無い。だから多くの権力者に慕われているが、それを覆すほどの恨みも奴は買っている。

だが奴には大きな武器があった。人智を越えた奇跡の力、神の寵愛を受ける者の証が。故に誰も彼女に手出しできずにいたのだ。

奴がいかなる邪悪な存在だったとしても神殺し。だから人々は躊躇した。奴はそれを良い事に増長し始める。


でも彼女は恐れなかった。己は神の子だと訴える奴を鼻で笑い、庇おうとした父を迷わず切り刻み、聖女の首を一振りで刎ねた。

こうして国を貶めた魔物はあっけない終わりを迎えた訳だが、まさか彼女自ら手を汚すとは思わなかったよ。これにはさすがの俺もたまげたね。

付いてこいって言う位だから俺に始末させるつもりなんだって。俺、天罰なんて端から信じてないし、人を仕留め慣れてるから適任だし。

自ら傷付きに行く必要なんて無いのにね。今更だけど俺を使ってほしかったよ。王様を守るのが俺様の役目なんだからさ。


国を歪めた元凶を滅ぼした彼女を英雄視する者は多かった。でも少なからず非難も浴びた。主に神殿の連中みたいな信心深い輩から。

彼女は何でも無いように振る舞ってたけど、内心ボッロボロなのはわかってた。だから俺様、暗躍しましたとも。色んな意味で黙らせたよね、うん。

これからも辛酸を舐めさせられる人生だもの。ちょっとでも背負ってあげたかったんだよ。おこがましいのは承知の上、故に秘密裏にね。


ただ俺も人間だから時には失敗しちゃうもんで。相手は始末できたんだが、しくじって怪我させられちゃったんだよね。肩をざっくり。

痛み止め飲んだし血の匂い消してるから大丈夫だと思ってたけど勘付かれた。先々代も鋭かったけど、彼女は更に優れてたみたい。

経緯から理由まで事細かに吐かされた挙げ句に平手打ち。いやん踏んだり蹴ったり!とか泣きそうになったけど、次の瞬間に全部ぶっ飛んだ。


「……馬鹿が」


真正面から抱きつかれた。顔は見えなかったけど、か細い声に震える腕。それで悟った。ああやっぱり気のせいじゃなかったんだって。

涼しげな眼差しが俺を見る時だけ熱を帯びているように感じた。年々強まる熱量に見て見ぬふりができなくなりはじめた矢先にこれ。

成人まであと三年もあるお子様じゃん。と言い聞かせてみたけど、ときめく胸に手遅れだと。さくっとやられちまいましたとさ。


浮かれてちゅーを迫ったところ、めっちゃくちゃ冷たい目で見られたけどね。ならばと愛してるー!って抱き返したら鳩尾に拳食らった。

俺様鍛えてるから腹筋には自信あったんよ。でも超至近距離からモロに入ったせいで悶絶しましたとも。目にも止まらぬ早さに的確さ、容赦ねえ。

でも蹲りながらあんまりの仕打ちにあかんこれ気のせいだったと後悔し始めてた所に「けだもの」ってぼやきながら口付けてきたからね。

おかげでこれっぽっちも赤面しないし全然表情変わらないけど、そのツンツンっぷりが彼女なりの照れ隠しだとようやく気付いた。


それからの二年間は程よくいちゃつきながら、時に殴られ、たまに蹴られ、だいたい罵られ……若干バイオレンスながらもお互い愛を深めて。

次第に自分の愛情は重みを増していた。別に最初が軽い気持ちじゃなかったけどさ。ここまでゾッコンになるのは予想外だったんだって。

まさか俺様がこんなに面倒な男だったとは衝撃だった。まあ彼女がいい女だから仕方ないよね。男は女に変えられるもんってな。

下心も無く贈り物なんて初めてだったよ。それが耳で光ってるの見てにんまりしたり、色違いのお揃い渡されて喜んだのもね。


さすが先々代の孫娘と感心させられる政治手腕。そこに加えて日を追うごとに匂い立つばかりの美しさ。おかげで周りの男はほっとかない。

元々政略的な意味で絶えなかった求婚にも次第に愛情の含まれたものが混じり始めた。秘密の恋人である俺様はもう焦りましたとも。

不安からスキンシップ過多になってよくぶん殴られたりもしましたよ。けだものに始まり、口にするのは憚られるような雑言も食らいましたよ。

でも結局受け入れてくれたんだけどね。ただ最後までは行かなかった。未成年なのもあるがそれ以上に脳裏に先々代の顔がちらついてだな。


あともう一つ。彼女の将来を考えると、どうしても躊躇してしまった。今までの俺からは本当に考えられないよ。相手の事を思って我慢とか。

欲しくてたまらないけど、俺と彼女は正式には結ばれない。いずれ彼女は他の男を選ばなきゃいけない。彼女は王様だから、俺は王様の狗だから。

例え政略的なものだったとしても彼女の両親のように睦まじく過ごせるかもしれない。もしかしたら愛情だって育まれる可能性もある。

そう思ったから、狗として生きていく未来を、彼女から手を離される覚悟を決めていた。そんなタイミングであんな告白されるなんてね。


◇◇◇◇◇


「あ、やーっと起きたんだ、王様。ぐーすかぴーすか呑気なもんだねえ。

 襲われても文句言えないよ。まあ俺様はお前さんなんぞ、ごめんですけどね」


ぼんやりと氷色の瞳が俺を見る。瞼が開くこの瞬間まで飽きもせず彼女を見つめていた。そんな心情など悟らせぬよう嫌みったらしい口を利く。

この三年間そんな態度をとり続けてきた。忘れてた罪悪感が甦る程。彼女の憎しみを膨らませ、俺を捨て去る事を当然とさせる為に。

そんな俺を彼女はただ冷え切った眼差しで見つめるだけ。何も言わず、ただ俺の侮辱を聞き流す。どうでもいいと言わんばかりに。


「何も気付いてないと思っていたのか、この大嘘つきの馬鹿犬が」


なのに今日は違った。久々に向けられた声は相変わらず澄んでいて。普段ならいつまでも聞いていたいと浸っていた。

だがさっきの意味深な言葉が妨げる。それでも稚拙な負け惜しみだと嗤おうとした。だが伸びてきた嫋やかな手がそれを許さない。

白魚のような指が耳朶に。正確にはぶら下がる薄い青の石へと。自らの瞳と同色の耳飾りに触れながら彼女は呟いた。


「お前は私の為に嘘を吐く時、必ず耳飾りに手をやる。気付いてなかったか。

 母上が元気になると励ました時も、父上の目は覚めると慰めた時も、自らの怪我を隠した時も、私の求愛を拒んだ時も、いつだって」

「何、揺さぶりかけてるつもり?そんな出任せで」

「私がどれだけ昔からお前を見てきたと思ってるんだ」


その一言に黙り込んだのは負けを確信したからか、それとも歓喜に心が震えたからなのか。たぶん両者とも正解だろう。

まさか自分にそんなクセがあったなんてねえ。優しい嘘なんて柄じゃないせいか、知らず知らずに縋ってたと。飾りの贈り主から考えて納得する。

彼女に贈られる前に付けていたのは先々代からの褒美。あの人も彼女も折れぬ人だった、だからきっと触れる事でその強さを分けてもらおうと。


今更遅いが彼女を欺くならば外してしまうべきだった。買い換えたって良い。ならば信憑性も増した事だろう。

自分でも矛盾してる事は気付いてたさ、だがどうしても彼女の贈り物を俺は外す事すら適わなかった。その心を捨てきれなかったのだ。

中途半端な仕事しちゃってバッカでやんの。結局俺様は王の狗じゃなくて、女王様を愛する獣を選んだわけだ。


おかげで全部台無し。何を言っても彼女には言葉の裏を知られてしまう。あーあーしくじった!やらかしちまったよ、畜生!

嘘については大ベテランの俺様がこんな下らないミスしちまうとはね。あんまりの自分のアホらしさに乾いた笑いが零れた。

自嘲する俺に対して彼女は静かに目を伏せる。ほんの僅かに下げられた眉、それでも十分すぎるほど彼女の嘆きは伝わってきた。


「私はお前さえ、ルートが頷いてくれれば何も恐れなかったのに」

「……ロゼ」


あの日から呼ばれなくなった名を口にする彼女。釣られるように俺も呼べなくなった愛称を呟いていた。それだけで泣きそうになる。

俯いたロゼの細い肩が震えていた。俺は何も分かっていなかった。彼女の為と言いながら、見当違いの思いやりを押しつけていた。

ごめんと謝りながら彼女を抱きしめる。情けなく縋る俺に彼女は……ヒールの踵で思いっきり足を踏みつけた。激痛から反射的に飛び退く。

声にならない声をあげてしゃがみ込んだ。半泣きの俺を見下すロゼは唇の端を歪めている。いかにも根性の悪そうな笑みだった。


「だというのに貴様は随分と私を侮ってくれたな」

「えっ」

「部屋から抜け出す、据え膳してやってるのにスルーする、嘘とは言えひっきりなしに罵る。

 馬鹿にするのも大概にしろ、好き勝手しやがってこのクソジジイ……!」

「あ、あの、ロゼッタさーん?」


珍しく饒舌に語ったならば出てくる言葉の汚い事。どこでそんな下品な口調覚えたのさ。ビビってつい敬語になっちゃったんだけど。

というかクソジジイってお前さん仮にも惚れた男にそれは。つーか時折やたら扇情的な格好で来るアレ誘われてたの?うっそおん!

にんまりと浮かべられた笑みの凶悪な事。思わずひいっと逃げ腰になった俺は間違ってないよね!これなら怒鳴り散らされた方が百倍マシ。

彼女の後ろにどす黒いものが見える。ついでに何故だか先々代まで思い出す始末。どうしよう、嫌な予感しかしない。口角が引きつる。


「お前も知ってるだろう、北の国境周辺がごたついていたのを」


あそこは彼女が生まれるから揉めていた場所だ。国境という所以から重要な地、そこの管理を任されるというのは高い地位を持つという事。

北の国とは古くから交流を結んでおり今も友好な関係が築いている。おかげで都こそ離れてるものの長閑な土地だと言って良い。

それなのに誰も治めたがらなかった。けれど置かぬ訳にはいかないと子に恵まれなかった独り身達へその役目は押しつけられている。

今治めてる老君も早く引退させてくれと泣きついているらしい。そりゃ嫌だよね。統治していた一族が突如失踪した曰く付きの場所なんてさ。


「正統たる世継ぎが見つかったから彼にあの地を譲る、正確には返す事にしたんだ。

 ただ彼はもう年だ。このままでは二の舞だから子が生まれた後の話になるがな。

 それでも離れられるならと今の当主含め多くの者が歓迎してくれたが……何分古狸共が煩くてな。

 随分時間がかかってしまった。だがようやくそれも終わりだ」


そりゃ長年行方不明になっていた輩じゃ不安だよね。領主としての教育受けていない可能性も高いし、習ってても無能かもしれない。

何よりお坊ちゃんの時から数十年も経ってるんだから本人かどうかも怪しいしさ。証明できるようなもの、例えば紋章でも持ってないと無理だよね。

ついでに言うなら唐突に現れて美味しい所かっさらってく以上、求められるハードル高いよ。貴族の見本ぐらいの品位を感じさせる奴じゃなきゃ。


……そいつさ、かの名君たる先々代から領地どころか国の統治術まで教えられてるし、彼から孫娘託されるぐらい仕事ぶり認められてるけど。

勢力ある商人から他国の王侯貴族まで色んな所へ潜入させる為に、高貴な振る舞い方やら心得も完璧主義の先々代が納得するまで習得させられたね。

いやでもそんな都合良く身元を表すような物なんて残って……そういや引き取られた時に印璽預けてたな……。見つけたんだろうね、この顔じゃ。


「私は彼を婿にもらう。だからルート、お前は用済みだ」


お前の望み通り、王の狗じゃ無く貴族と結ばれてやろう。宣言した彼女は俺から拘束具を外す。解放されたけど動けるはずも無い。

俺の心情なんぞ全部見抜かれていたらしい。で、信じ切れなかった事をすっごく根に持ってるのもよく分かった。これが彼女の復讐だって事も。

主に逆らった犬にはお仕置きってか。効果抜群だよ、完膚なきまでに打ち砕かれましたよ。これからの苦行を考えて目の前が霞む。


話を更に詳しく聞くと、必ず二人以上子を成し、どちらの家も継がせる条件で既に許可させたらしい。退路を与えないその手口先々代そっくり。

彼女に世継ぎを求めてる臣下からすれば、一刻も早い子を望まれてるお相手はぴったりだったんだろうね。しかもロゼが乗り気ときた。

目的の為なら多少は妥協するしかないと思ったのか。彼女に政略婚なんて必要ないと悟ったのか。善王のただ一つの我儘に目を瞑ったのか。

……全部だな。古狸っていう位だから、おそらく先々代の一件を味わってる。それで身に染みてるんだろう。勝てるわけが無いのだと。


なんで俺忘れてたんだろうね。先々代が愛の為ならば、ありとあらゆる手段使ってたの。絶対できるはずの無い婚姻をやり遂げたのを。

そんな彼の血をロゼは色濃く受け継いでるって。さっきの条件揃ってても無謀。けれど結果はどうだ、彼女の大勝利である。

何にも知らなきゃその笑みにきっと見惚れてたんだろうけど。今の俺にゃ、その頭に角が見える。青ざめる俺へ抱きつき彼女は耳元で囁いた。


「もちろん喜んでくれるよな……ルドヴィート・ヘイダ・ハンゼルク辺境伯?」


愛してる。ただその一言でこれからへの憂鬱なんか吹き飛ぶ俺様って単純。抱き返して口付ける、舌を入れたら背中を掴まれた。爪は痛い。

それでも離さない俺に「けだものが」と怒って、けど瞼を閉じてくれる。彼女の耳で俺の紫がきらきら輝いていた。渡したあの時からずっと。

お前さんも外せなかったんだね。その本心に期待して縛られる俺様みたいな馬鹿な獣、こんな可愛い女王様から逃げられるわけなかったわ。

キャラ紹介


ロゼ(ロゼッタ・ベキス・アントネラ)

女王様、立場的にも性格的にも。ルートは尻に敷く者。

本編からは感じにくいがルートの事は凄く愛してる、ヤンデレ一歩手前。もう片足突っ込んでる。

ルートが裏切らなかったら未婚で子だくさん。伴侶にしないと言ったが子供を作らないとは言っていない(ΦωΦ)


ルート(ルドヴィート・ヘイダ・ハンゼルク)

中年の自覚はあるが認めようとしない年齢不詳。たぶん三十代後半。

ロリコn……犬。残念臭が漂うけど優秀な人。ちゃんとすれば格好いい。じゃないと胡散臭さが拭い切れない。

うっかりロゼの地雷を踏み抜いた結果しなくていい苦労をする羽目になった。本当に有能かわからなくなってきた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 多少病んでてもカッコイイ( ☆∀☆) 口調がスゴい好きです! 彼の一人称で語られたところがスゴく良かったです!
[一言] 面白かったですー(小並感)。 かなり好みの作風だったので、偶然にも見つけられてよかった、と心から思いましたまる
[良い点] とてもおもしろかったです。 おじい様もしかして、孫の婿候補としても鍛えていたりして? 手出しら云々は本気でしょうが。孫娘はおじいさまに駄犬?を婿にとねだっていそう。おじい様、自分を振り返り…
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