骨盗人
又十が化け物退治をしようと思い立ったのは、その化け物に、親父どのの墓が荒らされたが為である。
三月ほど前から、村の墓所には怪事が起きる。ある者は夜半鼠鳴きの声を聞き、またある者は夜闇を飛び交う怪火を見た。
けれどそうした奇異が現れるのは必ず夜更けの墓場でであり、斯様な刻限に墓所に用のある者などそうありはしない。座り心地は悪いが、放っておけば害のないものであろうと誰もが無視を決め込んだ。誰しもが下手に構いだてして藪蛇になってもつまらないと思ったのである。
だが数日前、又十の親父どのの墓が暴かれた。
親父どのが死んだのはもう十数年も昔の事であるから、漁ろうにも死肉などは残ってもいない。ただ骨があるばかりなのだが、どうも化け物の用件は、その人骨にこそあったものと見えた。
掘り起こされて墓の前にばら蒔かれていた親父どのは、どうにも目方が足りぬ様子だったのである。
又十には信心が無い。またもし仮に人が死んで仏になるのであれば、仏がこの程度で腹なぞ立てぬだろうとも思っている。だが親父どの遺骨を汚され奪われたとあっては、どうにも心持ちが良くなかった。
幸いと言うべきか、又十の生業は猟であり、夜目も利けば鉄砲の腕も相当である。
しこうして又十は、深夜墓所に赴いたのであった。
晩夏とはいえ夏であるから、夜といえども蒸し暑い。薮蚊も煩く、じっとりと肌に汗も湧く。不快を堪えて、又十は墓地の樹上で額を拭った。
己が在るを悟らせずに化け物を待つべく、又十は夕刻のうちからそこに腰を据えていた。
夜半を過ぎても星は明るく月は清けく、又十の目には十分な光量である。油紙に包んだ鉄砲を抱え、待ち撃ちの心構えでじんわりと時を過ごしていると、不意に何も無い中空に、青白く火の玉が浮いた。
ひとつ、ふたつ、と見るやそれはたちどころに数を増やして、白々と墓場を照らす。怪火の大元を探らんと、又十が目を凝らすと、そこに一匹の狐が見当たった。
狐は一尺にも満たぬ子狐であった。首の和毛を逆立てて、何やらにふうふうと息籠めている。
狐がふうっと力めば、怪火はその数を増してめらめらと燃え、息継ぎの一休みを入れると、火勢は徐々に収まって、辺りはゆっくり闇へと戻る。
抑揚は子狐のものと狂いなく一致して、下手人は違う事なくその狐だと知れた。
また又十の目は、狐がくわえているのが骨のようであるとも見てとった。狐族は古くから、人骨を用いて狐火を起こすものである。化け物の正体が狐であるなら、なるほど親父どのの骨を攫ったのも合点がゆく。
さては憎い奴。狐公め、一撃ちに撃ち殺してやろう。
又十はそう思ったが、しかしよくよく見れば、子狐は大層懸命な様子である。畜生にしては珍しく、克己努力に熱心な性質であるのやもしれぬ。
しばらく思案してから又十は苦笑し、
「殺生は猟師の業。されども無益なそれは来世に障ろうよ」
わざと狙いを外して、ことりと引き金を絞った。
轟いた銃声に、てっきり撃たれたと思い込んだか、子狐はきりきり回ってその場に伏した。又十は木から滑り降りるや大股に歩み寄り、狐の首根っこをきゅっと抑える。
「お前のような子供が一端を気取るから、このような怖い目に遭うのじゃ。以後慎めよ」
そう言い含めて狐を逃がした。
それから月明かりを頼りに親父どのの骨を拾い集め、家に帰って仏壇へ、骨と酒とを供えて眠った。
翌朝又十が表に出ると、取ったばかりの魚が数尾、戸口にちょこりと置き去られていた。