第7話 君、失礼すぎない……?
子供は強い感謝と同時に、強烈な罪悪感を抱いていた。
自分のために、優しい教祖様が傷ついてしまった。
普段優しいダリアやハメルでも、そんなことになってしまえば、とても怒ってしまうだろう。
子供の時からしっかりと教育されているため、今の出来事がとてもうれしいことで、しかし決してライアーにさせてはならないことだということを理解していた。
「教祖様、ごめんなさい。僕……」
「いいんですよ。あなたが私たちのために怒ってくれたことは、とても心に届いています。ですが、ここが危ないのもまた事実です。違う部屋にはハメルや、じきにダリアも来るでしょうから、そちらで待っていてください(お前のせいでなんか守らないといけない感じだったし、俺が傷ついたじゃねえか。ふざけんなよガキ。はよ失せろ)」
「う、うん、ありがとう……」
痛みがあるだろうに、ライアーは子供に対して優しい笑みを浮かべ、あまつさえこの場から避難するように言った。
子供は暖かい感情を抱く。
助けてもらった深い感謝と、大人になれば……いや、今からでも必ずやライアーやマガツヒ教のために役に立とうという強い決意を抱きながら、彼は去っていった。
将来の、とんでもない狂信者を育て上げた自覚は、ライアーにはなかった。
「大丈夫ですか、ライアー?(ナイスファイト! この調子でわたしの肉壁にもなってちょうだい!)」
「ええ、大丈夫ですよ。ありがとう、ユーリエ(ふざけんなエセ聖女! 俺じゃなくてもお前が庇えばよかったじゃねえか!)」
「素晴らしいな」
目の前では、教祖と聖女がお互いのことを思いやって笑顔を浮かべあっている。
そんな彼らをたたえるように、ゴールは拍手をした。
「子供を守るその自己犠牲の精神。お互いを思いやる慈悲の心。俺にはさっぱりないもので、理解ができないものだが、そこまで貫き通している姿を見ると、素直に驚嘆する」
官憲が言ってはいけない言葉だが、誰もそんなことは気にしない。
少なくとも、この場にいる者は。
「で、そんな善人なお前らならわかってくれるよな? お前らはどっちを選ぶ?」
凄むゴール。
想定外だったが、ライアーに暴力をふるえたのはよかった。
人が委縮する理由の最も大きな要因は、暴力である。
苦痛から逃げたい、避けたい。
そう思うと、人は冷静な判断を下せなくなる。
賄賂なんて、もらう方もマズいが、渡す方もマズい。
冷静に考えれば、この提案を受ける必要はなく、他の官憲に相談するべきなのだが……。
表の一般市民、納税者であればそれも通用したが、ライアーたちはスラムの住人で、滞納者である。
そして、この世界、この国では、滞納者は公共サービスを受けることはできない。
官憲に訴えたところで、誰も取り合わないだろう。
万が一被害届を受理されたとしても、必ず後回しになる。
その間に証拠隠滅など容易だし、そもそもその加害者が官憲だとすれば、捜査をする官憲側が罪を認めるはずもない。
加害者が官憲で、被害者がスラムの住人という案件を、誰がまともに対応するものか。
「賢い選択をしてくれよ? 俺だって、ここにいるガキどもを痛めつけたいわけじゃないんだ」
ニヤニヤと笑いながらとどめを刺す。
こういった善人は、自分が痛めつけられるよりも、周囲の人間に害がもたらされることを恐れる。
先ほどの子供をかばった行動から見ても明らかだった。
そして、ゴールの目論見通り、ライアーは屈した。
「わ、わかり、ました……。ここにいる皆さんにだけ、今回のみ、お支払いさせていただきます。ですから、どうか……(べっつにガキを痛めつけられてもどうでもいいけど)」
「おお、さっすが教祖様。賢いねぇ。いいぜ、それで手を打とう。なーに、安心しろ。俺たちがいる限り、あんたらのことはちゃんと守ってやるよ。なにせ、善良な市民だからな」
悔しそうに顔をゆがめる教祖と聖女。
そんな彼らの肩をたたきながら、ゴールは満足げに笑った。
これで、私腹を肥やすことができる。
金はいくらあってもいいものだ。
「…………」
そんな様子を、無機質な無表情で見つめていた幾人のマガツヒ教信者がいたことは、誰も気づかなかった。
◆
「ふざけんなよ、マジ……。まだ痛いんだけど……。これ、痕になったらどうしてくれんの?」
蹴られた場所をさすりながら、俺は吐き捨てるように呟いた。
すでにゴールたち税金泥棒は、教会から去っている。
あっちの目的は果たしたからな。無駄にスラムにいたいとも思わないだろう。
俺の蹴られた場所を見てなんだかうれしそうなユーリエは、冷たく微笑みながら口を開く。
「別にいいでしょ、男なんだから」
「男女差別はんたーい!! お前が蹴られたらよかっただろ!」
ゴールが孤児を蹴ろうとしたときに守るのは必須だ。
なにせ、心優しい教祖様と聖女様で通っているのだから、庇える状況なのに庇わなかったと知られると、俺たちの評判にケチがつく。
あの場ではほかの信者が見ていたとは思わないが、いつどこで誰の目があるかはわからない。
だから、完璧に演技をする必要があるのだ。
しかし、そうであるなら俺かユーリエか、どちらかが庇えばいいのだ。
つまり、どちらかが痛い目にあって、どちらかが甘い蜜を啜れる。
後者は、後で心配するふりをすればいいだけだし。
今回は、俺が前者でユーリエが後者になってしまった。
俺の苦情に対し、ユーリエはふんっと鼻を鳴らした。
「うっさいわね。あなたのどこにでもありそうな皮膚と、わたしの柔肌。どっちが守られるべきかは、一目瞭然でしょ」
「俺じゃん」
「ふざけんな。考えるまでもなくわたしよ」
恐ろしい形相でにらみつけてくるユーリエ。
……お前にそこまでの価値はないんだぞ。
「それにしても、あんなにひどい官憲がいるなんて……。確かに、納税できていなかったのは悪いことだけど、賄賂を求めるのはおかしいよ!」
怒りをあらわにするマガツヒ様。
別に、俺は賄賂は否定しない。
それでメリットの方が大きかったら喜んでするが、今回はこっちにデメリットしかない。
だから、腹立たしいのだ。
「安心してね。僕の筆頭信徒をいじめた報いは受けさせるから。ちゃんと呪いかけたもんね!」
「おっそろしいこと平然と言わないでくれます?」
ニコニコ笑いながら何をとんでもないこと言ってんだ、この女神。
呪いの種類はどんなものなのか。
正直、ゴールたち官憲がどうなろうと知ったことではないのだが、呪いがこっちにかけられる可能性もあるので、詳細を知っておきたい。
だって、俺たちマガツヒ様のこと、思い切り利用しているもんな……。
「……マガツヒ様って邪神だったりします?」
「し、失礼な! 僕はちゃんと善神だよ!」
くわっと怒りをあらわにするマガツヒ様。
……善神が人間に呪いかけるの……?
世も末じゃん……。
「それにしても、賄賂を渡しちゃってよかったの? ああいう輩って、一度譲ったら何度でも強請ってくると思うけど……」
「そうですね。だから、もう同時に普通に納税しようと思っています」
俺の返答を聞いて目をぱちくりとさせたマガツヒ様。
そして、俺の顔を見て信じられないものを見る目をするユーリエ。
君、失礼すぎない……?




