第2話 ダンボールの中の魔法少女と、ボクの膝の上の小さな天使
兄とあーちゃんがアパートに来てから、数十分。
部屋の中はまだ引っ越し直後そのままだった。
ダンボール。
ダンボール。
そしてダンボール。
生活感というより、倉庫感。
そんな部屋の真ん中で――
「ねーねーお兄ちゃん」
あーちゃんが、目をきらきらさせていた。
「これ、あけていい?」
指さしているのは、まだ開けていないダンボール箱。
「あっ、ちょっと待っ――」
言い終わる前に。
ぺりぺりぺり。
ガムテープが剥がされる。
「あーちゃん!?」
兄が笑う。
「はは、やめろって言っても無理だぞ」
ダンボールのフタがぱかっと開いた。
そして次の瞬間。
「あっ!!」
あーちゃんの声が弾けた。
「これ!」
小さな手が取り出したのは、DVDケース。
そこに描かれているのは。
キラキラの衣装。
大きなリボン。
魔法のステッキ。
そう。
魔法少女アニメだった。
「あーちゃんこれ知ってる!!」
ぴょんぴょん跳ねる。
「まほうプリンセスキラリン!!」
ボクの脳が一瞬止まる。
……え?
「好きなの?」
「うん!」
満面の笑顔。
「あーちゃんだいすき!」
兄が肩をすくめた。
「毎週見てるぞ、それ」
……まさかの一致。
ボクは思わずケースを見つめる。
これは、ボクが小さい頃から好きで、つい集めてしまったシリーズだ。
つまり。
「……いっしょに見る?」
あーちゃんの顔がぱあっと輝いた。
「みるー!!」
その勢いは台風だった。
テレビの前に座るあーちゃん。
「お兄ちゃんはやくー!」
「は、はい!」
ボクは慌てて再生ボタンを押す。
テレビ画面に流れるオープニング。
キラキラ。
星。
魔法のエフェクト。
あーちゃんは大喜びだった。
「このこすき!」
「このへんしんするところかっこいいの!」
説明が止まらない。
ボクは隣でうなずきながら見る。
……楽しい。
普通に楽しい。
兄が時計を見た。
「じゃあ俺たち、ちょっと買い物行ってくるわ」
「え?」
「すぐ戻る」
義姉さんが笑う。
「あーちゃん、いい子にしてるのよ?」
「はーい!」
ドアが閉まる。
部屋に残ったのは――
ボクと、あーちゃん。
そしてテレビの魔法少女。
しばらくして。
「あっ」
あーちゃんがボクの方を見た。
「お兄ちゃん」
「なに?」
「ここ」
ぽんぽん。
自分の隣を叩く。
「いっしょにみよ?」
ボクは隣に座った。
すると。
あーちゃんが、すりっと寄ってきた。
「え」
そして。
ちょこん。
ボクの膝の上に座る。
「えええ!?」
「えへへ」
あーちゃんは満足そうに笑った。
「ここすき」
小さな体がぴったりくっつく。
柔らかい髪が頬に触れる。
ボクの心臓がうるさい。
「ほ、ほえぇ……」
テレビでは魔法少女が敵と戦っている。
だけど。
ボクの集中力は、ほとんどそこになかった。
だって。
膝の上に。
小さな天使がいる。
あーちゃんは楽しそうに画面を見ていた。
「がんばれー!」
応援。
そして。
時間はゆっくり流れていく。
午後の光が窓から入る。
アニメは三話目に入っていた。
そのとき。
「……すぅ」
小さな音。
ボクは下を見る。
あーちゃんが、目を閉じていた。
眠っている。
頭がボクの胸に寄りかかる。
静かな寝息。
「……」
心臓が、また跳ねた。
「はわゎ……」
どうしよう。
動けない。
だって。
起こしたくない。
ボクはそのまま、じっとしていた。
窓の外は少しずつオレンジ色になる。
そのとき。
ピンポーン。
チャイムが鳴った。
ドアを開けると。
「あら」
義姉さんだった。
「寝ちゃったの?」
「はい……」
あーちゃんはまだ夢の中。
義姉さんが優しく抱き上げる。
「あーちゃん、帰るよ」
すると。
うとうとしたまま、あーちゃんが言った。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「また……あそぶ」
小さな手が、ぎゅっとボクの服をつかむ。
「……うん」
ボクは笑った。
「あそぼう」
あーちゃんは満足そうに目を閉じた。
義姉さんが微笑む。
「今日もありがとうね」
ドアが閉まる。
アパートの部屋に、静けさが戻った。
でも。
さっきまで確かにあった温もりが、まだ膝に残っている。
ボクは小さくつぶやいた。
「……ほえぇ」
そして思う。
きっと。
明日も。
あーちゃんは――
遊びに来る。




