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一日目 食事会 上

この奇妙な空間にも昼夜の概念はあるようで、窓の外はすっかり黒くなっていた。テーブルに置かれた燭台は、相変わらず沈黙したままだが、食堂の中は眩しいくらいに明るい。光筋を辿る。長テーブルの『お誕生日席』にあたる場所に、シャンデリアが座っていた。


くびれた蝋燭に、美しい炎が爛々と輝く。何十、何百という水滴型のガラスは光を受けて煌めき、腕木や軸木の金箔が光を照りかえしていた。蝋燭の数を数えてみると、18灯もあった。シャンデリアの中でも、かなり豪奢な部類に入るだろう。しかし、絢爛なのは首から上だけ。彼女は胸元が大きく開いた深紅のドレスに身を包んでいるが、理容鋏のような妖艶さとは無縁だ。露出の多い衣装のせいで、かえって胸元の貧しさが強調されていた。可哀想に、と思いかけるが『わたし』も同類だった。


「遅いのですわよ、貴方達。鐘の音が聞こえなかったの?」彼女は深紅の扇を『パシンッ』と閉じて、前に突き出す。その音に竦むが、他のモノ達は驚く素振りすら見せない。

 

「ちょっと、白熱しちゃったのよ。さみしい思いをさせてごめんなさいねぇ、シャンデリアちゃん」炎の輝きを浴び、刃が琥珀色になった理容鋏は、玄関ホールや娯楽室で見たときより綺麗に見える。


「ちゃん付けはやめてって、いつも言ってるじゃない!」


「どうだったかしら」苛立ちのせいかシャンデリアの赤い炎が、オレンジ色に変化する。炎もちょっぴり大きくなる。


「アンタもなに遅れてますのよ。時計のくせに時間も守れないなんて!」シャンデリアは扇を鳩時計に向けた。彼は小さな眼鏡をクイッと持ち上げると、見下した口調で言う。


「そんなことで、いちいち騒ぐな。はしたない。館主を名乗るなら、少しは上品に振る舞え」


「どいつもこいつもぉぉお!」オレンジ色の炎が、黄色に変わる。そして彼女は癇癪を起こした子供のように、扇をやたらめったに振り回す。


「危ないじゃないか。僕に当たったらどうするつもりだい?」隣に座る帽子が腕を伸ばし、扇を『ヒョイ』と奪う。羽根を広げてバタバタ仰ぐと、扇に染み込んだ香水の匂いが『わたし』のところまで届く。咽せそうになるくらい濃厚な、沈丁花の香りだった。


「ちょっと、返しなさいよ!」炎はとうとう白くなる。熱せられた空気で、彼女の姿が歪む。  


「お断りだよ。返して欲しければ最高級の糸と毛玉取りを用意するんだね」勝ち誇る帽子の頭に突如、煮えたぎった赤褐色の液体が降り注いだ。洗練された爽やかな香りが、ふっと広がる。紅茶の香りだろうか。


「いぎゃぁぁぁぁああああ!」帽子は大音量の悲鳴をあげて、椅子から転げ落ちる。続いて響く、頭を打つ音。 


「お嬢様に対して無礼な言動をとることは、ワタシが許しません」空席になった帽子の席の背後に、モノが立っていた。優雅な丸みを帯びた、ガラス製のティーポット。メイド服に身を包み、蓋の上にはヘッドドレスが乗っている。鶴の嘴みたいな注ぎ口からは、もくもくと不機嫌な湯気が上がっていた。


「謝罪してください」ガラスのようにすき透った、冷たい声。


「やなこった」テーブルの下から不満が聞こえた。すると、ティーポットは顔をかしげる。紅茶の液面が、ゆっくりと傾く。   


「わかったよ、返すよ!だから、もう注がないでおくれ」テーブルから、扇を握りしめた手首が生えてきた。ティーポットはそれを受け取り、シャンデリアに手渡す。炎の色が赤に戻る。


「それと、そこはワタシの席です。自分の席に戻ってください」帽子は、ぶうぶうと文句を垂らしながら、わたしの隣に座る。紅茶の香りが強くなる。


シャンデリアはわたし達を見まわすと、今までの行動をなかったことにするみたいに、軽い咳払をした。そして、取り戻した扇を『わたし』に向ける。


「見ない顔があるわね。名乗りなさい」突然の指名に不意を突かれたが、なんとか答える。


「初めまして、ユリです。ユリ目ユリ科のテッポウユリです」


「ワタクシはシャンデリア。この館の主よ」レースまみれの洋扇を扇ぐと、蝋燭の炎が揺らぐ。


「お初にお目にかかります。ワタシはティーポットと申します。シャンデリアお嬢様の召使いをしております。なにか不都合がございましたら、なんなりとお申し付けください」彼女は紺色のメイド服の裾をつまみ上げると、軽く膝を曲げ、お辞儀する。その流れるような所作は、鶴が踊るように優雅だった。秋葉のメイドとは次元が違う。


ティーポットはゆっくりと、頭を上げる。注ぎ口の穴が『わたし』をじっと見つめているような気がする。


「さあ、他のモノ達も新しい客に挨拶しなさい」シャンデリア嬢は喝采を浴びる舞台女優のように両手を広げた。


「もう、終わってる」ブラウン管テレビが、携帯ゲーム機から視線も上げずに、ぼそっと呟く。


「はぁああっっ?一番最初に、館の主であるワタシに挨拶に来るのが礼儀ってものじゃないかしら。どうなっているの!」シャンデリア嬢はテーブルを叩く。震えた食器が音を鳴らす。彼女の炎が青くなり、火勢も強まる。ごうごう、メラメラ。火の粉が散って、テーブルクロスに引火しないか心配になる。部屋も温度も、だんだん高くなっている気がする。


「いや、それは……。ブラウン管テレビが……」


「いじめはよしな。かっこ悪いよ」帽子は言った。その声音から察するに、助け船を出してくれたわけではなく、面白がっているだけ。


「ほんとう、ユリちゃんが可哀想よ」理容鋏も乗っかる。


「いじめなんて、しておりません!なんて無礼な」でも、シャンデリア嬢の注意が他のモノに向いたことに、胸をなで下ろす。シャンデリアの炎がいっそう大きくなったところで、ガラスの澄んだ音がした。


「いつまで続くんや、この漫才。もう飯にしてもろってええか?」クラブの3が、娯楽室から持ち込んだカップ酒の空瓶を弾いた音だった。


「さっきまで筋トレしてたんだ。早く飯を食わせてくれ!」馬マスクは切実に叫ぶ。そういや、彼から汗のにおいがしない。それどころか、シャンプーの優しい香りがした。衣装もジャージからタキシードに変わっている。意外と綺麗好きなのだろうか。それとも、汗の臭いがよほど不評で、風呂に入らされたのだろうか。


「仕方ないですわね」扇をコルセットに挿し、シャンデリア嬢は立ち上がる。


「この館の新しい客に、拍手!」そして、投げやりな号令を掛ける。五月雨みたいな拍手の音は、延々と降り続ける雨の音に負けている。    


「ありがとうございます」本当に歓迎されているのかな、と疑念を抱きながらも、一応、会釈はしておく。すると、紅茶の染みを抜く手を止めて、帽子が立ち上がる。


「ついでに、僕の誕生日じゃない日も、祝ってよ」彼は頭の中に手を突っ込むと、色鮮やかなクラッカーを取り出した。『パンッ』と弾けて、テープと紙吹雪と火薬の匂いが飛び出る。紙吹雪の光沢はシャンデリアの光を浴びて、ギラギラと光った。


「誕生日じゃない日?適当なこと言うのはおやめなさい。自分の製造日も分からないくせに」


帽子はチッチッと指を振る。「しっかり、ラベルに書いてあるはずだよ。えっと……、中国製、絹30%、ポリエステル70%。色落ちしやすいので、選択しないでください……」


「きゃっっっっははははははははは!」シャンデリア嬢は笑う。嗤う。わらう。それはもう、嬉しそうに。楽しそうに。


「あれだけ、生意気な口利いておいて、ほとんど合成繊維じゃない。しかも、中国産って!」


「製造国でモノを判断するのは差別だよ。それに、僕は職人の手作りなんだ」


「嘘おっしゃい。この、大量生産品!」まるで愉悦を浴びるように、扇を仰ぐ彼女の姿は、貴族や令嬢というというよりかは戦国武将だ。ちょうど今川義元あたり。


「そんなこと言っていいのかい?僕は、君が厚化粧で、年増の腐りかけだってこと、知ってるんだからね」ぽろっ、と扇が落ちる。思い当たる節があるのだろうか。シャンデリア嬢はこの世のありとあらゆるモノに絶望したように固まる。そして……。


「……黙りなさい」これまでのヒステリックな喚きとはまるで違う、凍った声。青の炎は一番、熱いはずなのに、部屋の温度はむしろ下がった気がした。触れてはいけない闇に触れてしまったようで、恐ろしくなった。

  

「いや、わしは古いモノとか好きやで。アンティークってやつや。長く使いれば使われるほど、ええ味が出るんや」悪気はないのは確かだけれど、スペードの3のフォローは恐らく逆効果。火事を油で消そうとするようなもの。


「君の場合は、壊れかけのオンボロじゃないか!」帽子がすでに火が着いた火薬庫に、手榴弾を投げ込む。わたしは両手で頭を覆う。そして、爆発を待った。


「お嬢様……」怒りでに震えるシャンデリア嬢の肩に、ティーポットが手を掛ける。そして、本人達にしか聞こえない声量で、なにかを囁く。すると、シャンデリアの炎の大きさが元に戻った。


「見苦しいところを、見られてしまったわね。さぁ、気を取り直して晩餐を始めましょう」


テーブルに並ぶ、九枚の皿。縁こそ欠けてはいるものの、レリーフの装飾には、深い品格が刻まれている。それらの皿には銀色の蓋が覆い被さっていた。高級フレンチでよく見るような、半球型の蓋だ。シャンデリアはそれを、ゆっくり持ち上げる。他のモノ達も蓋を開ける。わたしも蓋を開けてみる。


皿の上にあったのは、二本のペットボトルだった。嘘か本当か、奥大仙の湧き水らしい。カッターシャツのボタンを一つ外すと、キャップを緩める。そして、襟の中に仕舞った根っこを取り出し、水に浸した。


「おいしい」贅沢な味わい。とっても、まろやか。さすが奥大山だ。維管束がよろこぶのを全身で感じる。


「恐悦至極に存じます」ティーポッドは深く頭をさげる。彼女の頭を満たす紅茶が溢れないか不安になった。

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