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五日目 貴女が枯れるまで

 ティーポットは語り続ける。


「ユリちゃんを部屋に閉じ込めたあと、ワタシはまず、帽子をホールに連れ出した。『ユリちゃんが壊物鬼だ』って推理に自信を持ってたからね。警戒心は0だったよ」


「でも、どうやって壊したの?帽子の頭を『素手で引きちぎった』なんて言わないよね」わたしは破れた帽子に視線を向ける。その切断面は滑らかで、『犯行に刃物が使われた』のは明白だ。


「これを使ったんだ」彼女は血塗れたカッターナイフを床から拾い上げる。


「ユリちゃんがヌイグルミのポーチを弄るのを見て、思い出したんだ。ヌイグルミがリストカットにコレを使ってたのを。使えそうだから、持って行くことにした」


本当にわたし、碌なことをしないな。


「睡眠薬もそのとき貰ったんだ」


「睡眠薬?」わたしが訊くと、ティーポットは錠剤のシートを放る。中身は空だ。


「ユリちゃんと馬マスクに飲ませたやつだよ。混乱するから、その話は後にするね」彼女は話を切るように、薬のシートを折る。


「でも、帽子は抵抗しなかったの?よく、大人しく壊れてくれたね」


 日本刀やタクティカルナイフならともかく、たかがカッターナイフだ。不意を突いて襲ったとしても、華奢なティーポットに彼を壊すことは難しいどころか、逆にカッターを奪われかねない。それに、悲鳴を上げる隙を与えれば他のモノ達にも気づかれる。帽子を一斬で仕留めるなんて芸当が、彼女にできるのだろうか。


「実はワタシ、カッター道の有段者なんだ」ティーポットは、タテ、ヨコ、ナナメとカッターを振る。


「そういうのいいから」


「もう!冷たくするなら、ユリちゃんの茎も斬っちゃうよ」薄い刃先をわたしに向ける。


「ごめんなさい」即座に謝る。痛いのは嫌いだった。


「冗談だよ、冗談。ユリちゃんにそんなことしないよ」ティーポットはカッターナイフの刃を収める。


 わたしは胸の底から二酸化炭素を吐き出す。本当に心臓に悪い。わたしの体に心臓なんて、ないだろうけど、悪いものは悪い。


「ねぇ、ユリちゃん。帽子がマゾだってこと、知ってる?」ティーポットは帽子に注ぎ口を向ける。


「うん、まぁ、……。察してはいる」理容鋏に切られて喜んでいた。


「だから、切ってあげるって言って刃を入れたの。すごく、嬉しそうにしてた。怪しまれないように、胸の中に秘めた殺意を悟られないように、ちょっとずつ、ゆっくりと刃を進めて、ひと思いに刃を引いた。叫ぶ間もなく、帽子は真っ二つになったよ。自分が『切断』されたことにすら気づいてないんじゃないかな?」


 軽く笑い、ティーポットはカッターナイフの刃を再び出すと、帽子に投げる。くるくる回転しながら飛んでいって、リボンの隙間に刺さった。


「それで、ワタシは次に自分の服を切り裂いた」


 彼女は立ち上がると、軽くステップを踏むように身体を半回転させた。エプロンの下に着込んだ黒色のワンピースに、ザックリと切り込みが入っていた。


「それから、馬マスクの部屋の扉を叩いた。それで、出てきた馬マスクに言ったんだ。『理容鋏が帽子を壊してた。ワタシも襲われかけた。お願い、助けてっ!』ってね」ティーポットは角砂糖みたいに甘い声で言った。思わず助けたくなる、悪魔的な声だ。   


「馬マスクは簡単に信じてくれたよ。それどころか、理容鋏を壊すのも手伝ってくれた。『無知は罪』ってホントだね。『か弱い女の子』を助けているはずが、『無実のモノ』を壊してるだけなんだから」彼女は『お疲れ様』と馬マスクの肩に手を置く。


「でも、理容鋏が壊物鬼じゃないなら、なんで彼女は『わたしのポケットにCDデッキのリモコンが入ってた』なんて嘘をついたんだろ?」状況を掻き乱して楽しみたかっただけだろうか。


「いま、ユリちゃんが着てる服。洗濯したのは誰?手渡したのは誰?」


「あっ……」ティーポットだった。


「そう、リモコンを入れたのはワタシだよ」


「でも、ティーポットちゃんは『わたし』のこと、好きなんじゃなかったの?」それが彼女の動機のはずだった。


「好きじゃない」


「え?」


「大好きでもない。大大好きでもない。大大大好きだよ」ティーポットの中で茶葉が踊る。わたしは溜息を吐いた。


「なら、どうして『わたし』に疑いが向くようなことをしたの?」


「ユリちゃんを守るためだよ」


「わたしを守る?」守るどころか、そのせいで壊されかけたのだが。


「理容鋏が言ってたよね。『自分以外のモノをすべて壊せば、安心して生活できる』って」覚えてないが、彼女が言いそうなセリフではある。


「それと同じことが『前の住人達』を壊したときにも起こった。人数が減ってくると、最初はシャンデリアを怪しんでいたモノ達も、彼女が壊物鬼じゃないと分かってきたの。それで、疑心暗鬼に陥って、勝手に壊し合いを始めたんだ。みんな警戒してきて手詰まりになってきた頃合だったから、自滅してくれて助かったけど、今回も似たようなことが起こるんじゃないかって、ユリちゃんがそれに巻き込まれるんじゃないかって、ずっと不安だった。だから『壊物鬼を見つけても壊さない雰囲気』を作ってくれたのは、ありがたかった」


 わたしが『シャンデリアを壊さず、閉じ込めるだけにしよう』と説得した後、ティーポットにお礼を言われたことを思い出す。『ありがとう』に籠められていたのは、シャンデリア嬢を助けたことへの感謝ではなかったのだ。


「なら、議論が始まるタイミングで寝たふりをしたのはどうして?」


 鳩時計の部屋を調べ直しに行くとき、わたし達は彼女を置いていった。なにか一人にならなきゃいけない『理由』でもあったのだろうか。


「ヒーローは遅れて来るものでしょ。ピンチのときに駆けつける方が好感度が増すでしょ。だから、ちょうどいいタイミングで颯爽と駆けつけることにしたの」


『わたしがどれだけ怖い思いをしたか分かってんのか!』と叫びたくなる。


「なんてね。あれはホントに寝てたんだ。お酒を飲んだら眠たくなってきたの。ユリちゃんの悲鳴が聞こえたときは、ホント驚いたよ」


 ティーポットは『危なかった』と肩を竦める。もし、そのとき彼女が起きなければ、わたしの悲鳴がもっと小さかったら、わたしは今ごろ理容鋏の拷問を受けているのだろうか。テーブルに転がるわたしの四肢を見て、どちらのルートに進んでも、わたしの末路は変わらないことに気づく。


「かっこつけて『話は聞きました』なんてセリフを言ったけど、ユリちゃんの絶叫しか聞こえてないよ。この館の扉、けっこう分厚いから、話の内容が玄関ホールで眠ってるワタシに分かるはずないんだよね。なにが起きたのか、最初から知ってたんだ」


 ティーポットは細い脚を組みかえると、マイナスドライバーを取り出す。


「でも、理容鋏をこの手で壊せてよかった。『哀れな悲鳴』と『無様な命乞い』を聞けてよかった。アイツには、たくさんの恐怖と苦痛を味わってから壊れて欲しかったからね」


「どうして。恨みでもあったの?」ティーポットは憎々しげに頷く。


「帽子から聞いたんだ。アイツが『ユリちゃんにキスをした』って。ホント許せない。許せるわけない!」ティーポットは取り出したマイナスドライバーを、ソファーの革に突き立てた。  


「だいじょうぶだった?痛くなかった?怖くなかった?」ティーポットは心配そうにわたしの花弁を撫でる。


「うん、平気」彼女が『キスはわたしから持ちかけた』と知ったらどんな反応をするのだろう。激高されると困るので、内緒にしておく。


「最後は馬マスクだね。四日目の夜、ハーブティーを淹れたでしょ。そこに毒と睡眠薬を盛ったんだ。睡眠薬はヌイグルミのポーチから盗ったやつを使ったよ」ハーブティーを飲んだ直後、強い眠気に襲われたことを思い出す。テーブルの下に視線をやると、割れたカップの欠片が散っていた。


「でも、この館に毒なんてあるの?」それがないから、ティーポットは馬マスクに洗剤や香水や硫酸を彼の食事に混ぜていたのだ。毒があるなら最初から使えばいい。


「あるでしょ。すぐ側に」わたしは茎を回して、ホールを見渡す。ここにあるのはわたしと壊物鬼と壊れたモノの残骸だけ。 

 

「灯台下暗しってやつだね。ちょっと視線を下げてみて」彼女の言葉の通りにすると、切り落とされたわたしの『葉』や『根』が視界に入った。丸坊主に近いくらい、短く刈り揃えられている。腕や脚を切断されたことに気を取られて、ぜんぜん気づかなかった。


「言ったよね。ワタシがユリちゃんに近づいたのは目論見あってのことだって。その目論見っていうのが、これなの」ティーポットはわたしの元に歩み寄ると、根の一本を拾い上げる。


「ユリの根には毒がある。そして、洗剤を使った『実験』で馬マスクに毒が有効だってことをワタシは知っていた。だから、ずっと待っていた。毒を持ったモノが来ることをね」


 本当にわたしは碌なことをしない。表面上だけとはいえ平穏を守っていた異形館。そこに、わたしが来てしまったせいでこんな事件が起こったのだ。 


「ユリちゃんが気にすることないよ。どっちにせよ、事件は起きるんだから。でも、生き残るモノは違ってたかもね」」彼女は頭の蓋を取ると、『根』を頭の中に入れる。根はユラユラした軌道を描いて、ティーポットの底へ沈んでいった。


「もしかして、わたしの飲んだハーブティーも毒入りだった?」ティーポットは頭を振る。


「入れたのは睡眠薬だけ。自分の毒で死ぬ蛇がいるみたいに、ユリちゃんが自分の毒で枯れたら困るからね。念のために分けといた。ユリちゃんのハーブティー、冷めてたでしょ。普通に淹れたあとに、追加で根を足したからなんだ。どのくらい蒸せば毒が抽出できるのか分かんなくて、時間を掛けちゃった」ティーポットはわたしが横たわるソファーの肘掛けに腰を降ろした。


「でも、いつの間にわたしの『根っこ』なんて手に入れたの?」


 自分で葉を抜いたときのこと、そして理容鋏に剪定されたときのことを思い出す。痛くはないが、ちゃんと感覚はあった。引っこ抜かれて気づかないほど、わたしは鈍感ではないはずだ。まぁ、四肢のうち三肢も切断されておきながら、それに気づかずグウスカ寝てたので、鈍感なほうではあるのは間違いないだろうけど。

 

「二日目、ユリちゃんと理容鋏で桃鉄やったあと、散髪したよね。そのときだよ」そうだった。たしか理容鋏がティーポットに部屋の掃除を押しつけていた。


「手に入れたユリちゃんの欠片は、大事にしてるよ」


 ティーポットはガラス瓶を取り出す。メイド服のポケットに収まっていたのが不思議なほど、大きな瓶。その中には、わたしが詰まっている。乾燥した葉と、萎びた根っこが『ぎゅうぎゅう』と詰められている。彼女はその瓶を、愛おしそう撫でた。


「え、……」あまりもの気色悪さに、絶句する。


「他にも、葉っぱを栞にしたり、根っこでリーフを作ったりする計画が……」


「その話は興味ないから、馬マスクの話に戻して」


「しょうがないなぁ」ティーポットはガラス瓶をテーブルに置く。できれば、その物体を四次元ポケットの内側に戻して、二度と取り出さないで欲しい。


「毒と睡眠薬の入ったハーブティーをを飲んで、馬マスクは失神した。だけど、根の量が少なかったのか、抽出が甘かったのか、そもそもユリちゃんの毒が弱かったのか、壊れるには至らなかった。だから、カッターナイフでとどめを刺すことにしたの。でも、さすが鍛えてるだけあるね。筋肉が硬くて、刃が何回も折れたよ。骨もなかなか砕けなかった。ゴム製マスクのはずなのに、血が出たのは不思議だな」本当は競走馬だからだ。


「でも、なんで『わたし』まで切る必要があったの?」自分の腕があったはずの場所を見る。出液は止まり、痛みもましはなったが、言い知れない喪失感が切断面から生えていた。


「そっちのほうが似合うから。絶対にショートがいいよ。」ティーポットはわたしの根と葉を撫でる。


「そっちじゃなくて、手足のほう」


「だって、残しておいたら逃げるようとするでしょ」


「うん、まぁ……」その通りだった。


「この館にワタシから逃れられる場所なんて存在ないけど、館の外に出て、雨に打たれて枯れちゃったらイヤだからね。それに、ユリちゃんに脚も腕も必要ないでしょ?」


「必要あるよ!」


「ないの。ワタシがユリちゃんのお世話をするから。食事も、お風呂も、夜のお世話も、ぜんぶやってあげるから。だから、もう要らないの。そして、ユリちゃんは枯れて、朽ち果てるまでワタシだけを見て、ワタシだけと遊んで、ワタシだけを愛しつづけるの。今のユリちゃんの姿こそ、究極の愛のカタチだと思わない?」彼女は人形を抱きかかえるように、わたしの体を抱き上げる。


「狂ってる……」思わず呟いてしまった。怖々と、彼女の顔色を伺う。怒ってる様子はない。 


「そうだね。たしかに狂ってる。でも、愛ってそういうものじゃない?」彼女の頭から『ぽっ』と湯気があがる。


「ユリちゃんが枯れるまで六ヶ月。短い間だけどよろしくね。ワタシの新しい『お嬢様』」

これにて異形館の器物損壊は完結となります。

かなりの長編となりましたが最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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