五日目 条件
「鳩時計が壊れる条件、覚えてる?」
わたしは頭の中に散らばる取扱説明書の束をひっくり返して調べる。そして、目的のものを探り当てた。
『鳩時計:液体に沈めないでください。
常に電気を供給してください。
上記の事が遵守されない場合、壊れますのでご注意ください』
「うん、覚えてる」
「まず、鳩時計が閉じ籠もっている状態で彼を水没させるのは不可能だよね」当然のように語るティーポットに、わたしは茎を傾ける。
「頑張ればいけるんじゃない?それこそ、スプリンクラーを上手く使えば」
「さっき言った通り、スプリンクラーの遠隔操作はできないから、煙を起こさなきゃいけない。でも部屋の鍵は鳩時計が持ってるから細工はできないでしょ。そんな状況で、どうすれば彼を水没させられるの?」
「うーん……、気合い?」薄く嗤われた。
「それに『液体』に沈めなきゃいけないって書いてあるから、たぶん泡では壊せないと思うよ」
「そっか」わたしは自説をあっさり、引っ込める。
「だから、鳩時計を壊すには彼に流れる電気を止める必要がある。そのためには、二つのことをしなきゃいけない。一つ目は鳩時計の頭についてるソーラーパネルを使えなくすること。二つ目は電池が切らすこと。一つ目の条件をクリアするのは簡単。ブレーカーを落とせばいい」
「でも、犯行時刻にティーポットちゃんは厨房にいなかったはずだよね」
鳩時計の『死に顔』を思い浮かべる。彼の時計の針は5時20分で止まっていたが、その時間、ティーポットは二階にいたはずだ。ホールには帽子と理容鋏がいたし、彼らに知られずに配電盤のある厨房に忍び込むなんて『透明人間』にでもならない限り不可能に思える。
「実はコレ、透明人間になる薬なんだ」ティーポットは香水瓶を、指の腹でなでる。
「どうせ嘘でしょ」
「うん、ウソだよ」悪戯っぽく肩をすぼめる。
「犯行時刻、ワタシは脱衣場にいたの」
「なんのために?」
「もちろん、ブレーカーを落とすためだよ。3日目の夜のうちに調理器具を持ち込んだの」
たしかに、厨房には無駄に思えるほどたくさんの調理器具があった。オーブン、電子レンジ、ホットプレート、タコ焼き器、……。それらがいっぺんに使用されれば、ブレーカーも耐えきれずに落ちるだろう。
「脱衣場を選んだのは、コンセントがたくさんあるのと、共用スペースなら調理器具が見つかってもワタシが持ち込んだって分かんないから。11体目探しが再燃して、ワタシの部屋を調べられて、『ワタシの部屋から大量の調理器具が見つかった』ってなれば怪しまれるからね」
「でも、それだと館全体の電気が落ちるんじゃないの?」わたしは仄かに灯るシェードランプの光を見つめた。娯楽室の照明は点いたままだったし、帽子も理容鋏も停電が起きたなんて話をしていなかった。
「照明関係の摘まみだけ、セロテープで固定したんだ」わたしは、気持ちよく流れるジャズの旋律が唐突に止まったことを思い出す。
「なんのために?」
「鳩時計が壊れたタイミングを特定されたくなかったのと、『事件に配電盤が使われた』ってことを悟られなかったから。けっきょく、両方バレたんだけどね」
「タイミングを偽装したいのは分かるけど、『事件に配電盤が使われた』のを隠したいのはどうして?」
「だって、考えてみてよ。シャンデリア嬢のスプリンクラー、鳩時計のブレーカー。密室損壊の鍵は、ぜんぶ厨房に揃ってる。そうなると、一番にワタシが疑われるでしょ。食事の準備のために、しょっちゅう出入りしてるから」
彼女は話を切り替えるように手を打ち鳴らすと、ポケットから単三電池を二本取り出して、テーブルの上に転がした。
「二つ目の条件、『電池を切らすこと』をクリアするのは、もっと簡単。鳩時計にカラの電池を渡せばいいんだよ」
「でも、そんなことして気づかれない?」
「ブラインドテイスティングって知ってる?」唐突な横文字に困惑する。
「ブランド……」
「ブラインドテイスティング。目隠ししてワインの銘柄を当てるやつだよ。前に、その電池版をやったことがあったんだ。結果は全滅。アルカリ電池と使いさしの電池を間違える始末だった。だから、鳩時計に電池の中身は判別できないって確信したの」
「それで、あとは食事会で電池を渡すだけ?ふーん。簡単そうだね」
「でも、聞いて。それなりに大変だったんだから。鳩時計は食事会のたびに電池を取り替えるから、使いさしの電池はいくらでもあったんだけど、それを空っぽにする方法が見つからなかった。そりゃ、使えばなくなるんだろうけどさ。電池の使い所が見つからないの。テレビのリモコンも、電気シェーバーも、鳩時計の部屋に並んだ時計も、サイズが合わなかった。使い道を、探して、探して、やっと見つけた。電池の中身を食い尽くしてくれる機械は、目の前にあったんだ。どこだと思う?」
「ヒントちょうだい」出題と同時に言った。
「二日目の深夜、なにがあったか思い出してみて?」
「ヌイグルミが壊れた」
「その後の話だよ」
「後?」わたしは記憶の糸を辿る。
寝つけなくて、睡眠薬を盗……、拝借しに食堂に向かった。そこで、猿のオモチャが狂ったようにシンバルを叩き続けていた。深夜に見ていい光景ではない。『トラウマもの』の恐怖体験だ。そして、その猿は帽子に壊されバラバラになった。その破片には、電池のケースが含まれていた。
「思い出してきた?あの猿のオモチャのスイッチを入れたの、ワタシなんだ」
帽子が電源を入れても動かなかったのは、壊れていたわけでなく、電池が入なかったからか。でも、ちょっと待て。
「なんで、わたしが食堂に来たのを知ってるの?」
「ちょうどスイッチを入れたところに、ユリちゃんが来たの。急に扉が軋んでビックリだったよ。急いでテーブルの下に隠れたけど、この様子だとバレてなかったみたいだね」
もし、わたしがそのとき、ティーポットの存在に気づいていれば物語の結末は変わったのだろうか。あの猿に気を取られず、息を潜めるティーポットに気づくなんて、どだい無理な話だが。
「そうやって使い切った電池を3日目の夜、鳩時計に渡した。そして、四日目にブレーカーを落とした。そして彼は壊れた」ティーポットは爪の先で電池を押した。空っぽの電池は、転がって、転がって、やがてテーブルから落ちた。
「さて」ティーポットは舞台照明を落とすように、手を叩く。一瞬、部屋が暗転したように感じるが、それは錯覚。
「ここからは種も仕掛けもへったくれもない茶番劇だけど、聞きたい?」
「興味ないけど聞いてあげる」
「素直じゃないなぁ。まぁ、そういうトコロも好きなんだけどね」




