五日目 設備
そんなに憎いなら、なんですぐにシャンデリア嬢を壊さなかったの?彼女はティーポットちゃんが壊物鬼だってことを知ってるんでしょ。早めに口封じに壊すべきじゃない?」
「それには、ちゃんと現実的な理由があるんだ。一つ目はシャンデリアがまだワタシの協力物だったから。ブラウン管レテビを壊した以上、壊物鬼探しが始まるのは避けられない。そして、お互いに壊物鬼だと疑い合えば、たとえワタシ達がモノを壊すのをやめても、もう元の暮らしは戻らない」
「表面上の平穏が戻ることはあっても、疑念は燻り続ける。それなら、いま居るモノをぜんぶ壊しちゃって、新しいモノを迎え入れよう。モノを壊すのは今回で最後にするから。そう説き伏せて、シャンデリアを協力物に引き留めた。でも、共犯にはできなかった。あくまで、彼女はワタシを手伝うだけ。輝きを失ったシャンデリアには、住人に手を下す気力も勇気もなくしていた。二つ目の理由は単純。誰が壊物鬼か判明している状態なら、他のモノに対して警戒心が薄まって、犯行が簡単になると思ったんだ」
わたしはシャンデリア嬢が閉じ込められた後の、緩んだ空気を思い出す。
「でも、ユリちゃんはなかなか、気を緩めてくれなかったよね。どこか不自然だって気づいてたの?さすが、ワタシが見込んだことあるね」ホント凄いよ、とティーポットは褒め称えるが、違う。わたしはただ、疑り深い性格なだけだ。ティーポットは彼女の頭のなかにしか存在しない偶像を、わたしに重ねているようだった。
「それで、スペードの3を燃やしたの?よく、シャンデリア嬢が納得したね」
きっとティーポットは、シャンデリア嬢から火のついた蝋燭を貰って、スペードの3に火をつけたのだろう。でも、『燃やす』なんて壊し方をすれば、疑いの目が自分に向くことくらい分かるはずだ。ティーポットはどうやって、彼女を言いくるめたのだろうか。
「納得なんてしてないよ。蝋燭を貸して欲しいって頼んでも、断られることは分かってた。今回は扉を破壊できる『馬マスク』もいたし、部屋に籠もっても安全じゃないからさ」
「なら、どうやって火を用意したの?実はマッチを隠し持ってたとか?」モノを燃やすのはシャンデリア嬢にしかできない。それが、わたし達が彼女を壊物鬼だと判断した決め手だった。
「ちょっと惜しい。ワタシ、新しい住人が来たときは、部屋をチェックすることに決めてるんだ。モノを壊すのに使えそうな道具があるかもしれないからね。もちろん、ユリちゃんの部屋にも入ったよ。娯楽室で遊んでる隙にね。そのとき、ユリちゃんの部屋にキャンドルがあることを知ったんだ。だから、それを拝借することにしたの」
そんなものあったっけ、と思い返す。そういえば、天井から吊り下がった鳥籠の中に入っていた気がする。
「でも、ティーポットちゃんがシャンデリア嬢を裏切ることを決めたのは、ブラウン管テレビを壊した後のことでしょ?」順番がおかしい。
「ちょっと、言い方がよくなかったな。キャンドルを見つけたのは初日なだけ。盗ったのは三日目なんだ」
「いつの間に盗んだの?」三日目はブラウン管テレビが壊れて、わたし達は食堂で無意味な会議をしていたから、行動はかなり制限されていたはずだ。
「存在しない、11体目を探しているときだよ」
思いもしないタイミングだった。大胆不敵だと思った。
「ちょっと、無謀すぎない?」
「ここはシャンデリアに協力させたよ。時間稼ぎと、みんなを分散させることを頼んだ。その間に、馬マスクを壊すって嘘をついてね」シャンデリア嬢たちがチェスをしてサボっていたこと、そして『手分けして探した』と言っていたのを思い出す。
「でも、うまいことシャンデリア嬢が3人組のグループに入るなんて、運がいいんだね」
捜索隊は2・2・3のペアに分かれた。シャンデリアが『2』の班に入っていれば、壊物鬼が絞れたかもしれない。
「抽選箱を用意したのはワタシだよ。細工なんてし放題だよ」
そうだった。
「でも、誰にも知られずにキャンドルを盗み出すには、ユリちゃんと帽子が邪魔だったから、閉じ込めることにした。方法は前にユリちゃんが言ったとおり、鍵を掛けただけだよ。その隙に、キャンドルを盗ったり、レッドカーペットを剥がしたり、スペードの3の部屋に装置を仕掛けたり、あと101号室の絵を掛け替えたりもした。猿の人形を選んだのは、なんとなく見た目がそれっぽかったから。これで、11体目の存在に信憑性が出ると思ったのに、上手くいかないね。けっきょく、会議の結論も『11体目なんていない』ってなっちゃうし。せめて、もうちょっと驚いて欲しかったな」
十分に恐かったです。
「でも、ちょっと待って?いまさらだけど、なんで101号室が空室なの?」
ティーポットは客室は順番に埋まっていくと言っていた。だとすれば、ヌイグルミの部屋は109号室ではなく、101号室になるはずだ。
「ああ……。あそこはワタシの部屋なんだ」ティーポットは、なんでもない口調で言う。
「さっきも言ったでしょ。ワタシはこの館の最初の客。ワタシが101号室の住人なの。少しでもシャンデリアの近くにいたくて、今の部屋を使ってるんだ。移動も楽だし、部屋も大きいからね。引っ越すときに、絵の場所も移した。模様替えついでに、浴室とかギャラリーの扉に、手作りのドアプレートも掛けたんだけど、『字が汚い』とか、『デザイン性がない』とか、散々な言われようだったな」
「そうなんだ」本当になんでもないことだったので、事件について訊くことにする。
「カーペットを剥がしたのは、なんで?」
「火が延焼したら困るでしょ。ワタシの目的は『ユリちゃんとこの館で暮らすこと』なのに、館がなくなったら意味ないじゃん。帽子が『ちゃらんぽらん』な推理をしてくれたのはありがたかったな」ティーポットはしみじみと頷く。
「それで、スペードの3の部屋にはどんな装置を仕掛けたの?」
「自分で言っといてなんだけど、『装置』どころか『細工』とすら呼べない簡単な代物だよ。スペードの3の部屋にCDプレーヤーがあったのを覚えてる?あれを使ったの。蓋の上にキャンドルを置いて、それが開いたらキャンドルが転げて火事になる仕組み。リモコンで遠隔操作ができることが、こだわりなんだ。ただ、送信距離が短いのが難点で、スペードの3の部屋から離れると反応しないの」
ティーポットはいつの間にか件のリモコンを握っていた。ボタンを押すが、当然なにも起こらない。きっと今ごろCDデッキは、灰の山の一部になっている。
「でも、ワタシの部屋は二階。用もないのに、個室が並ぶ廊下に近づくと怪しまれる。だから、酔っ払ったスペードの3を介抱する振りをして、さりげなく付いて行こうとしたんだ。けど、断られちゃった。だから、代わりにユリちゃんを部屋まで送ることにしたの。装置を作動させたのは、その帰りだよ」
ティーポットの『お客様の安全を守ることもメイドの使命だから』ってセリフ、かっこよかったのに嘘だったのか。
「それで、みんながいい具合に分散した頃合いを見計らって、火災報知器の電源を入れた。そこからは、ユリちゃんも見てたよね。騒いでみたり、頭の紅茶を注いで火を消そうとした。装置を作動させてからそれなりの時間が経ってたから、スペードの3がもう消し炭になってることは知ってたけどね。それから、ワタシは自分で入れた火災報知器の電源を落とした」厨房にあった消火設備制御盤が頭をよぎる。
「ただ、ユリちゃんが厨房に入ってきたときはヒヤリとしたよ。理容鋏の部屋の鍵を戻してる所だったからね」もし、ティーポットが理容鋏の部屋を持っていることに気づけば、彼女の犯行を止められたのだろうか。
「まぁ、背中で隠れて見えるわけなんだけどね」そうでもなかった。
「それで、スペードの3焼死事件はおしまい。納得してくれた?じゃあ、次にいくね」わたしの返事も待たずに、ティーポットは話に戻る。
「3日目の夜、シャンデリアは怯えてた。自分に疑いが向くことが分かっていたから。あと、スペードの3を壊したのはワタシじゃないっていうワタシの嘘を素直に信じて、住人のなかにワタシ達以外に壊物鬼がいることにも震えてた。そんな彼女に囁いたの。『いざとなったら、自分の部屋に逃げ込んで鍵を掛けて欲しい。あとはワタシが何とかするから』って。シャンデリアはワタシの言った通りに動いてくれた。あの絶叫は名演だったな。いや、壊されるのがホントに怖くて、叫んでただけかもね」
「でも、そんなことしたらシャンデリアを壊すことができなくなるでしょ」鍵を掛けてしまえば、扉は開かない。そうなれば、部屋のなかにいるモノを壊すことができなくなる。当たり前のことだ。
「『実はマスターキーがあった』って言ったらどう思う?」ティーポットは古びた鍵をテーブルに置く。
マスターキー。鉄の門扉も、古の封印も、論理的な考察も、木っ端微塵に破壊する魔法の杖。プレーヤーから不評を買うこと間違えなしのバランスブレーカー。ゲーム性を崩壊させる無粋なチートアイテム。そんな全ての前提を覆すものが、あったなんて……。わたし達が重ねてきた議論は、いったい何だったのだろう。
「ウソ、ウソ、冗談だよ。そんなものがあったら、こんな面倒くさい壊し方しないよ。これはワタシの部屋の鍵」ティーポットはからかうように笑いながら、持ち手にあいた穴に人差し指を引っかけ、鍵をまわす。
「なら、どうやってシャンデリア嬢を壊したの?」取扱説明書によると、彼女を壊すには蝋燭に灯るすべての炎を消す必要があるらしい。だが、扉が開かない状況では、壊しようがないはずだ。
「どうやったと思う?」ティーポットは、鍵をいじるのと反対の手で頬杖をつき、わたしが答えるのを待つ。
「シャンデリア嬢を油断させて、扉を開けさせたとか?」違うな、と感じつつ答える。
「扉には板が打たれて、バリケードまであったからね。彼女の意思で扉を開けるのはムリ」ティーポットは頭を振る。
「バリケードをどかして、板の釘も抜いたとか?」適当に言ってみる。
「ホールには帽子と理容鋏がいたんだよ。そんなの、ぜったい気づかれるじゃん。シャンデリアの部屋の状態を思い出してみて」『焦らさないで素直に教えてくれればいいのに』と思いつつ、しかたなく記憶を辿る。頭のなかに広がるのは、部屋を埋め尽くす泡。そして甘い匂い。
「蝋燭を消すのに使ったのは、お風呂の水で合ってるよね」あの芳香は、バスボムの匂いで間違いないはずだ。これには、わりと自信がある。
「違うよ」
「違うの?じゃあ、部屋の甘い匂いはなんだったわけ?」
「これだよ」と言って取り出すのはリボンで飾りつけられた香水瓶。栓を抜くと、極上の香りが広がった。そこで、ようやく思い出す。ティーポットから、『入浴剤と同じ匂いのする香水』を勧められたことを。
「ベルガモット、いい香りだよね。みんなでシャンデリアの部屋に突入した後、香水の蓋を開けて、こっそり床に置いたたんだ。泡だらけで、視界が悪かったからね。誰にも気づかれなかったよ」ティーポットは瓶をテーブルに載せる。
「でも、それが『シャンデリア嬢を壊した方法』にどうやって繋がるのか分かんないんだけど。まさか、『香水をぶっ掛けてシャンデリア嬢の火を消した』わけじゃないよね」
「ユリちゃん、いったん香水から離れて。香水は捜査の攪乱のために使っただけで、関係ないんだ」
「攪乱?」わたしがオウムみたいに繰り返すと、彼女は深く頷いた。
「そう、あの泡の正体を誤魔化すための攪乱」伸ばした人差し指を空気を混ぜるように、クルクルまわす。
「正解が出なさそうだからヒント。あの泡はショウカザイなんだ」
「消化剤?」
「そう。食べ過ぎたときに飲む方じゃなくて、火を消す方ね」
ここまで説明されて、ようやく分かった。厨房にある消火設備制御盤。消火設備とは火災報知器だけではないはずだ。それに、他の誰でもないティーポット自身が言っていた。『干し草を焦がしたとき、スプリンクラーが大変なことになった』って。
「やっと気づいたみたいだね。あの泡はスプリンクラーから吹き出したんだ」
「でも、蝋燭の炎になんて反応するの?遠隔操作ができるとか?」
「反応しないし、遠隔操作はできないよ。煙を探知しないと作動しないんだ。でもシャンデリアには、不安になったら煙草を燃やす癖があるから、それを利用した。スプリンクラーの電源を入れたのはシャンデリアが部屋に閉じ籠もった直後。釘を取ってくる振りをして食堂に行ったとき。そのまま、厨房に入ってスプリンクラーの電源を入れた。非常ベルの電源は切ってたから、彼女の蝋燭がホントに消えてるか、ちょっと不安だった。しっかり、消えてくれてよかったよ」ティーポットは『ほっ』とするように安堵の湯気を吐く。
「まぁ、炎が消えない限り泡は吹き出し続けるし、脱出もできないから、壊れるのは確実なのか。自分を守る砦だったはずの部屋が、そのまま棺桶になっちゃって、どんな気持ちだったんだろうね?」ティーポットは「キキキ」と歪んだ笑い声を立てた。
「次は鳩時計の事件か。そろそろ説明するのに飽きてきちゃったな。ここで切り上げて、ワタシと愛と狂気の関連性について語り合わない?」
「合わない。いいから、話の続きをして」わたしが答えると、ティーポットは『しゅん』と項垂れる。その仕草に『かわいい』と思ってしまった自分が憎らしい。
「しょうがないなぁ。わかったよ」そして、彼女はしぶしぶと語り始める。




